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ユール☆クラップ


 目覚ましが鳴っている。辰伶はまだ意識が覚醒しきらぬまま、布団の中でうつ伏せの状態に体勢を変えて、手探りで目覚ましを探した。いつもの場所にいつもの感触を捉えた右手は、いつものように目覚ましを止めた。その瞬間、後頭部に打撃音と衝撃が響いた。

「痛っ…」

 後頭部を抱えてそのままベッドに沈む。何か堅い感触の物が、辰伶の頭めがけて落ちてきたのだった。その衝撃で辰伶は完全に目が覚めた。いや、無残にも覚まさせられた。

「一体何が…」

 辰伶の枕元には長方形の木製の箱が落ちていた。大きさは手に乗る程だ。寄木細工の装飾が美しい。辰伶には全く見覚えのない品だった。それが何処にあって、どのようにして辰伶の頭に落ちてきたのだろうか。そう思って目覚まし時計を見た辰伶は、答えのヒントを得た。そして天井を見上げることによって、完璧な答えを得ることとなった。

 天井には小さなフックが取り付けられていた。どうやらそれを支えにして、この箱は糸で天井に吊られていたらしい。そして目覚まし時計に細工がしてあり、目覚まし時計を止めると糸が切れて、天井に吊っていた箱が落ちてくる仕掛けになっていたのだ。

 昨夜、辰伶が就寝したときにはこんな仕掛けは無かった。辰伶が寝入ってから取り付けられたのだろう。どちらかといえば余り眠りが深くない自分が、上でこんなものを仕掛けられていて全く目を覚まさなかったというのが腑に落ちないが、それしか考えられない。そして、こんな仕掛けをすることが可能な人物は1人しかいない。

「ほたるっ!」

 辰伶は同居人である異母弟の名前を叫びながら彼の部屋のドアを叩いた。しかし返事は無い。その時、玄関のドアが閉まる音がして、足音が1つ走り去って行った。

「出かけたのか?こんな朝から」

 高校生のほたるはもう冬休みに入っている。休みの日は普段よりも起きるのが遅くなるほたるには珍しいことだ。

 着替えと洗顔を済ませて落ち着いてから、改めて先ほど自分の頭に痛みを齎した木の箱を見た。全ての面に寄木細工の装飾が施されたその長方形の箱には上下が無い。完全な直方体で、蓋の部分が無かった。

 いや、蓋が無いのではない。これはカラクリ箱で、正しい手順で無いと蓋が開かない構造になっているのだ。どの面が蓋なのかさえも解からなくしてある。この美しい寄木細工の模様さえも、パズルの一部だ。

 辰伶は箱を振って見た。カラカラと音がして、中に何か入っている様子だ。

「開けてみろということか」

 面白い。辰伶はほたるの挑戦を受けることにした。


 15分弱。カラクリ箱を開けるのに、辰伶はそれだけの時間を要した。なかなか複雑な構造をしていて、かなり楽しめた。

 中から出てきたのは鍵だった。ナンバープレートがついている。一見してコインロッカーの鍵のようだ。

「…これはどこの鍵だ?」

 鍵以外にはメモ1つ入っていない。

 辰伶は昨日のバイト中のほたるとの雑談を思い出した。日本では余り知られていないが、ドイツの北部と北欧の一部の地域のクリスマスの行事に、ユール・クラップという習慣がある。ユールはクリスマス、クラップは音を意味するのだが、これはクリスマスプレゼントのことである。

 ユール・クラップは手渡ししない。ベルを鳴らしたり、ドアを叩いたりして、物音をたててプレゼントを置いてくるのである。送り主はプレゼントを置いたら姿を見られないように即行で立ち去る。送られた方は、プレゼントを手がかりにプレゼントの贈り主を探すのである。プレゼントも包装を何重にもしたり、あるいは本当のプレゼントの隠し場所のヒントのみを入れたりと様々な工夫が凝らされ、これはプレゼントを見つけたり、贈り主を当てるのに時間がかかった方がより成功なのである。そんなことをほたるが言っていた。

「ほたるはクリスマスおたくなのか?」

 折りしも今日は12月25日。このカラクリ箱はそのユール・クラップということなのだろう。贈り主については既にほたると正体が割れている。プレゼントの隠し場所を探せということだ。

「先ずはこれが何の鍵か当てろということだな」

 辰伶は朝食を摂りながら考えた。多分、どこかのコインロッカーだろう。問題はどこのコインロッカーなのかということだが、この鍵以外に何のヒントも無いということは、それは辰伶の知っている場所に違いない。

「コインロッカーと言えば……駅か」

 その時気づいた。高校時代に辰伶が通学に利用していた駅のコインロッカーの鍵が、確かこんな感じのプレートだった。ロッカーを利用したことは余り無かったので絶対の自信は無い。しかし現在同じ高校に通っているほたるもこの駅を利用しているので、その可能性は高い。


 辰伶の推理通り、それは過去に辰伶が(ほたるは今でも)通学に使っていた駅のコインロッカーの鍵だった。プレートのナンバーを探して開けてみると、そこには1枚の切符が入っていた。今回もそれ以外には何のメモもない。

「今度はこの金額で行ける駅か、あるいはその駅から行ける場所に来いということか。しかし、金額だけではどうにも…。大体、方面も解からん」

 ヒントはやはり辰伶が知っている場所で、且つほたるの知っている場所でもあるということだ。まずはその金額に当てはまる駅だが、6箇所に絞ることが出来る。それら6箇所の駅はそれぞれ何処へ行くときに利用していたかを考える。まず、真っ先に浮かんだのはほたるの通う学校だ。それは辰伶の母校でもある。他は殆ど利用したことの無い駅ばかりだった。

「では、学校に来いということだろうな。…いや、待て」

 もう1箇所あった。辰伶自身は殆ど行ったことが無いが、ほたるにはとても馴染みのある場所だ。

「ほたるの、以前住んでいたアパートがある」

 だがそこの部屋は完全に引き払ってしまったので、今では別の知らない人が住んでいる可能性が高い。そんなところでどうしようというのか。

「さて、どちらに行ったものか…」

 場所は現在辰伶がいる駅を挟んで反対に位置している。

「考えていても解からん。とにかく行ってみるしかない」

 辰伶は決断し、改札を通った。


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