家に棲むもの

-7-


 血溜まりの中で男が絶命している。それを冷ややかに見下ろしている藍色の着物の女は、手にした血塗れの日本刀を己の首筋に当てた。鮮血が散って、女はその場に崩れ落ちる。

 女が流した血を、掌に受ける。その血を口元に運び、少し躊躇ってから、口に含んだ。

 それからの行動は速かった。隠しておいた手荷物を掴んで走る。急いで。中門を飛び出したところで足首に鎖が絡みついた。口に含んでいた血を鎖に吹き付ける。彼女が言った通り、鎖が消えた。自由になった足を見て涙がこぼれた。

 約束は守るから。貴女の子供も必ず助けるから。

 もう、振り返らなかった。


 夢から覚めると、激しく喉が渇いていた。動悸が激しい。ペットボトルの水を飲んで静めた。

 無明歳刑流本家の客間だ。昨夜はゆんゆんの結界の中で眠ったけど、雑鬼の侵入は防げても、悪夢は防げないようだ。

 藍色の着物の女が男を殺す夢。夢の中で俺は母さんの視点だった。思い出すと血の臭いまで生々しく蘇りそうだ。死んでいたのは親父だろう。殺したのは辰伶の母親か、それとも…

 ゆんゆんはまだ眠っていた。踏みつけたらカエルのような声をあげて目を覚ました。

「オハヨ。昨夜はよく眠れたみたいで良かったね。俺は厭な夢みてサイアクだったけど」
「八つ当たりかよ」
「ほら、さっさと着替えて、ご飯に行こう」
「ええと、着替え…」

 ゆんゆんは手を鳴らして、着替えと車の手配を世話役に頼んだ。着替えは俺たちが昨日着ていた服だったけど、きちんとクリーニング済みだった。

 中門の前で車が待っていた。運転手からキーを渡される。自由に行動したいから、運転手は無しにしてもらったのだ。

「俺、運転したい」
「ぶつけるなよ。修理費ヤべえぞ」

 中門を出た時に、無意識に足元を見てしまった。異常はなかった。昨日の夢は何だったのだろう。道々、ゆんゆんに昨夜俺が見た夢の内容を話した。母さんの足を繋ぐ鎖を、辰伶の母親の血で消したくだりを聞いたゆんゆんはこう評した。

「何かの呪法っぽいな」

 俺もそう思う。

「夢の内容がそのまま現実とは限らねえけど、状況からすると、おまえのお袋さんが無明歳刑流本家を出ていくところか」

 そんな感じだった。

「つうことは、お前はまだお袋さんの腹の中で、辰伶は生まれて間もない頃になるよな。そんなタイミングで当主夫妻が死んだら、辰伶が成長するまで誰が無明歳刑流本家を差配するんだ?」
「祖父母がいたとか」
「ああ、年齢的には祖父さんが当主でも全然おかしくねえな」

 そこで会話が途切れて、暫く沈黙が続いた。それが重くて、ついに俺は気にかかっていることを口にしてしまった。

「母さんは辰伶の母親と共謀して親父を殺したのかなあ」
「……」

 母さんが言っていた『共犯者』というのはそういうことだろうか。ゆんゆんに肯定されたらショックだ。でも、否定されても気休めにもならない。こんなのは泣き言だ。言葉にするべきじゃなかった。

「まあ、俺はお前の師匠だし?」
「うん」

 ゆんゆんはずるいなあ。全然答えになってない。だけど俺にはちょうど良かった。


⇒8へ