家に棲むもの

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 入浴を済ませて客間に戻ると、表座敷に準備された寝床に人形が、俺のまじない人形が寝かされていた。俺、人形を抱っこして寝るような趣味ないんだけど。

「おーい、こっちこっち」

 隣の奥座敷からゆんゆんが手招きする。奥座敷に布団が2枚並べて伸べられている。

「そっちは罠張ったから」

 奥座敷の畳には水の染みがあった。酒臭い。部屋の四方に酒をまいて結界を張ったのか。

「怒られない? 弁償かなあ」
「家主の許可とったからヘーキヘーキ。なあ」

 辰伶が無言で頷いた。手元のカードを真剣に見入っている。ゆんゆんと辰伶と世話役は布団の上で輪になってトランプに興じていた。修学旅行だ。

 呆れたことに賭け事してる。辰伶が1人勝ちしてた。トランプ強いのかな。

「どうだ、無明歳刑流本家の呪いの一端を見た気分は」

 ゆんゆんがそう言ったけど、トランプで勝つ呪いなんて見せられても、意味が解らないんだけど。

「魔物に生贄を捧げて家を富み栄えさせる呪法だな。割と典型的だからすぐに解るよな」

 うん、解らない。トランプと呪いの意味が解らない。

「こういう奴は宝くじも良く当たるし、賭け事はまず負けねえ」

 あ、そういうこと。辰伶はめちゃめちゃ運が良くてお金の方から寄って来る『お金ホイホイ』だけど、それは誰かを犠牲にして魔物の力を利用しているからってことか。

 よくある話だ。家が栄えて富が蓄積されるほど魔物も大きく育って、やがて制御できなくなって主人に襲い掛かるようになる。他にも、代が変わるにつれて魔物の祀り方が疎かになって封印が破られちゃうとか、あるある。

 六分家が死に絶えたのも、魔物が大きくなり過ぎたんだろうなあ。本家も生き残りは辰伶だけか。

「で、辰伶も魔物が手に負えなくなって、俺の母さんに助けを求めたの?」
「無明歳刑流本家では代々長子を贄にして、第2子が当主となる決まりだ。本来なら熒惑、お前がこの家の当主なんだ」

 俺は辰伶の手からトランプを毟り取って叩きつけた。

「本来なら俺が当主だから、俺に何とかしろって、相続ってそういうこと?しきたり通りにお前を生贄にすればいいの?それとも…」

 噂話が脳裏によみがえった。

『何番目の子供だろうが構わない』
『殺すつもりで兄弟を呼び寄せたのかも』

 疑心が湧くのを止められない。辰伶は当主の地位を守る為に俺を殺したいんじゃないか。無明歳刑流の繁栄の為に俺を生贄にしたいんじゃないか。

「俺が話すと拗れそうだな。後はこれが話す」

 辰伶は世話役を残して部屋を出て行った。

「まあ落ち着けって」

 ゆんゆんからペットボトルを渡された。ぬるくてまずい。

「お前を嵌めようと思ったら正直に話さねえだろ。お前の母ちゃんだってそんな危険を察知したら辰伶に協力するはずねえし、お前を送り込んだりしねえよ」
「母さんは騙されてるかもしれないじゃない」
「あの、辰伶様はそんなことしません」

 世話役がおずおずと意見した。辰伶に使役されてる魔物の言葉なんて信用できないけど、何だか必死な顔してるから無下にしにくい。子供の姿ってズルイ。

「辰伶様と辰伶様のお母様は、ケイコク様のお母様に恩があります。だから、その子供であるケイコク様を害するなんてできません」
「恩って何?」
「ケイコク様のお母様がこの家を出てケイコク様を産んで下さったので、辰伶様は贄になる運命から逃れられたのです。命の恩人です」

 そうか。本家の子供が辰伶1人きりになってしまったから、これを殺してしまっては跡取りがいなくなってしまう。だから、殺されるはずの長子が運命に反して生き延びることができた。辰伶の母親の、俺の母さんに対する借りはこれか。

「じゃあ、俺の母さんの、辰伶の母親に対する借りって何?」
「その質問に答えることは禁じられています」

 禁じられているということは、辰伶は知っているということか。もう1度、あいつからちゃんと話を聞かないといけないか。

「来るぞっ」

 ゆんゆんが小声で叫んだ。何が?と問い返す間もなく隣の部屋、表座敷で落雷のような激しい炸裂音がした。音は瞬間的だったけど、衝撃の残滓で襖がカタカタとまだ震えている。

 ゆんゆんが襖を開けた。寝床に寝かせてあった人形が木っ端微塵になっていた。他に被害らしき跡は何もない。世話役が言った。

「辰伶様の呪法です」
「すげえピンポイントだな。一応、こっちに結界張らせてもらったけど、要らぬ心配だったかもな」
「いいえ。誤爆の心配がありましたから。ゆんゆん様が結界で本物のケイコク様を隠して下さって助かりました」

 ゆんゆんと辰伶の2人で何を仕掛けたのか知らないけど、俺の知らない内に随分と仲良しになってのが気に障る。世話役とも何だか打ち解けてるし。修学旅行が効いてるのかなあ。

「ゆんゆんって、ゴボウなの?それともレンコン?」
「何で俺が野菜なんだよ!」
「辰伶に聞かれた。一応、人間だって答えておいたけど、間違ってなくて良かった良かった」
「辰伶が言ったのは護法のことで、護法童子の意味合いだろうな。簡単に言うと霊能者が使役する鬼神のことだ。俺のこと、お前の守護してる霊的な何かとでも思ったのか」
「辰伶様は人間とそうでないものを見分けるのが不得意なのです」
「だとよ。異母兄弟そろって霊感が雑だな。霊力はどっちが上かな。まあ、俺からしたらドングリだけどな」
「辰伶様の方が強いに決まってます」

 辰伶と比べられるのって、ゆんゆんと比べられるのよりもムカつく。絶対に俺の方が強い。

「日付が変わっちまったなあ。今夜はこれ以上何も起こらねえと思うから、話の続きは明日にして寝ようぜ」

 ゆんゆんが欠伸した。俺も眠気を感じた。

「では、朝食の時間に呼びに参ります」
「またあの大広間?」
「そういう決まりです」
「だったらやだなあ。どうせ何も食べれないし…」

 俺の不満を受けて、世話役は考え込んだ。

「外食されてはいかがでしょう」

 ゆんゆんが渋い顔をする。

「外食は金がかかるからなあ。手持ちが少ねえんだよなあ」
「食事代は辰伶様に請求すればいいと思います。招待したのはこちらですから嫌とは言えない筈です」
「ゆんゆんは招待されてないでしょ。俺に便乗してきただけで」
「あ、てめえ、そういうこと言うか」
「大丈夫です。そんな細かい経緯、辰伶様はきっと忘れてます。それにゆんゆん様のことは高名な霊能者と思ってますから、無下にしませんよ」
「マジでー? ついでに何か色々買い込んじゃおうかなあ。これもアリ?」
「レシート忘れないで下さいね」

 ゆんゆんと世話役の子はすっかり意気投合して翌朝の打ち合わせをしてる。ウェーイじゃないよ。世話役がゆんゆんに感化され過ぎてパリピーになったらチェンジしてもらおう。

「あ、これは聞いておきたいんだけど、辰伶の隣にいた女の人、辰伶の婚約者って本当?」

 人間は辰伶だけなんだから、あの人も人間じゃないということだ。魔物が婚約者なの?

「辰伶様に婚約者はいません。あれは…」

 世話役は怯えた声で言った。

「あれは無明歳刑流本家に富をもたらす呪いの本体。生贄となった本家長子の怨嗟の集合体です。同じ立場である辰伶様はあれらと霊的に馴染みやすいので、油断すれば呑み込まれてしまう危険があります」

 何代にも渡って鬱積した呪いの塊か。そんなのに呑み込まれたら、人格を保っていられないだろう。

「お気を付けください。ケイコク様は本来なら当主になる予定でした。自分の長子を生贄に差し出す役目を負う本家当主は、あれらにとっては嫉妬と憎悪の的です」

 この化け物屋敷の中で俺が一番憎まれてるなんて、ゾッとする話だ。ゆんゆんが力強く俺の肩を掴んだ。


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