家に棲むもの
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案内されたのは大広間だった。広間の半分辺りまでが一段高くなっている。そちらの方へ俺たちは導かれた。床の間を背にして辰伶が座っていた。隣に女の人が座ってる。辰伶と雰囲気が似ている。誰だろう。
床の間を右手に見る列の、辰伶に一番近い側の端の席に俺、ゆんゆんはその隣の席を指定された。ゆんゆんの向こう側に席はなく、空白だった。辰伶の右手側の列、つまり俺たちの正面には6人。ここまでが主要メンバーなのだろう。後は一段下がった座敷に20〜30人くらい居た。
正座が苦手な俺とゆんゆんは胡坐をかいて座ったけど、咎める人はいなかった。俺たち以外にも、片膝立てている人とかいるから、意外に作法にユルイのかも。
席が埋まったところで、辰伶は俺たちにメンバーを紹介した。俺たちの正面の6人は、通称六分家の代表者だそうだ。俺が障子越しに聞いた会話の主は彼らだったのではないかと思う。年齢はバラバラで、席次は分家の家格順だそうだ。
辰伶は俺たちに六分家の紹介を終えると、彼らに俺とゆんゆんの紹介をして、お互いに形式ばった挨拶を交わすのが一段落したところで、辰伶は控えている使用人に膳を運ぶよう指示を出した。
「えっと、辰伶の隣の女の人は?」
彼女の紹介だけが無かった。うっかり失念したのかな。まさか、視えてはいけない人ってことないよね。
「私は辰伶の婚約者ですわ」
辰伶はギョッとした顔で彼女を見た。辰伶の反応に彼女は悪戯っぽく笑って、自己紹介に修正を加えた。
「婚約者のようなもの、と思って下さればいいですわ。私たちは運命共同体ですもの」
辰伶は否定も肯定もしなかった。正式に婚約してないけど、親戚公認の既定路線ってことだろうか。美人で辰伶と雰囲気が似ている。彼女は一族の中から選ばれてきた人かもしれない。
膳が運ばれてきた。俺の前に置かれたそれをじっくり観察する。宴会じゃないから派手な料理ではないけど、上品で高級そうだ。怪しさは感じない。
不意に聞こえたそれは小さいけどはっきりした声だった。
「お酒以外は手をつけないで下さい」
振り返ったけど誰もいなかった。深い藍の地に桔梗柄の着物の裾が眼の端に映ったような気がしたけど、そんな着物を着た使用人はいない。
「ゆんゆん、聞こえた?」
ゆんゆんは無言で頷いて、さり気無く顎で辰伶を差した。ゆんゆんの示した方向を見ると、辰伶の後ろに女の人が立っている。桔梗柄の藍色の着物。勿論、生きている人間ではない。辰伶の関係者の幽霊か。
藍色の着物の女の人の霊は辰伶の後ろに立って。辰伶の婚約者を睨んでいるように見える。恋敵…じゃないな。多分この霊は辰伶を守護している存在だ。
よくよく見ればおかしな点が目に付く。床の間を背にする辰伶は中心よりも少し俺たち寄りに座っている。中心である第一位の上座には辰伶の婚約者が座っているのだ。まるで彼女が一族の中心であるように。
「話を蒸し返すが」
静かに食事がなされる中、ゆんゆんは今がチャンスと思ったのか、奥の洋館部分を見学させて欲しいと、辰伶に頼み込んだ。
「表主屋だけでもすげえよ。日本建築独自の高い技術が際立って、昔の職人の腕前に尊敬しまくりだ。だから余計に洋館部分も気になって、同じ建築士の血が騒ぐんだよ。どうにか見せてくれねえか」
瘴気の元は奥の洋館部分だから、ゆんゆんにとってはそこがメインだ。熱心に辰伶を説得するけど、辰伶は頑として聞き入れない。
「何度も繰り返すが奥は危険だ。安全の保証をしかねる」
「自己責任で行動するから。何があっても後でうるせえこと言わねえよ」
「老朽化が進んで危険なのは本当だが、もっと本音を言えば奥屋敷は私的な空間だから、あまり他人に立ち入ってもらいたくない」
辰伶もはっきり言うなあ。ゆんゆんがしつこいからめんどくさくなったんだろうなあ。
「注意事項があったらちゃんと守るからさ。な、頼むぜ」
「諦めの悪い人だな」
「ゆんゆんはオバケ屋敷が好きだから」
2人の会話に割って入る。辰伶は俺をじっと見詰めながら考え込んだ。
「おま、それはさすがに言っちゃあダメだろう」
「本当のことじゃない」
「自分の家を化け物屋敷呼ばわりされたら気分が悪いだろう。辰伶が機嫌を損ねて見せてくれなくなったらどうするんだ」
突然辰伶が笑いだした。
「失礼。そこまで明け透けに言われてしまうと怒る気にもならない。そうだ。この家は化け物だらけで、特に奥屋敷は危険だ。無謀な好奇心は身を亡ぼすぞ」
辰伶が移動してきて、俺とゆんゆんの中間に膝をついた。小声で言う。
「後で部屋に行く。くれぐれも、この家で出されたものは酒と澄んだ水以外は口にするな」
それだけ言うと、辰伶は自分の席に戻った。夕食はそれで終了し、結局この日は相続問題について何も話し合われなかった。