家に棲むもの
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誰かが噂話をしている。
夢見が悪くて昼寝から覚めてしまった。ゆんゆんはまだコンビニから帰って来ていなかったので、そのまま部屋で1人でゴロゴロしていると、縁の廊下を歩む足音に混じって人の話し声が聞こえてきた。締め切った障子戸に影が映る。親戚の人だろうか。
「跡取りは辰伶で決まりじゃなかったのか?」
「騙されたよ。もう1人いたなんて」
「あの女だよ。この家から出て行った時には、腹に子がいたらしい」
「せっかく逃げおおせたのに、相続の話になったらのこのこ現れるなんて」
「この家の財産に未練が出たんだろう」
「我々の取り分は守ってくれるんだろうな」
どうやら俺は財産目当てに乗り込んできたと思われているようだ。何もいらないっていったのに、親戚の人たちには周知してないのかな。相続放棄の手続きが済めば誤解も解けるだろうけど、やっぱり謂れのない悪口は気分悪い。
「どっちを取る?しきたりを守るなら長子の辰伶だが」
「それは本家が決めたことで、我々としては何番目の子供だろうが構わない」
「もう1人を家に招いたのは辰伶ということじゃないか。殺すつもりで兄弟を呼び寄せたのかもしれん」
「当主の座を守る為にか」
「なに、簡単だ。食事に一服盛ってしまえば、いつも通りに後は我々が…」
彼らは俺と辰伶が争うのを楽しむような口ぶりだ。自分の利益さえ確保できれば、他人が殺し合っても関係ないなんて、まともな人間の感覚じゃない。
「おい、起きろよ」
ゆんゆんに起こされた。いつの間にかまた眠り込んでいたらしい。ゆんゆんは縁側から帰ってきたみたいだけど、誰にも会わなかっただろうか。
「なんか毒殺される夢をみた。起きたら、辰伶が俺を毒殺するかもって噂してるのが聞こえた」
「ふうん。てめえは霊感強いから予知夢かもな。まあ、安心しろ。もう手は打ったから」
「何したの?」
「コンビニで調達してきた食い物にちょいと毒を仕込んでな。血を吐いて動かなくなったら、親戚連中が処理してくれたぜ。上手くいったな」
「え、ちょっと何それ。辰伶を殺したってこと?」
「先手必勝だろ。良かったな。これで当主はてめえで決まりだ」
そんなバカな。ゆんゆんはそんな人間じゃない。俺が当主の座を欲しがったりしないことも知ってるはずだ。
「おい、起きろよ」
ゆんゆんに起こされた。また夢。心配そうに俺を覗き込むゆんゆんのほっぺたを思い切り抓った。
「イテテテテッ! 何すんだ、この野郎!」
ゆんゆんに殴られた。痛い。
「これも夢? もう起きた?」
「寝ぼけてんのかよ!」
俺はゆんゆんに夢の内容を話した。
「ただの夢じゃねえのかもな。やっぱり食べ物には注意だな。喰うか?」
ゆんゆんはガサゴソとカバンを漁りだした。飲み物、お菓子類、おにぎり、パン、果てはカップ麺まで出て来る出て来る。遠足みたいで楽しい。このタイミングで、廊下側の襖越しに声がかけられた。
「夕食の準備が調いました。案内させて頂いてよろしいでしょうか」
世話役のあの子だ。
「チッ、喰い損ねたか」
「菓子パンなら6秒でいけるよ」
「あ? 3秒あれば余裕だろ」
「本気出せば2秒だよ」
俺とゆんゆんは菓子パンを大急ぎで頬張り、競い合って廊下に飛び出した。俺たちが両頬をモゴモゴさせてるのを世話役に指摘されたけど無視した。口の中がパンでいっぱいで答えられなかったから。
考えてみれば慌てることはなかったんだ。準備中とか言って案内を待たせても良かったんだから。コーヒー牛乳飲みたいなあ。