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ボクの先生は
(吹雪様誕生日企画より)

-2-


「あ〜あ、かったりぃなあ…」

 太四老・遊庵は少し猫背気味に、陰陽殿の石畳を歩いていた。所謂「上からの命令」という奴で、遊庵は不本意ながら弟子をとることとなった。上とは太四老の長である村正のことである。

 正直すぎるほど正直に言えば、遊庵にとっては大迷惑な話であった。彼には8人の弟妹がおり、それらの世話を焼くことで手一杯だった。最近は長女の庵奈がしっかりしてきて、遊庵に代わって面倒をみてくれるようになったので随分と楽にはなった。しかしこれ以上、ガキの世話は御免だった。

「ったく…家族だからいいようなものの、ガキなんてうるせーわ、汚ねーわ、言うこときかねーわ。目え離しゃロクなことしねーし…」

 独りでいても、ついつい愚痴が零れる。見た目の軽さに反して、意外に苦労の多い人生だ。

 弟子となる子供達との対面は、太四老の長である村正の居城にて行われる。案内されたのは広間で、遊庵は以前にも何度か訪れたことがある。

「おーす、村正クン」

 挨拶しながら襖を大きく開け放った。口調も軽いが礼節も軽い。しかしそれが遊庵という漢の持ち味だ。

「お早う、遊庵」

 村正が微笑で迎えた。部屋には他に、3人の子供が居た。1人は行儀良く正座し、1人はウロウロと部屋を歩き回り、1人は村正が膝に乗せてガッチリと抱えている。

「れ? 他は?」
「まだ少し早いですから、吹雪とひしぎはそのうち到着するでしょう」
「ガキはこんだけか?」
「そうですよ」

 ふむ、と遊庵は考えた。太四老は4人。対して子供は3人。1人余る。ということは、1人は弟子をとらなくてもいいということでは…

 噂では、ひしぎは子供好きと聞いた。吹雪は律儀で真面目な漢だから、面倒くさがって1人だけ逃れようとは思わないだろう。そして村正といえば、この様子からも解かるように、早くも1人の子供をキープしている感がある。

「村正は、そいつを弟子にするのか」
「この子は狂といって、私が特に目を掛けている子供なんです。是非、そうしたいと思っています」
「じゃあ、弟子はとるんだな。長だから忙しくて無理ってな事はねーよな」
「ええ」

 おっしゃ。遊庵は心の中でガッツポーズをした。…サトリの村正にはバレバレだが。

「勿論、話し合いで公正に決めるわけですから、飽くまで私の希望を述べたまでです。他の方がこの狂の師になったとしても、それは話し合いの結果ですからしかたがありません。…ですが、狂の師に選ばれた方が不慮の事故で天に召されたあかつきには、この私が前任者の遺志を継いで狂の指導をしても良いと思うくらい、狂には目を掛けているのですよ」
「村正、それは脅迫というものですよ」

 ひしぎと、その後ろから吹雪が現れた。これで出席者は全員揃った。

「おや、ひしぎ。吹雪も一緒ですね。今朝はちゃんと起きられましたか?」
「…………お陰様でな」
「私の薬のお陰です」
「なるほど、ひしぎの製作した(怪しげな)薬なんかに頼らねばならないほど、難儀しましたか」
「なんか、とは失礼ですね。ちゃんと人体実験は済ませてあります。被験体は…」

 ひしぎはチラリと遊庵を見た。

「今でも健気に生きていますよ」
「なら安心ですね」
「ちょっと待てーっ。何だ、ひしぎ。今の視線は何だーっ」


 村正は取り分け子供が好きだった。幼子の純真な心というものは、村正のようなサトリの能力を持つものには心地よかった。

 …―― 本当に子供はいいですねえ。無防備で。

 大人達は村正の能力を前にして酷く動揺し警戒する。誰だってそうだろう。心の内に疚しい事が何も無いなんて、余程の聖人か、もしくは純粋バカだ。疚しい事を考えまい、考えまいとすればするほど、それを強く思ってしまう。そういう心の動きは滑稽といえなくもないが、誰も彼もが毎回同じようなリアクションでは厭きるというものだ。

 特にこの場にいる大人たちは面白くない。吹雪とひしぎは村正と付き合いが長すぎて、簡単には思考を読ませてはくれない。遊庵に至っては、警戒心がなさ過ぎる上に、現実の声と同様に心の声も大きく騒々しいので、村正の方からシャットアウトしたくなるのだ。

 3人の子供達の内で、村正が目を付けているのは、勿論、彼が膝の上に抱え込んでいる狂である。ここまで全身で主張されたら、誰も口出しなど出来るものではない。

 子供達は皆、良い素質があり、村正は3人とも大変気に入っていた。しかし、その中でも何故、狂なのかといえば…

 例えば、この辰伶という子供は非常に行儀が良く、見るからに育ちが良さそうだ。その心は純真無垢で他人を疑うことを知らない。素直で正直で、裏表の無い気性の真っ直ぐな子だ。それは大変価値のある美徳であるが、つまりは見たまんま、外見通りだ。

 そして、先ほどからチョロチョロとうろつき回っている螢惑という落ち着きのない子供に至っては、村正が読んでみたところ、この子供は全く何も考えていなかった。その場その時の感性のみで行動しているらしい。

 …―― やっぱり狂が一番ですねえ。

 村正が子供達に求めるもの。それは外見と中身のギャップであった。辰伶は見たままなので、その心を読む意味が無い。螢惑は何も考えていないので読む価値が無い。

 その点、狂という子供は眼光鋭く、口数は極端に少なく、喜怒哀楽どころか凡そ表情が無い。しかしその心の中まで平坦で起伏が無いわけではなく、彼には確かな感情の波が存在した。そこが村正のツボだった。

 その狂はといえば、彼は村正の膝の上に在って、ジッと辰伶を見つめていた。いや、睨んでいた。

 …―― ふふふ、そういえば、狂。貴方はこの子が初恋でしたね。

 村正はふと思い出して笑みを溢した。辰伶に瞳の色を褒められて浮かれて帰ってきた狂に、村正は親切に教えてあげたのだ。その子は男の子ですよ、と。その時の狂のショックの大きさは、村正のサトリ能力を存分に満足させたのであった。

 一方、辰伶も狂に熱烈なる視線を送っていた。しかしそれは恋愛には程遠く、「紅い瞳が綺麗」だとか、「友達になりたい」だとか、「お話がしたい」といった類だ。

 …―― 言葉もなく、見つめ合うだけなんて、ほんと、いじらしくてカワイイですねえ。…おや?

 ふと気付くと、螢惑も辰伶をジッと睨んでいた。「辰伶は俺のだ!」という強い念が、村正の心の耳にガンガン飛び込んでくる。

 …―― おやおや、この子も辰伶が初恋ですか。わかりますよ。彼の真っ直ぐな笑顔は、貴方達のような人馴れしていない子供には覿面に効きますからね。

 このように村正は、他の太四老たちが揃うまでの間、子供達の心の声を楽しんでいた。ところが思いもかけない事態が起こった。吹雪の登場によって、子供達の関心が、すべて彼に向かってしまったのである。その原因となったのが、

(すごい… カッコイイ…)
(すごく…イイかも)
(怪獣みたいにカッコイイぞ…あの髪)

 そう、子供達全員が、彼の髪型に圧倒され、瞳を輝かせていた。それは非常にインパクトのある髪型で、子供達は憧れのヒーローや怪獣を見るような眼差しを吹雪に注いでいた。

「吹雪。今日はまた一段と斬新な髪型ですね」
「…………時人の自信作だ」

 時人は吹雪の娘であり、村正の姪にあたる。スタイリスト志望で、吹雪の髪は殆ど彼女の手による。

 …―― 時人の手によるものですか。なら、仕方ありませんが……そんなもので子供達の気を惹くなんて、反則ですよ、吹雪。


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