+・+ 親バカシリーズ +・+
ボクの先生は
(吹雪様誕生日企画より)
-3-
さて、誰が誰を指導するのか、いよいよ組み合わせを決めることとなった。それを待ち構えていたように、遊庵が発言した。
「あのさー、俺達は4人で、こいつらは3人じゃん? 1人余るってわけだろ」
「ああ、そのようですね」
「そこでだ。俺は…まあ、こん中じゃあ一番若輩者だし? やっぱ、壬生の未来を担う子供達の指導には…」
「あ、私パスします。指導は村正、吹雪、遊庵の3人で適当にやって下さい」
「って、ひしぎっ、何でだよーっ」
抗議を叫んだのは遊庵のみだ。村正も吹雪も、当然ひしぎも至極当然といった趣である。
「てめー、子供好きなんだろっ。見てみろ、こいつらの純真そうな目を。な、弟子にしたくなっただろ?」
「子供は好きですよ。ですから、虐待しないように、子供を傍に置かないようにしているんです」
「は?」
「子供が好きである以上に、研究が好きなんです。煩いガキに邪魔されて、キレて虐待しては可哀相でしょう?」
わー・・・すっげえ、説得力・・・
「いずれにせよ…」
村正が言った。
「いずれにせよ、今回はひしぎには降りてもらいます。無明歳刑流の本家から、ひしぎにだけは担当させないでくれと、要請がありましたから」
「父上が、ですか?」
無明歳刑流本家といえば、辰伶と螢惑の家である。
「きっと、愛する息子達をひしぎのモルモットにしたくなかったのでしょうね。辰伶、螢惑、良い御父上ですね。よく感謝するのですよ」
「よく解かりませんが、そうします」
「お〜い、ひしぎ。あんなこと言われてるぜ。いいのかよ」
遊庵のからかうような口振りに、ひしぎは関心を寄せるでもなく言った。
「構いませんよ。無明歳刑流本家からは、私の研究室に多額の寄付がありましたから」
「……そら、賢明なこって…」
これで愛する息子たちの安全が買えるなら安いものだと、無明歳刑流本家の御当主様は惜しげもなく金を積んだことだろう。よい父親である。
この状況をひっくり返すことは、到底不可能と悟った遊庵は、路線を切り替えた。こうなったら、一番手の掛からない子供を弟子に選ぶしかない。遊庵は8人もの弟妹の面倒を見てきた経験から、子供を見る目には自信があった。
狂は、既に村正がツバをつけたようなものだから、残りの2人のうちどちらかを選ぶしかない。おだんごか、おさげか。
遊庵の見立てでは、おさげ(螢惑)が一番他人への依存心が少ない。しかしその性格は、3人の中では一番気難しそうだ。手が掛からないと目を離した隙に、とんでもない面倒を引き起こしていたりするのがこの手のタイプだ。
おだんご(辰伶)は、他人に精神的な繋がりを強く求めるタイプだ。遊庵にとっては少し鬱陶しいきらいもあるが、馴れてしまえば堪らなく可愛いものだ。そして何よりも、この素直さは「買い」である。この子供なら、例えば素振りしてろと言いつけておけば、見張っていなくても1日中サボることなく素振りを続けているだろう。
おっしゃ、と遊庵が狙いを定めた時だった。螢惑(おさげ)が真っ直ぐ遊庵を指差した。
「俺、コレでいいよ」
数秒間の空白の後に、遊庵は「はあ!?」と素っ頓狂な声をあげた。
「おやおや、遊庵。逆指名ですよ」
村正は腹の底から笑っていた。それというのも、螢惑の心を読んだからだ。辰伶を値踏みしている遊庵を見た螢惑は、この漢を「辰伶を狙う危険人物」と認識したのだ。そんな奴が辰伶の師匠になったら、その立場を利用して何するか解かったもんじゃない。そう考えた螢惑は、自ら遊庵の弟子に名乗り出たのだ。
「折角ですから、受けてあげてはいかがですか?」
勿論、村正は遊庵の心の声も聴いている。だからこれは嫌がらせの言葉だった。
「折角って、こいつ、『コレでいい』っつったぞ。どーでもいいっつうか、むしろ『気が進まないけど仕方なく』って感じだぞ!」
往生際悪く喚き散らしている遊庵の前に、辰伶が進み出る。礼儀正しく座り、丁寧に頭を下げた。
「遊庵様、どうか弟を宜しくお願いします」
「ふーん。コイツ、ゆあんって言うの? …言いにくいなあ。『ゆんゆん』でいい?」
「ありえねーっ」
遊庵の嘆きは、犬の遠吠えのように虚しく響き渡った。それは無情に捨て置かれ、ひしぎがその場をまとめる言葉を言った。
「さてと。村正は狂、遊庵は螢惑ということで、後は自動的に決まりですね。吹雪、辰伶、残りもの同士、仲良く修行して下さい」
ひしぎに『残りもの』呼ばわりされてしまったが、辰伶は幸せだった。そう、まさに辰伶にとっては『残りものには福がある』の諺通りであった。
師となる人物が太四老の中の誰であっても、辰伶は嬉しかった。吹雪でも、村正でも、暗い人でも、その他でも(註:これは太四老に対する辰伶の認識です)、辰伶はそのもとで精一杯修行に励むつもりだ。しかし、その中でも吹雪であれば、憧れてやまない吹雪が自分の師になってくれたら最高に嬉しいと、辰伶は思っていた。
(螢惑は…僕のこの気持ちを知ってて、それで遊庵様を指名してくれたんだろうか。そうかもしれない。螢惑はとっても優しい子だから…)
大カンチガイである。辰伶は他人から騙されるまでもなく、自ら進んで騙されてしまうような子供だった。
念願の吹雪の弟子に決まった辰伶は、師匠に挨拶すべく、吹雪の前に畏まった。そして、吹雪の様子がどこかおかしいことに気付いた。
「あの…吹雪様?」
「…………」
吹雪は熟睡していた。低血圧で動こうとしない身体を、ひしぎの薬によって無理矢理覚醒させていたのだが、その薬効が切れたのか、それとも副作用でもでたのか、目を開けたまま意識を夢の世界へ飛ばしていた。もともと口数が少ないので誰も気付かなかったが、そう言えば途中から吹雪は一言も発してはいなかった。
こういう場合はどうすればいいのか。対処が解からず、辰伶は途方に暮れた。起こせばいいのか、吹雪が自ら目を覚ますのをひたすら待てば良いのか。どちらが正しい行動か判らず、辰伶は小さなパニックに陥った。
「どうしました?」
「ひしぎ様…」
「おやおや、困りましたね。吹雪、貴方の弟子が困ってますよ。起きてください」
「…………」
反応は無い。ひしぎは懐から何やら薬を取り出した。
「しかたないですね。この薬は人体実験がまだなので、(遊庵ならともかく)貴方に使うのは少し気が引けますが…」
ひしぎがそう呟いた途端に、吹雪の意識が戻った。おそらくは防衛本能だ。
「…今の状況は?」
「起きましたね。これから貴方の弟子が、貴方に挨拶をするところです。さあ、辰伶。弟子として、師である吹雪にご挨拶なさい」
そうだ、挨拶。辰伶もプチ・パニックから我に返ると居ずまいを正し、明瞭な声で吹雪に挨拶した。
「吹雪様、
おはよーございます!」
チュ
頬に可愛らしい音を聞いて、吹雪の意識は完全覚醒した。何だ? 今、何が起こったのだ?
辰伶が吹雪の頬にキスしたところを、全員がしっかり見ていた。驚きに言葉を失い、その場は水を打ったように静かになった。思いがけず周囲から注目を集めてしまった辰伶は大いにうろたえた。
「あ、あの。私は何か間違えたのでしょうか…」
ひしぎが静かに微笑んだ。
「色々間違っていますが、いいんじゃないですか。ねえ、吹雪?」
「よくないっ」
異議申し立てをしたのは螢惑だ。すっかり頭に血を昇らせて、少し涙ぐんだ目で辰伶を非難している。
「あ、そうか。これは家族の間での正式な挨拶だったんだ。吹雪様、申し訳ございません。御無礼しました」
「つーか、この場ですべきなのは朝の挨拶じゃねーだろ。そりゃ、吹雪は寝起きかもしれねーけど」
「まあまあ、遊庵。細かいことはいいじゃありませんか」
村正は可笑しさのあまり、目に涙を浮かべて笑っていた。
「サトリである私の意表をつくなんて、なかなか見所のある子ですよ。3人ともセットで私の弟子にしたいくらいです。あ、狂。無明神風流の正式な挨拶もアレ(ほっぺにチュー)にしましょうね」
「……」
「おや、狂。『ドナドナ』なんて唄、誰から教わったんですか?」
一方、不安と期待の眼差しで見上げてくる弟子の姿に、吹雪は溜息のような微笑を漏らすと、その頭を優しく撫でた。今しがたの無礼を赦されたことと、吹雪が怒ってはいないことに安堵し、辰伶の顔に笑顔が満ちた。
「吹雪様、何かと至らぬ身ですが、どうかこの辰伶に、宜しくご指導をお願い致します」
「壬生の為、よく励めよ」
「はいっ」
この素直な気性なら、良い戦士へと成長するだろう。良い弟子を得たと、吹雪は思った。
「それにしてもだ。全く、最近の歳刑流は…」
辰伶の唇が触れた辺りを、吹雪の指は無意識に触れた。
おわり
吹雪様の出番が少なすぎなので、姫時と時人との幸せな朝食風景を挿入しようと思ったのですが、根暗な海藻が家族団欒の雰囲気をぶち壊しまくって無理でした。
+・+ 親バカシリーズ +・+