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今宵の宴に
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それは決して珍しい事ではない。
この戦乱の世に於いて、最強の名をほしいままにする漢、鬼目の狂。そしてその最強の鬼を取り巻くのが、これまた最強の侍集団、四聖天というのだから、まさに最強の投げ売り大サービスである。
常勝に次ぐ常勝。無敗に重ねる無敗。
彼らにとって勝利は当たり前。『敗北』など見たこともなければ聞いたことも、ましてや味わったことなどある筈も無い。
そんな彼らが、勝ち戦に祝杯を挙げることなど、全く珍しい事ではなかった。
中でも四聖天の一人、梵天丸という漢は、月が昇れば盃を掲げ、花が散っては瓢を傾ける酒好きの宴会好きである。普段から闊達なこの漢は、酒が入ると益々陽気になって席を盛り上げるため、自然、宴はバカ騒ぎの様相を呈してくるのだった。
今宵もまた、焚き火を囲んで酒宴を開いていた。例によって、興がノリにノリまくった梵天丸が剣舞なんぞを披露している。
それを一人浮かない顔で眺める漢がいた。四聖天で最も年若いアキラである。
「シケた顔」
唐突に掛けられた声に、アキラは振り返った。
「…ほたる」
ほたるはアキラの隣に腰を下ろした。この漢が自ら他人に近づいて来るのは珍しい。程よい酔い加減に、少々気が緩んでいるのかもしれない。
「なんだよ」
「アキラこそ、何?」
もとからあまり機嫌の良くなかったアキラは、ほたるのボケた声に苛ついて、語気を荒げた。
「そっちが来たんだろ。何なんだよ」
「何って、…何だっけ」
アキラは頭を抱えて脱力した。
「おう、アキラ。どうした、シケたツラして」
「梵…」
梵天丸はほたるの反対側のアキラの隣へどっかりと腰を下ろし、徳利から酒をあおった。
「あ、それ。シケた顔、何で?」
梵天丸の言葉に触発されて、ほたるは気にかかっていた『何か』を奇跡的に思い出した。
「腹でもいてえのかよ」
「…そんなんじゃねえよ」
「だったらこっちに来て飲めよ。あ、ほたる。お前は飲むな。お前はやめとけ。前の戦勝祝いで飲んだとき、明け方にケロケロやってただろ。もったいねえ。せっかくの酒を吐いちまうような奴に飲ます分はねえ」
「うん、あれは苦しかったよ。胃液ってスッパイよね。喉が焼けるし」
「しかもお前ときたら、二日酔いで気分が悪いって、うさ晴らしに炎を召喚してあっちこっち燃やしまくって、大迷惑だったぜ」
「よくいうよ。オレの炎に栗を放り込んで、焼き栗作ってたの誰」
「あん?」
「栗が爆ぜて酷い目にあったって、狂が言ってたよ」
梵天丸は誤魔化すでも悪びれるでもなく、愉快そうに豪快に笑った。
「まあいいじゃねえか。ほら、アキラ、飲め飲め」
「いらない」
アキラは膝を抱えたまま、そっぽを向いた。
「ああ、おまえはまだまだガキで飲めねえんだったなあ〜。よしっ、だったら踊れ。酒が飲めねえってんなら、余興に踊って見せろ」
梵天丸の勝手な命令口調に、とうとうアキラの神経が切れた。がばりと立ち上がると、梵天丸に怒鳴りつけた。
「うっせえなっ!ウザいんだよっ!踊れるわけねえだろ!まともな踊りなんて知らねえんだからっ!放っといてくれよ!!」
「あ」
場の空気を読まないほたるが気の抜けた声をあげた。
「だから、すねてたんだ」
腹の底から怒鳴ったアキラは息を切らしながら、梵天丸は突然のアキラの剣幕に目を丸くしながら、ほたるを見た。
「「はあ?」」
2人にはほたるが言っている事の意味が解からない。
「だから、アキラはすねてたんでしょ」
「……!」
「踊れないから、すねてたんだ」
「すねてなんかねえよ」
「すねてた」
アキラは顔が赤くなるのを止められなかった。ほたるの指摘が的を射ていたからだ。普段はボケた言動ばかりしているのに、どうしてこんな時にだけ洞察力が無駄に鋭く働くのだろう。だからアキラはほたるが嫌いだった。嫌いだと思っていた。
不毛に言い合い続ける2人を、梵天丸が割り裂いた。
「くだんねえことで争うなよ。ほたるもガキみたいに煽るな」
「アキラがガキなんだもの」
「なんだとっ」
「だーっ、ヤメロって」
お前らどっちもガキだ。梵天丸はため息をついた。
アキラは息が整うと少し頭が冷えたらしく、もとの場所に腰を下ろした。
「…たしかに、面白くないと思っていたよ。でも、拗ねてるとかじゃなくて、ちょっとムカついてただけだ」
「……?何がムカつくことがあるんだ?」
「バカで下品で粗雑な梵天丸ですら優雅に舞が舞えるのに、自分が出来ないのが悔しいんでしょ」
「…ほたる、おめえなあ」
言いたい放題だ。
「あのなあ。俺様は奥州でも屈指の名家、伊達家の総領としてだな、そこらの田舎侍どもなんぞ足元にも及ばねえレベルの高い教育を受けて育った漢だぜ」
「奥州ってイナカじゃないの?」
「うるせえ。とにかく、ここに居る奴らの中じゃあ、まともに『教養』ってもんを身につけてる俺様をつかまえてだな…」
喚きたてる梵天丸の声をぼんやり聞きながら、アキラはまた1つため息をつく。
本当に、たかだか余興に何も出来ないということぐらいで腐っているわけではないのだ。アキラは以前、こんな言葉を聞いたことがある。
『武』は『舞』に通じる。
極められた武術の技は、舞の動きに通じる美しさがあるというのだ。その言葉がアキラの胸に引っかかっていた。
狂の戦う姿は美しい。ほたるもろくに型などないくせに、その一つ一つが目も眩むほどの美しい技を繰り出す。あのバカで、下品で、粗雑で、がさつで、野蛮で、ケモノな梵天丸ですら、本気で戦えば戦うほどに動きは無駄がなくなり、その殺人体術は洗練された美しさをみせるのだ。
後方支援が主体の灯は措くとしても、アキラは自らを省みて、他の仲間程に武術者としての美しさを獲得しているか、自信がなかった。
それは仕方の無いことだ。自分はこの中の誰よりも劣っている。年齢も、体格も、経験も、武術も。でも、いつまでもこのままでいはしない。いつかはこの誰よりも強くなって、最強となることを、アキラは自分自身と狂に誓っていた。
だから、いいのだ。
しかし、このような酒宴ともなると、毎度毎度、興がのった誰彼か舞を始める。大抵は梵天丸から。次に灯かほたる。狂は酒を飲みながら見ているだけのことが多いが、羽目を外しまくった梵天丸に無理やり引っ張り出されることもある。そして、アキラはそれに加わることの出来ない自分を思い知らされるのだ。
「しかしだな、俺に言わせりゃ、ほたる、お前の方がよっぽど意外だぜ。お前の舞は、狂みたいに持ち前のセンスだけでやってる見よう見まねのいい加減なもんじゃなくて、一度はまともに習ったもんだろう」
「へえ、そうなんだ。ほたるにも、戦う以外に興味を持つものがあったんだな」
「つか、ほたるが真面目に舞踊を習ってる姿なんて、全く想像できねー」
2人はゲラゲラと声をあげて笑った。
「…別に好きで習ったわけじゃないけど」
焚き火がパチンと爆ぜて、小さな火の粉が闇へ飛んだ。
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