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鳥は還らない
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その場は重苦しい空気に包まれていた。どこまでも平行を辿る意見の対立が、やがて双方の意地の張り合いへと発展し、ついには沈黙で相手の主張を押さえつけようと、一歩も退かぬ冷戦状態で睨み合っていた。
ここにいる男女4人は、いずれも五曜星の位を冠し、壬生の中枢にその身を置く実力者である。木を司る歳子・歳世。水を司どる辰伶。そして、五曜星の長、金を司る太白。
いま2人、五曜星に名を連ねる者がいるが、火を司る螢惑は紅の王の勅命を受けて遠い地にあり、土を司る鎮明はこの場にいない。
激しい論争と凍てつく沈黙を交互に繰り返す中で、何度言ったかしれないセリフを歳子は言った。
「海、ですわ」
歳子と意見を対立させている急先鉾の辰伶が、それを受けて言う。
「山、だろう」
歳子はそれを鼻で笑い、小ばかにするように更に言い放つ。
「解からない人ですわね。何を置いても重要なのはお料理ですわ。味覚こそがこの計画の要。歳世ちゃんもそう思うでしょ」
「まあ、そう、ですね」
歳世はちらりと伺うように辰伶を見た。
挑発的な歳子の口調にも己を乱すことなく、辰伶は冷やかに応える。
「料理というなら、何も海に限ることはあるまい。山にもその土地でしか味わえない味覚があるだろう」
「それは不見識というものですわ。山の味覚ですって?確かに山には山の幸がございますけどぉ、所詮は地味な山菜に泥臭い川魚。豪華活け造りやカニ・エビの海の幸に勝るものが、山にありまして?」
「山には温泉がある。温泉は日頃の疲れを癒し、心にゆとりを与え、健やかな精神を育む。沢のせせらぎ、鳥の鳴き声、滝の落ちる音。山こそが豊かな人格を形成する源ではないか」
「富士の樹海の真っ只中の壬生の郷に住んでいて、沢や鳥や滝の音なんて今更です。温泉だって、毎日入ってるじゃないですか」
「…その土地によって、湯の効能が違うんだ」
「湯治が趣味だなんて、あなた、本当に若者ですの?年齢ごまかしてません?」
「そちらこそ、壬生の温泉ではコジワは伸ばしきれないようだ。よい湯場を紹介するが?」
「……御心配にはおよびませんわ。蘇生術の応用でいつでもピチピチ十代のお肌ですから」
そして再び陰険な沈黙に突入となった。
太白と歳世は溜息をつきたいのを我慢して、歳子と辰伶の熾烈にして低俗な攻防を傍観していた。それは極めて賢明な態度といえた。太白は辰伶と同じく山派であり、歳世は基本的に歳子と同意見である。2人が加わったところで、論争はより激しくなるのがオチであろう。調停どころではない。
これは、この場にいない鎮明がどちらに付くかで決まるだろう(※螢惑は出張中)。太白と歳世はひたすら黙して、メシアが来たりて笛を吹くのを待っていた。
「何やら、えろう険悪な雰囲気どすなあ。部屋に入るの躊躇われますわ」
「鎮明」
ようやく最後の人物が現れ、場の空気が変わった。太白はこれを逃すまいと、ここぞとばかりに鎮明に話を振った。
「意見が海と山で分かれている。両者とも譲らず平行線だ」
「なるほど…」
鎮明は歳子を見やり、そして辰伶を見やった。指し示されるまでもなく、対立の原因を見抜いていた。
「それで、鎮明は海ですの?山ですの?」
「おまえの意見で決着を見ることになりそうなのでな」
歳子も辰伶も、人を殺しかねない険しい視線で鎮明を刺す。2人の背後には凶悪に歪んだオーラが揺らめいていた。
どちらの肩を持っても、一方の恨みを買うのは必至だろう。過酷な選択である。
「実は、1つ計画を持ってきたんどすわ」
歳子と辰伶の眉がピクリと動いた。
「ほう、まさか京で寺社巡りと言わないだろうな」
「そんな地味でつまらない場所、お断りですわ」
鎮明は2人の前に計画書を広げて見せた。
「『海の見える露天風呂、風光明媚なN崎で海鮮グルメ』…てのは如何どす?N崎は800年の歴史を誇る温泉郷どす」
歳子と辰伶は鎮明の計画書に丹念に見入った。そして、2人の顔に満足の笑みが上った。
「決まりだな」
「決まりですわね」
太白は安堵し、徐に論議の締めに入った。
「では、今年の慰安旅行はN崎ということで、異存はないな」
満場一致で可決された。その様子を鎮明はサングラスの奥から満足げに眺めていた。
「何事も平和的なのが一番どすなあ」
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