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水の中で見る夢

-7-


 嵐は昨夜のうちに去り、空はすっかり埃を落とされて澄み渡っていた。少し眩しいくらいの朝の光の中を、馬に乗った一団が進んでゆく。皆背に矢筒を負い、鷹狩の出で立ちをしていた。

 大人たちの中に少年が1人いる。彼がこの一団の統率者であった。その面立ちは凛として誇り高く、まだ少年ながら既に人心を掌握するだけの器量を身に付けていた。

 一団の行く手に空木の白い花がこぼれるようにして咲いていた。少年はその大きな木の下にある地蔵堂を見て、ふと眉を寄せた。お堂の扉が僅かではあるが、開いていたからだ。少年はその僅かな乱れが気に入らなかった。

「昨日の嵐で開いてしまったのか。みっともないな」

 少年は従者の一人に言いつけて、扉を閉めに行かせた。何事も決まりがつかないのは嫌いだった。

「辰伶様」

 扉を閉めに行った従者が、扉に手を掛けたまま叫んだ。

「どうした」

「中に人がおります。子供です」

「子供?」

 辰伶は一行を地蔵堂の前で停めた。

「子供が中で寝ています。おい、お前、」

 従者が身体を揺すると、子供は目を覚ました。子供は正気づくと、肩を掴む手から逃れようと、身を捩った。従者は子供の腕を掴み、無理やり御堂から引きずり出した。

「こんなところで寝るとは何事だ。お前、名前は」
「待て、相手は子供だ。乱暴なことはするな。怯えているだろう」

 辰伶は馬を下りると従者を退けた。少し身を屈めて、子供に相対する。

「辰伶様、お召し物が汚れます」

 従者の無神経な言葉を、辰伶は敢えて無視した。泥に汚れた子供に手を差し伸べる。子供は大人に対するよりは幾らか警戒を解いたようだが、肩に置かれた辰伶の手を気にして身体を硬くした。

「怪我をしているのか?」

 辰伶の手の中で、小さな身体がビクリと震えた。

「これは刀傷ではないか。酷いな。いったい誰がお前のような年端も行かぬ子供にこんなことをしたんだ。樹海の出来損ないどもか?」

「……」

 辰伶は溜息をついた。

「口がきけないのか、それとも余程恐ろしい目にあったのか。…いずれにしても放ってはおけまい」

 子供は泥まみれでひどい有様だったが、しかし服は上等なものだった。何か深い訳があるのだろうと、辰伶は見て取り、従者に命令した。

「この子供を屋敷へ連れて行って手当てをしてやれ。少し熱もあるようだ」

「承知致しました」

 従者は子供を馬に乗せようとした。

「待て」

 辰伶は思い立って、腰に提げていた巾着を外した。中から小さな半透明の白い塊を1粒取り出し、子供の口元へ運んだ。子供は不思議そうに辰伶を見上げ、促されるままにそれを口に入れた。

「石蜜(氷砂糖)だ。甘いだろう」

 子供は小さく頷いた。辰伶は不意に優しげな笑みをこぼし、子供の頭に手を置いた。辰伶の手の中で、子供の柔らかい髪がさらりと流れた。


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