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水の中で見る夢
-6-
何度も遠くなりかけるほたるの意識を、その度に呼び戻す声がある。
『生きなさい』
斬られた傷の為にもがくことすらできず、ほたるは水の流れに任せて流されるしかなかった。こんな状態で、どうやって生き延びろというのだろう。
『生きなさい。どんなに苦しくても』
(ムリ。だって、もう、うごけないし)
『生きなさい』
(せなかイタイし)
『生きなさい』
(つかれたし…)
『生きなさい』
(……)
『ほたる、生きなさい』
(どうして?)
(ねえ、どうして?)
(ねえ、おしえてよ)
(ねえ…)
教えて欲しい。どうして生きなければならないのか。『生きろ』と言って、自分に何を望むのか。しかし母の声はただ『生きろ』と言うばかりで、ほたるに何も答えてはくれない。
(おしえてよ……生きるから)
ほたるは岸に近づくように水流を操った。こんな暴れ馬のように激しい流れを操るのは初めてのことで、ほたるの力をもってしても思うようにはいかなかった。それでも僅かでも流れを変えようと、必死に操った。
(このチカラのせいなの?)
(だから、あの人は、あんなコワイ目でみるの?)
(だから、かあさまは、ころされたの?)
気がつくと、ほたるは岩に引っかかっていた。雨で視界が悪いが、岩肌を伝っていくと、そこはもう岸だ。途端にほたるの生への渇望が蘇った。ほたるには、もう何の疑問も浮かんでは来なかった。目の前の生地に向かって、がむしゃらに突き進んだ。
ようやく岸に辿り着いたほたるは、そのまま暫くうつ伏せに身を投げ出していた。今度こそ本当に動けないと思ったし、もう動きたくなかった。だが、まだ休むには早い。ほたるは無理に身を起して歩を進めた。濡れた草に足を取られながら土手を登った。
土手を登りきると、大きな木の陰に地蔵堂があった。ほたるは雨を避けるために、その中に侵入した。狭い御堂だったが、子供が小さな身体を休めるほどの空間はあった。ほたるは石造りの地蔵にもたれて目を閉じた。背中の傷はそれほど深くないようだ。
雨音に閉じ込められて、ほたるは眠った。
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