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水の中で見る夢

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 そこには、いつも水の気配があった。

 それというのも、その庭は自然の川の流れを巧みに取り入れた設計が成されており、絶えず水の音がしていたからだ。縁の廊下から望めば、濃紫、淡紫のハナショウブが岸辺に綾を織り、荒い地肌を剥き出しにした岩も湿りを帯びて、深い緑の苔をしっとりと生じさせていた。

 水は澄んだ青空を映して緩やかに流れてゆく。この時季、爛漫と咲き乱れるツツジの花は、枝を水面へ差し伸ばし、涼やかなさざめきに艶やかな濃紅色の影を落としていた。時折、魚の腹が白く光った。

 まるで絵画のように姿を変えぬ単調な流れが、突然、奇妙に渦を巻いた。その渦の中心から、細い水流が竹竿のようにまっすぐ空へ向かって上がり、2間ほどの高さで四方八方に降り注いだ。

「ふふっ」

 子供が笑った。

 子供は降り注ぐ水飛沫を頭から被り、金色の髪をずぶ濡れにして笑っていた。その琥珀色の瞳の視凝める先で、小さな虹が架かっていた。
 虹に触ろうとしたのだろうか。その小さな手を伸ばして近づいていく。途端に虹は見えなくなり、子供は不思議そうに首を傾げた。

「ほたる」

 女の声がした。

「ほたる、いらっしゃい」

 『ほたる』と呼ばれた子供は、母親である女の声の方へ駆けて行った。庭の調和を乱していた噴水は、ぱたりと止んだ。

「ほたる、まあ、またこんなに濡らして」

 母親は真っ白な木綿の布で子供の髪を拭いてやった。金色の絹糸のような髪から、ツツジの甘やかな香りがした。

「先程お父様からの遣いが来ましてね、お菓子を頂きましたよ」

 おとなしく髪を拭かれていた子供がピクリと身じろいだ。布に隠れて表情は見えない。

「濡れた服を着替えたら、一緒に頂きましょう」

 子供は面を上げ、母親に微笑みかけた。

「はい、かあさま」


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