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ちちのみの
-2-
「くそっ、螢惑の奴…」
あれから何やかんやと揉めた挙句、螢惑は歳子・歳世のところへ、胸を大きくする極意を聞きに行ってしまった。辰伶は引きとめようとしたのだが、いかんせん寝覚めの格好のまま着替えもしていなかったので、螢惑を追って外に飛び出すことができなかったのだった。
もうサラシだ何だと言っている場合ではない。とにかく螢惑を追わねばならないと辰伶は急いで着衣を整え、急ぎ走った。しかし、揺れる胸が痛くて全力で走れない。千切れるんじゃないかと思うほどだ。いや、いっそ千切れて無くなってくれたらと、辰伶は願わずにはいられない。
「信じられん。どうしてこんなもの、わざわざ大きくしようなどと思いたがるのか」
片腕で胸元を押さえて走る姿勢は、想像するだに情けない気持ちになる。考えて見れば、セクハラで訴えられて困るのは螢惑であって、自分には関係ない。どうして外へ出てきてしまったのかと、段々後悔してきた。
しかし、仲間内で揉め事が起こるのは嫌なことだ。特にそれがこんなくだらないセクハラ騒ぎでは、五曜星はいい笑い者である。何事か起こらぬよう、自分が仲裁するしかないだろうと、辰伶はそう決意を固めて2人を訪ねた。
それに歳子・歳世は医術に精通している。この異常な身体を診てもらって、もとに戻る方法を考えてもらうのも良いかもしれない。
「あら、辰伶。お待ちしてましたわ」
歳子がニコニコと笑って出迎えた。笑顔は愛らしいのに、何故か違和感を感じる。
「待っていた…とは?」
「螢惑から聞きましたわ。豊胸手術をお望みですって?」
「な…っ、ほ……」
「あら、いい形じゃないですか。メスを入れるのが勿体無いですわ」
「ちょっと待てっ」
辰伶は激しく混乱した。歳子の口ぶりでは、まるで自分が胸を大きくしにきたみたいではないか。しかもストレートに豊胸手術。
「螢惑っ!きさま、2人にどう説明したんだっ」
辰伶は歳子を押しのけて、その背後の部屋に怒鳴り込んだ。中では螢惑と歳世が和やかに茶を飲んでいた。その暢気な光景に辰伶は脱力する。
「よく来たな。辰伶」
歳世は席を立ち、微笑みで辰伶を迎えた。それが普段にない眩しさで、辰伶は一瞬クラッときた。どうしてそうなったのか、自分にもわからない。
歳子と歳世の居処は西洋風に統一されていた。西洋式の足の高い円卓(テーブル)と椅子。観音開きの窓。西洋羅紗(レース)の遮蔽幕(カーテン)は、歳子が言うには、乙女の永遠の憧れだそうだ。身体ばかり女性になっても、その良さは辰伶には解からない。当然、螢惑と歳世が囲んでいるのも、白いティーセットに紅茶だ。
「ああ、すまんな」
席を勧められて、とりあえず螢惑の隣に落ち着いた。しかしその時、歳世がわざわざ辰伶の椅子を引いてくれたことに、辰伶は違和感を覚えていた。何か変だ。
歳世は手際よく辰伶の分の紅茶を用意した。これは別に変じゃない。
「辰伶、螢惑から話は聴いたが…」
うっと辰伶は詰まった。そうだ、螢惑。こいつの馬鹿を止める為に追いかけてきたのだった。
「手術の必要はないな」
「そ、そうだ」
さすが歳世、話が早い。馬鹿な螢惑やアホな歳子とは違う。
「貴方は今のままで十分魅力的だ」
「さ、歳世?」
やっぱり、歳世も…変?
「胸の大きい小さいはどうでもいい。そんなのは問題の焦点ではないだろう。お前たちは何とも思わんのか?俺と螢惑が、どうして、その…性別が変わってしまったのか、その原因は…とかっ」
歳子がキョトンと辰伶を見た。歳子だけではない。歳世も螢惑も瞠目して辰伶をみつめた。
「な、何だ。何かおかしなことでも…」
「あなた、知らないんですの?」
「何をだ」
辰伶を除いた3人は互いに顔を見合わせ、その中から螢惑が言った。
「あのさ、俺たちだけじゃないんだけど」
「何が」
「歳子とか歳世見ても解かんない?」
「だから、何がっ」
辰伶は歳子や歳世に目をやった。この2人がどうしたというのか。そういえばいつもと格好が違う。いつもは脚も露わな丈の短い着衣を着ていた。それが今日は実に大人しいというか、むしろ男のような服を着ている。いや、正真正銘の男物だ。そして、潔いほどに真っ平らな胸。
「まさか…」
「今朝から壬生の人たち全員が、性別が入れ替わってんだって。やっと気づいた?」
辰伶は驚きに呆然としてた。そこまで大きな事件だとは思っていなかった。
それにしても、そんな大事件だというのに、騒ぐどころか暢気に茶などを飲んでいる彼らの気が知れないと辰伶は思う。それとも、この事態を大変だと思っているのは自分だけで、実はそんなに騒ぎ立てるほどのことでもないのだろうか。
「まてよ、壬生の者全員と言ったな。すると太白や鎮明も…」
そこに思い至った瞬間、辰伶は「見たい!」という思いと、「見たくない!」と思いが、同時に振って湧いて交差した。
「あ、そうか。じゃあ、比べてこよう」
そう言って席を立った螢惑の襟首を、辰伶は振り向きもせずに捕まえた。
「大体きさまのパターンは解かってきたから訊かずとも想像がつくが……何を比べるつもりだ?」
「胸の大きさ」
「やめとけ。お前より小さい奴はいない」
「そうですわよ、螢惑。あなた、椎名ゆやより小さいんですから」
「誰?それ」
「歳子、時系列を無視しているぞ。それは4年後だ」
「とにかくだっ!」
話が微妙にメタな方向へ流れ出したのを、辰伶は強引に打ち切った。そして、この中では一番まともに話せそうな歳世に訊ねた。
「原因は解かっているのか?」
「今のところ不明だ」
「じゃあ、元に戻る方法も解からないんだな」
「そうだ」
そうかと辰伶は溜息をついた。
「辰伶、元に戻れなかった時のことを考えているのか?」
「ん?まあ、そうだな」
このまま元に戻れないという可能性について、実は辰伶はそんなことを考えてはいなかった。というよりは、それを考えたくなくて、無意識に目を逸らしていたのだ。
「その時は、辰伶」
歳世は辰伶の肩を抱き、瞳を覗き込むようにして言った。
「辰伶、私の妻になれ」
「命令形!?」
辰伶は驚いた。驚きの余り、驚くべきポイント(専門用語で『ツッコミどころ』ともいう)も外して驚いてしまった。
「女の時の歳世ちゃんて奥ゆかしかったけど、男になった途端、積極的ですのね」
「やはり、こういうことは男から行動すべきだろう」
「きゃーっ、カッコイイ〜。歳世ちゃん、逆玉GETです!」
と、このように歳子と歳世が会話しているのだが、その間一秒たりとも歳世は辰伶から目を逸らさない。まずい、と辰伶は思った。この状態は非常にまずい。それというのも、歳子の言うとおり歳世がカッコイイのだ。それはもう、男の目から見ても(いや、今は男ではないが(←まて、中身は男だ))、こう、クラクラッと来てしまうような格好良さなのだ。もしかしてこれだったのだろうか。この部屋に入った時から、時折、歳世に感じる妙な眩暈の正体は。
実際、男になった歳世の格好良さは半端では無かった。その微笑みは乙女の夢と憧れを具現化した○塚のトップ・スターにも匹敵する。実は密かに心霊手術で身長を辰伶よりも高くしてあるのだ。
ある種のパニック状態に陥っている辰伶の、その束ねられた長い髪を、螢惑が力任せに引っ張った。
「痛っ!何をするんだ」
歳世から身を放して螢惑を見ると、螢惑は非難がましい目で辰伶を睨みつけていた。
「螢惑、おまえ……歳世が好きだったのか?」
「……この鈍感に“悪魔の顎”してもいい?」
「ははは、螢惑。ちゃんと義妹として可愛がってやるから」
「歳世ちゃんこそ、設定無視してますわ。辰伶と螢惑が異母兄弟だってこと、私達は知りませんのよ」
「だからっ、メタな方向に走るな―――っ」
果てしなく壊れていく状況に耐え切れず、辰伶は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。拳を振り上げる辰伶を見て、歳子が大声を上げた。
「あっ!辰伶、その服ヤバイですわよ」
「え?」
「脇から見えてますわ」
何が見えるというのだろう。すぐに理解できなかった辰伶だが、はたと気づいて腕を下ろした。服装にも気をつけねばならないとは、つくづく忌々しい身体である。辰伶は苦々しく奥歯を噛んだ。その時、急にあることに気づき、辰伶は一気に顔色を無くして言った。
「吹雪様、吹雪様は…」
辰伶は自分の師匠のことを考えた。壬生の者全員の性別が変わっているというのなら、太四老もその例に漏れることはないだろう。
「吹雪様がどうかしまして?」
「どうかって、危険だろう!」
いきり立つ辰伶を、他の3人は沈黙で囲んだ。ややもして、歳世が躊躇いがちに言った。
「辰伶。仮にも太四老である吹雪様に向かって『危険人物』呼ばわりは不敬ではないか?…まあ、変った人だな〜とは、思わないでもないが」
「そうですわ。吹雪様はあなたの師匠でもある方でしょう。『危険人物』は感心しませんわ。…変ってるとは思いますけど」
「陰陽殿のもっさり」
「壬生の毛根」
口々に発せられる無礼千万な言葉の数々に、辰伶は肩を震わせた。
「そうではない。吹雪様の御身が危険に晒されているというのだ。吹雪様のお召し物は、袖が無い上に脇が完全に開いてしまっているんだぞ。それをどんな不心得者が見るやも知れん。吹雪様、今、この辰伶が参ります!」
叫ぶなり、辰伶は出て行ってしまった。呆気にとられた螢惑と歳子・歳世は、それをただ見送ることしかできなかった。
「…どこの不心得者が、どうやって太四老の長である吹雪様に危険を及ぼすことができるというのだろう」
「さあ…。辰伶って、時々訳わかんないですわよね」
それまでむっつりと黙り込んでいた螢惑が口を開いた。
「で、その変人のところへ行って、辰伶は大丈夫なの?」
「……」
歳子と歳世は天を仰ぐようにして考え込んだ。
「少しぐらいは何かあったほうが、色気が出ていいのではないか?何があろうが辰伶は辰伶だし」
「歳世ちゃんて、懐が深〜いのね」
「考え方は色々あるだろう。間一髪で助け出すのも良し。傷ついた後に慰めるのも良し」
「素敵!男のロマンですわっ」
それは男のロマンというよりは、腐女子のものす同人誌のストーリー展開である。
この2人には付き合っていられないと、螢惑は思った。そして、モテるというのもめんどくさいことなんだと、異母兄に対して心の中で合掌した。
「あれ?異母姉?」
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