+・+ 吹雪様誕生日企画 +・+
いつか光になる為に
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朝からずっと雨の気配がしていた。いつ降っても不思議でないのだが、空を覆う灰色の雲は、しかし一向に態度をはっきりとさせない。
人の心はしばしば天気に影響される。しかし今日の空模様は自分の心が天気に影響したかのようだと、吹雪は思った。そんな不遜な想像を抱く己を戒めて、吹雪は襖を開けた。先に部屋に通されていた客は、吹雪の方へ直って居ずまいを正し、丁寧に挨拶を述べた。
「お早うございます、吹雪様」
「待たせたな、辰伶」
「いいえ。こちらでお庭を拝見させて頂いておりました。ここから眺めるお庭はいつも素晴らしくて、感嘆してしまいます」
その言葉が社交辞令ばかりでないことを、吹雪は知っていた。師として、辰伶の成長を見続けてきた吹雪には、辰伶の気性や性質は手に取るように理解できた。
「それから、どうぞ詰まらないものですが…」
辰伶は折り目正しく菓子箱を差し出した。
「そんな気を使うことはない」
「ええ、ですが…この菓子が余りに美しい見栄えでしたので、どうしても吹雪様に召し上がって頂きたくて…」
少しはにかむような仕草で一生懸命に語る弟子の姿に、吹雪は微かに笑みを浮かべた。手土産にしても礼儀ばかりでなく、心から相手を喜ばそうとする辰伶の純粋さを、吹雪は好ましいと思った。
「では、折角の心遣いだ。嬉しく受け取ろう」
吹雪は菓子箱を受け取って、まずは横へ置いた。
「辰伶、見せてみろ」
辰伶は僅かに表情を硬くさせたが、無言で吹雪の言葉に従った。左手に巻かれた白い包帯を解く。包帯が取り払われた辰伶の左手の甲には真っ赤な痣があり、痛々しく目を引いた。おずおずと差し伸ばされたその手を取って、吹雪は痣の状態を見て確かめた。
「大きくなっているな」
「はい」
「しかし予測の範疇だ。順調に進んでいる。案ずるな」
「はい」
辰伶から緊張が解けて、安堵の息が漏れた。吹雪を心から信頼し、吹雪の言葉を信用してのその様子に、吹雪は胸が痛くなった。『順調に進んでいる』という言葉の意味するところを、辰伶は正確に知っている。承知の上で、吹雪の『案ずるな』という言葉のもとに安らいでいるのだ。
「…施術を行うぞ」
「はい、吹雪様」
努めて機械的に吹雪は振舞った。辰伶が吹雪に望んでいるのは涙や同情ではない。彼に必要なのは太四老たる吹雪の高等な施術であり、師たる吹雪の指し示す極めて現実的な『希望の光』であるのだから。
吹雪の揺るぎない完璧さこそが、不安の闇に独り立つ辰伶の支えだ。辰伶の心を救うのは、吹雪とはまた別の者の役割だ。
己の役割を果たすこと。その為には無用な情や役に立たない感傷など挿むまい。辰伶に術を施しながら、吹雪は昔を想った。
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