大切な人だから
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螢惑と辰伶が帰ったことで、庵家の微妙な空気は日常を取り戻しつつあった。5つ子たちはゲームを始め、遊庵、庵奈、庵樹里華は何をするでもなく茶を飲みながら煎餅をつまんでいた。
「螢惑にはしょっちゅう驚かされるけど…」
庵樹里華は見るでもなしにテレビを眺めながらポツリと言った。
「今回はとびきりだったわ。まさかお嫁さん連れてくるなんてね」
「嫁さんって…」
男に「嫁」はないだろうと遊庵は言いかけたが、辰伶の丁寧な挨拶を思い出して、それ以上言葉が続かなかった。確かにあの挨拶は嫁だ。
「兄貴は知ってたの?」
「いや、何というか…」
遊庵にしても、辰伶とは今日が初対面だ。螢惑の態度でそうと察したが、いずれは打ち明けてくれるだろうとは思っていた。それがまさか今日の今日だとは、さすがに予想しなかった。
「螢惑って根本的に恋愛に興味ないじゃない。それが恋人ってのがそもそも驚きだけどさ、相手が男…っていうか異母兄弟ってのはアリなの?」
「う…ん、そこは俺も複雑なんだけどな。けど2人とも真剣っぽいし、俺が反対する筋合いねえし、仮に反対したって螢惑は聞きゃあしねえだろうし…」
遊庵は根っから螢惑の味方だ。どんなことがあっても螢惑を見捨てるつもりはない。だから、2人の関係が非常識で背徳的なことについては、あまり触れたくない。
「私は良かったなあって思ってる」
そう断言した庵奈を、遊庵と庵樹里華は見た。
「螢惑の恋愛観ってドライで歪んでるでしょ。それに女の子にっていうか他人に興味薄いし。だから人生を孤独に生きるか、じゃなきゃ節操なく食い散らかして、いつか誰かに背中から刺されるんじゃないか心配してたんだ」
「螢惑は見た目がいいから、周りが放っとかないでしょ。スケコマシコースが濃厚ね」
「それがちゃんと『生涯の伴侶』って言える相手に巡り合えたのよ。良かったじゃない」
「姉貴は螢惑に甘いからね」
「それにね…」
庵奈は空になった湯呑を弄んでいた。照れている様子だ。
「生涯を共にしたい大切な人を、私たちにきちんと紹介してくれたのが嬉しくてさ。螢惑も私たちのことを家族と思ってくれていたんだと思ったら、小さなことなんてどうでもよくなっちゃった」
「小さなことか…」
庵奈の言う通りかもしれない。小さなことだ。どうせ螢惑は自分の意志を簡単に曲げたりはしないのだから、遊庵としては最初から選択肢などない。螢惑が困難な道を選ぶなら、見守って助けてやるだけだ。
「でもさ、あの螢惑に、よくもあんな上玉が引っかかったわね」
「引っかかったなんて、庵樹里華、そんな騙したみたいに…」
辰伶の仕草は細部に至るまで洗練されていて、礼儀作法もきちんとしていてた。並の庶民っぽくない。螢惑とは不釣り合いとは言わないが、ちょっとそこらに居なさそうな育ちの良さを醸し出していた。
「そうねえ、やっぱりあの人、螢惑に騙されたんじゃないかしら?」
「それか、お互いに自分に無いものに魅かれたのかも」
「恋愛はミステリーだわ。不良とお嬢様なんて、ハーレクイーンロマンスの世界ね」
庵奈と庵樹里華は好き勝手に盛り上がっていく。ちょっと引き気味になった遊庵はぽつりと呟いた。
「他人の恋バナより、自分らはどうなんだよ」
遊庵は不用意な一言で、妹2人を敵に回した。