てのひらサイズの愛だけど
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その可能性に思い至った辰伶は、勢い焦燥に突き動かされて螢惑に詰め寄った。
「きさま、俺たちの・・・か、関係について、よもや言いふらしたりしていないだろうな」
「してないよ」
螢惑の返事は簡潔で明快だった。そうだろう。いくら世間の常識とずれたところがある螢惑でも、片親のみとはいえ血を分けた兄弟である辰伶と恋仲だなんて公言するほど非常識ではあるまい。安堵しかけた辰伶だったが、
「言いふらしてはないけど、灯ちゃんとアキラには言った」
「な・・・え・・・はあ?」
続く螢惑のセリフに言葉を無くしてしまった。
「言いふらすってのは不特定多数の人に言って広めることだよね。さすがにそれは俺だって恥ずかしいよ。でも2人には、辰伶が俺の恋人だって、ちゃんと言った」
「灯とアキラというのは・・・あの、喫茶店にいた?」
「うん」
辰伶は頭を抱えた。
先日のこと、学校から帰宅途中の辰伶は、電車内で、例の占師の喫茶店の関係者(しかも螢惑の友人らしい)とおぼしき人物を見つけた。随分と迷惑をかけてしまった自覚があったので、声をかけて軽く謝罪した。相手は、後になって名を知ったが、アキラという螢惑の友人は、螢惑が辰伶の用意したおにぎりを喜んでいたことを、そっけないくらいに簡潔に教えてくれた。螢惑に喜んでもらえたことを知ることができた辰伶は、それが嬉しすぎて細かいことは気にしなかったが、時間が経って冷静になると、とんでもないことに気づいた。
世間的には辰伶と螢惑は不仲ということにしてある。しかしアキラの話しぶりでは、彼にはその嘘が通じていない様子だ。それどころか・・・
『愛情の味がするって言ってましたよ』
深読みしすぎかも・・・という一縷の望みは、螢惑に直接確認することで砕け散った。彼は辰伶と螢惑の関係を知っている。辰伶の懸念はその通り現実だった。
「・・・2人だけだろうな」
「俺の恋人だって言って、待ち受けの辰伶の写真を何人かに見せたけど、それが辰伶って名前で俺の異母兄弟だってことまで知ってるのは2人だけだよ」
「・・・・・・」
「2人とも、他人に言いふらしたりするような奴らじゃないから。信じてよ」
「おまえが・・・そう言うなら・・・」
灯とアキラのことを辰伶はよく知らないが、螢惑の言葉を信じることにした。
なるほど。彼らが辰伶と螢惑の関係を前もって承知していたとなると、喫茶店での灯の態度や、電車内でのアキラの言葉は、いずれも螢惑を心配したり思いやったりした結果であったのかと、辰伶は得心がいった。少なくとも、妨害しようとか、差別しようとか、侮蔑しての態度とかではなかった。
「この関係は誰にも理解されはしないと思っていたが、受け入れてくれる人もいるんだな」
「仲間だし」
「そうか。いい仲間だな」
螢惑はふと気づいた。そもそもはこの仲間たちが螢惑に大量のエロ本を押し付けたのが、辰伶との馴れ初めになったのだ。このことを辰伶に話そうかと思ったが、何だかあまりロマンチックな話ではないので、やっぱり黙っておくことにした。
「俺は卑怯だな」
やや自嘲気味に辰伶が呟いた。辰伶は螢惑との関係を周囲に秘密にしている。そのことに引け目を感じていることを、螢惑は気づいていた。だがこれは卑怯とか、誠実とか、ましてや勇気の次元ではない。
「俺だって、言っても支障の無い相手だから言っただけ。状況も見ずに、自分の気持ちだけを『真実だから』とか言って相手を選ばず闇雲に話して受け入れさせようとする方が迷惑。傲慢だと思う。俺は灯ちゃんもアキラも俺から離れていかないことが解ってたから話したんだよ」
まあ、離れていく奴を引き留める気などないから、その意味では螢惑は誰に話そうが全く支障がないのだが。それはこの場では言わなくていいことだ。
「だから、辰伶が引け目や罪悪感なんて持つ必要ないんだよ」
「螢惑・・・」
という次第で、2人は大いに盛り上がり、そのまま全身で愛を確かめ合うに至るわけだが、その事後、螢惑は腕の中でうつらうつらとしている辰伶に低く囁いた。
「ねえ、次の週末、スケートに行こうよ。割引券もらったから」
「・・・土曜?日曜?」
「どっちがいい?」
「どちらでも・・・」
「じゃあ、土曜日ね。辰伶は滑れる?」
「・・・普通に楽しめる程度には・・・」
「そう・・・」
螢惑は暫し考えを巡らせた。
「俺は全然、全く、これっぽっちも滑れないから、滑り方教えてね」
「・・・意外だな。お前は・・・スポーツは何でも得意だと・・・思っていた・・・」
「ええと・・・初心者だから」
「お前は運動神経が良さそうだから、きっとすぐに上達する・・・ぞ・・・」
静かに寝息をたてる辰伶の、螢惑は愛し気にその髪を梳く。その口元には良からぬ笑みが刷かれていた。