未来半分
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エプロンを着けたアキラが、お冷を乗せた盆を朔夜から受け取った時、店のドアベルが軽やかに鳴って来客を告げた。接客の常識として「いらっしゃいませ」と挨拶しつつそちらを見遣ると、高校生の男女のカップルが店に入って来たところだった。女子生徒の先導に続いて現れた男子生徒の顔を見て、アキラは思わず声をあげそうになった。螢惑の想い人である辰伶だ。以前に下校途中の電車の中で顔を合わせたことがある。
「灯、あれ」
小声で灯に注意を促す。灯も辰伶の登場に驚いたようだが、努めて態度には出さずに平静を保ち続けた。
テーブル席が空いていないのを見て取って、2人はカウンター席を選んだ。灯の隣に空席を2つ挟んで辰伶が座った。
アキラは少し緊張しながら、2人にお冷を運んだ。辰伶の方もアキラを記憶しているだろうか。お冷を置くときに、さりげなく目を合わせてみたが、何も反応は無かった。どうやら辰伶は覚えていないようだ。
それに安堵するのも変な話だが、アキラは気が楽になって心に余裕が生まれた。すると今度は逆に、辰伶が覚えていた方が面白いことになったのにと、少し残念に思う。女と同伴のところを、螢惑とは顔見知りであるアキラに見られて、辰伶はさぞ狼狽したことだろうに。
とにかく相手が覚えていないなら、一方的に存分に観察するチャンスだ。さて、螢惑の恋人は如何なる人物なのか、とくと拝見させてもらいましょうか・・・
「ご注文はお決まりでしょうか?」
朔夜を制してアキラがオーダーをうかがう。落ち着いているが、実は笑いが漏れそうになるのを喉の奥に飲み込んでいる。
傍目には不自然なところはなにもない。辰伶も何も不審を覚えることなく応じる。メニューを見ることもなくコーヒーを注文した。
「歳子は?」
「何でも奢ってくれるのよね・・・ええと、本日のシフォン・ケーキと、それからダージリンの『占いセット』にするわ」
「占いセット?・・・ああ、占い喫茶だとか言っていたな」
この店のドリンク・メニューには占いをセット価格で付けることができる。その手軽さが女子高校生たちに歓迎され、人気となっている。
「あの・・・すみません」
朔夜が申し訳なさそうに謝りながら言った。
「今は店に私しかいないので、兄か妹が帰ってくるまで、占いの方はお待ちいただくことになってしまいますが・・・」
「どれくらい待てばいいの?」
「・・・えっと、あ、ちょっと待って下さい」
そう言って朔夜は携帯電話をポケットから取り出し・・・取り落とした。慌てて拾おうとして店の名刺の入った籠を引っ繰り返してぶちまける。それをまた慌てて掻き集めようとしてステンレス製の盆を落っことす。あっとか、きゃあとか小さな悲鳴があがる度に、ガタンだの、バサバサーッだの、ガシャーンだの激しく音をたてる。
「朔夜さん、それ以上動かないで」
見兼ねてアキラが片づけに入る。灯も大きく溜息をついて立ち上がる。
「しばらく代わってあげるから、朔夜は占いをしなさい」
「ありがとう。灯さん」
突如として辰伶の目が険を帯びて灯を振り仰いだのを、アキラは目撃した。ほんの1、2秒のことだったが、間違いなく朔夜が呼びかけた「灯」の名前に反応してだったと思う。
朔夜は彼女に出来る限りの速さで辰伶と歳子の注文の品を揃えた。
「お待たせしました。何を占いましょうか。といっても、私は未来(さき)読みなので、兄のように前世のことは無理ですけど」
朔夜の度を越した鈍臭さに呆気に取られていた歳子だったが、気を取り直した。
「兄妹で占い師なのね。噂の現役女子高生占い師はあなた?すごく当たるんですってね」
「恐れ入ります」
穏やかな微笑みは無垢な少女らしく、直前のドジの連続技も相まって、どうにも大した力があるようには見えない。それなのに何か不思議な心地良さの波動が歳子を包みリラックスさせる。何でも気楽に相談できそうな気分だ。
「道具は何を使うの?カード?」
「道具・・・あっ」
横から灯が水晶玉を朔夜に手渡した。すみませんと感謝して水晶玉を手元に置いた。・・・本当に大丈夫か?
「気を取り直しまして、何を占いましょうか?」
「この・・・」
歳子は辰伶を指さした。
「この男の将来を占って下さいな」
「何!?」
それまで全く他人事としてコーヒーを啜っていた辰伶は、突然の歳子の申し入れに目を剥いた。
「何故、俺を占う?勝手なことをするな」
「何故って、何でも奢るって約束でしょ」
「自分のことを占ってもらえばいいだろう」
言い争う2人に、少したじろぎながら朔夜が言う。
「あの、未来のことにしろ、過去のことにしろ、知りたくない人に無理に見せるのは、お勧めできません・・・」
「そうよ」
朔夜の言葉に灯が同意する。
「朔夜の占いは本物よ。どんな結果が出ても受け入れる度量が無いならやめときなさい」
灯の言ったことは正しい。が、アキラにはそれが忠告で言ったようには聞こえなかった。むしろこれは挑発のような・・・
辰伶は険を帯びた視線を灯に注ぐ。彼もアキラと同じように、灯の言葉から毒を感じ取ったようだ。つまり、灯の挑発にまんまと乗ってしまった。
「俺の過去でも未来でも、勝手に占えばいい。好きにしろ」
「本当にいいんですか?」
朔夜が気遣わし気に再確認する。しかしこの時点で辰伶は既に引っ込みが付かないところまで来てしまっていた。
「たかが占いだろう。俺はそういうものは一切信じてはいない」
明らかに灯を意識しての発言だ。先ほどから辰伶の灯を見る目が険しいのは、アキラの気のせいではなかった。アキラは以前に電車で彼に会った時の様子を思い出した。螢惑がアキラに凭れて眠りこけていたことに、彼は激しく嫉妬の炎をその瞳に燃やしていたのだ。それが実に印象的で忘れられない。
辰伶はアキラのことを忘れているようだが、しかし灯が螢惑の知り合いであることには感づいたのかもしれない。螢惑との仲を勘ぐって灯に嫉妬するなんて不毛過ぎると、2人をよく知るアキラは思う。
それにしても、灯の方も辰伶に良い感情を持っていない様子だ。その理由がアキラにはよく解らない。
不本意ながらも辰伶の同意を得て、歳子は同じ内容で再度、朔夜に占いを依頼した。
「将来ですと・・・仕事とか、そのあたりでいいですか?」
「仕事もだけど、お金とか、健康とか、家庭とか総合的に成功してるかどうか」
「どういう状態を成功と言って良いかわかりませんが・・・」
朔夜が水晶玉を覗き込む。彼女の瞳にだけ映る世界がその中にあるのだろうか。
「この方は大変な努力家ですね。そしてとても仕事運が強いです。だから仕事は何をやってもうまくゆきます。それに金運もです。一生お金に困ることはありません。大きな病気も怪我もしません。大変強運な人ですね」
「絵に描いたような成功ね。良いこと尽くめで詰まらないわ」
「詰まらないって、俺がどうなれば満足なんだ・・・まあ、占いだからな。実際どうなるかわからん」
「そうね。仕事で成功してお金があっても、寂しい老後かもしれないし」
「あの、家庭も円満です。子供にも恵まれます」
「まあ、全く隙が無いのね。憎らしい」
「・・・・・・」
朔夜が語る辰伶のバラ色の未来にはしゃぐ歳子とは対照的に、辰伶は表情を硬くして押し黙った。
「で、これが肝心なんですけどぉ・・・辰伶の将来の結婚相手は、今付き合ってる人かしら?」
辰伶、朔夜、そして占いの様子を傍らで見守っているアキラと灯。歳子のみを除外して、場の空気が緊張に固まる。歳子の無邪気さで粉飾した悪意ある問いは、目に見えぬ棘を辰伶の心に深々と突き刺さした。
「あの、えっと、それは・・・」
朔夜は言い淀み、辰伶を窺い見る。
「はっきり言えばいい。俺は占いなんて信じない」
泰然自若を装っているが、その頬は少し蒼褪めている。コーヒーカップを持つ手がぎこちない。
「信じようと信じまいと、朔夜は本物よ」
冷然と灯が口を挟む。朔夜の占いを軽視するのが許せないのか、端から辰伶のことが気に食わないのか。一方で辰伶も灯にそのように言われて頑なになった。
「本物なら、本物らしく包み隠さずに言えばいい」
「朔夜、彼の望み通り、言っておあげなさいな」
アキラも朔夜の能力が「本物」であることを知っている。彼女には本当に未来が視えるのだ。朔夜が語った通り、辰伶は「成功者」となるだろう。円満な家庭、子供にも恵まれて。子供にも・・・
意を決した朔夜は、プロフェッショナルの占い師らしく淡々と宣告した。
「今、貴方がお付き合いされている方ではありません」
その通りだ。現在の辰伶の恋人であるところの螢惑は男だ。法律が変わって結婚できたとしても、子供は絶対にできない。ならば、辰伶の将来は螢惑と共には無いということだ。
だから朔夜の占いの結果は、辰伶にとって満足できるものではないし、灯は将来的に螢惑を裏切るであろう、彼の罪が赦せないのだ。
灯の採点は辛すぎる。アキラはそう思った。そもそも同性同士の恋愛が何事もなく上手くいくはずなどないのだから、辰伶と螢惑の関係に明るい未来が無くても、アキラにしてみれば「まあ、そうだろうな」くらいにしか思わない。
アキラの印象では、辰伶の想いは螢惑と同じか、ひょっとするとそれ以上に重症だ。ならばこの占いの結果に一番心を痛めているのは辰伶である。灯が仲間想いなのは知っているが、これ以上、鞭打つのは酷ではないか。
尚も朔夜は感情を排した機械のように、占いの結果を辰伶に告げる。本物の持つ神秘のオーラが彼女を包んでいる。
「貴方とその方は非常に強い縁の鎖で繋がれています。その縁は前世から、いいえ、前世のそのまた前世の、途方もなく遥かな過去から、そして遥かな来世へも、続くものです。2人は必ず同じ時代に生まれ、出会い、強く魅かれます。或は逆に激しく反発する場合も。愛憎どちらも並の想いではあり得ない2人・・・恋人、親友、好敵手、或は仇敵・・・互いに誰にも替え難い存在。前世での関係は、望兄様に視て貰えばもっとはっきりわかりますが、非常に運命的なものを感じます」
朔夜は哀しそうな瞳で水晶玉を見詰めている。
「でも、どんなに魅かれ合っても、決して結ばれることはありません。森羅万象、世界のありとあらゆるものが、障害として立ちはだかります。貴方たちに好意的な人々でさえ、そのつもりもなく妨害するでしょう。そういう宿命なのです」
「・・・宿命」
それは無意識であっただろう。辰伶がぽつりと呟いた。
「結ばれぬこと、それを代償に、貴方も相手の方も、その人生で為すべきことを成し遂げます。だから宿命なのです」
「・・・もしも」
占いなど信じないと言い切った時とは打って変わって神妙に辰伶は朔夜に問うた。
「俺の為すべきを放棄して、例えば俺の人生の成功の全てを投げ打ったとしたら、結ばれるのだろうか?」
朔夜は少し俯き、静かに首を横に振った。
「全てを失って破滅します」
「成程・・・決して結ばれることがない・・・か。もういい。解った」
不意に朔夜は普段の顔に戻った。自分の告げた占いの内容の非情さに、俄かに狼狽えた。
「あ、あの・・・私・・・」
「俺が言えと言ったんだ。気にするな。俺も気にはせん。占いなど信じていないからな」
「でも・・・あっ」
動揺してか、朔夜はうっかり水晶玉を転がしてしまった。カウンターから落ちそうになるのを、咄嗟に歳子が手を伸ばす。しかし背もたれの無いカウンターチェアが災いした。無理な姿勢で水晶玉を掴まえた歳子の身体がバランスを崩す。
「きゃ・・・」
短く悲鳴をあげて後ろに倒れた歳子を、辰伶は反射的に片腕で抱き留めた。
「大丈夫か」
「ありがとう。水晶玉は無事よ」
「すみません、すみません・・・」
オロオロと謝罪を繰り返す朔夜に水晶玉を手渡し、歳子は辰伶の腕に掴まって体勢を立て直した。その時、店のドアベルが軽やかな音をたてた。
「いらっしゃ・・・あ!」
アキラの業務用の挨拶が止まって驚きの声になった。つられて周囲の全員が店の入り口に注目する。今しもドアを開けてそこに佇むのは螢惑だった。螢惑は辰伶の姿を認めるとツカツカと歩み寄り、いきなりその頬を激しく打った。
「きゃあ!」
歳子の悲鳴があがるのと、音を立てて辰伶が床に投げ出されるのは同時だった。カウンターテーブルの上のグラスも一緒に床で砕け散る。その騒ぎに店中の客が視線を浴びせた。
突然のことに、辰伶は当事者でありながら状況が把握できていないようだった。呆然と螢惑を見詰めながら、身を起こそうと床に手を着く。途端に痛みが走り、見ると割れたガラスの上に手を突いてしまっていて、その傷から見る見る血が溢れてきた。
「・・・!」
その血の色を見るなり、螢惑の瞳に正気が戻った。我にかえった螢惑は踵を返すと店を飛び出し、そのまま走り去ってしまった。
「何なんですか!いきなり人を殴るなんて!」
歳子の声で、止まっていた時間が動き出した。徐に辰伶は立ち上がり、倒れてしまった椅子を起こした。
「まさかこんな騒ぎになるなんてね・・・」
そう呟きながら灯が辰伶の怪我をしている手を取った。何をと問う間もなく、辰伶の掌の傷が消えた。打たれた頬の熱もひいている。灯の法力治療だが、それを知らぬ辰伶は不思議な現象に言葉も無い。
「朔夜、悪かったわね。今の、私のツレなのよ。割れたグラスとか、弁償するわ」
灯が螢惑の行いを朔夜に詫びるのを聞いて、辰伶は不愉快そうに眉目を顰めた。
「螢惑は俺の身内だ。俺が弁償する」
「身内って?」
歳子の率直な疑問に、辰伶も率直に返す。
「異母弟(おとうと)だ」
伝票に1万円札を添えて朔夜に突き付けた。そしてカバンからノートと筆記具を取り出し、ノートの白いページを1枚破って住所と電話番号、及び氏名を書きつけてそれも渡した。
「迷惑をかけた。足りない分は請求してくれ」
それだけ言うと、辰伶はさっさと店を出ていってしまった。疾風のごとき騒動だった。彼の姿が見えなくなったところで、店は騒めきと共に平常を取り戻しにかかった。
「あれが噂の・・・聞きしに勝る仲の悪さね。いきなり喧嘩するなんて」
歳子が呟く。床に散らばるガラス片を片づけていたアキラがその呟きを耳にした。
「聞きしに勝るって、彼らは有名なんですか?」
歳子はシフォン・ケーキに添えられた生クリームをパクリと頬張った。
「辰伶の父親の隠し子。それが彼ね。つまり、彼・・・螢惑は辰伶の腹違いの弟よ」
「異母兄弟・・・というわけですか。彼らは仲が悪いんですか?」
「辰伶の母親が螢惑を物凄く嫌っているの。旦那の愛人の子供なんだから、当たり前よねえ。それが一緒の家で暮らしてるんだから尚更だわ。まあ、大きなお屋敷の離れにいるそうだから、殆ど顔を合わせることはないみたいだけど。辰伶も同様なんじゃないかしら」
話を聞きながら、アキラは螢惑に呆れ返りつつ、辰伶に同情を禁じえなかった。ただの同性カップルではなく血縁関係。茨道にも程がある。辰伶が慎重になるのは当たり前。むしろ無頓着な螢惑の方が理解に苦しむ。これは苦労するだろう、辰伶が。
「随分と詳しいんですね」
「有名だもの。辰伶も、辰伶の家も」
朔夜が、辰伶の置いていった代金が割れたグラスの分を差し引いても多すぎると、歳子に返金しにきた。迷惑料として貰っておけばいいと、歳子は受け取らなかった。
「見ての通り美形だし、成績優秀で先生方の信任も厚いし、名家の御曹司でお金持ちだから、狙ってる女の子は大勢いるわね」
「あなたも?」
灯が自分のドリンクを持って、歳子の席の隣に移動してきた。
「あなたも辰伶を狙ってるクチ?」
歳子はケラケラと笑い出した。
「まさか、冗談でしょ。あんな面倒くさい家、私はごめんだわ」
「面倒?」
「言ったでしょ、名家だって。庶民とは格違いのお家柄。そんな家で名誉だの格式だのに縛られて窮屈に暮らすなんて、いくら財産があっても・・・ねえ?」
「やだ、信じられなーい。今時そんな時代錯誤な家があるのぉ?」
歳子と違和感なく女子トークをしている灯の方が、アキラには信じたくない存在だ。片付けも終わったし、2人から少し距離を置く。
「だから、辰伶が今付き合ってる相手じゃ、絶対に上手くいかないだろうって思ったのよね」
「あら?相手のこと、知ってるの?」
「詳しくは知らないけど、どこぞのやんごとないお嬢様って感じじゃないみたいだし。辰伶の相手は余程じゃないと、家が認めないだろうから、将来、絶対に揉めると思ったのよ」
「ふうん・・・」
歳子の辰伶を見る目は実にシビアだ。辰伶個人の資質に対して過大に希望的観測を付与しないので、冷静で客観的である。歳子のその観察眼と分析力は、辰伶と螢惑の関係をどう予測するだろうか。灯は聞いてみたくなった。
「彼女との付き合いを反対されたら、辰伶はそれに従っちゃうのかしら?いっそ、2人で駆け落ちってのもなくない?」
「うーん・・・辰伶が家を捨てるかしら。昔からお家大事で頭が固いから、最終的には個人よりも家の都合を優先する気がするわ」
「じゃあ・・・その子、捨てられちゃうのかしらね」
「辰伶の父親みたいに、家庭とは別に愛人にするっていう手もあるけど・・・」
それは解決として現実的な方法かもしれない。世間に対して表向きには円満な家庭を作り、それを隠れ蓑に螢惑と関係を続ける。この未来は朔夜の占いとも矛盾しない。アキラは灯を見遣った。灯も同じことを考えたようだ。
「・・・でも、辰伶の性格じゃ考えにくいわね。そういうことに潔癖だし、それに父親に愛人と隠し子がいたことに随分と憤ってたから。その父親と同じことをするって、どうかしら・・・」
成程、それは螢惑にしてもそうだ。自分の母親と同じ轍を踏みたいだろうか。そんな立場に螢惑が甘んじるはずがない。螢惑サイドの友人として、アキラと灯は断言できる。
「でも、一番の障害は辰伶の母親ね。実家が資産家で彼女自身が大事業主というスーパーウーマンでね。実質、あの家の屋台骨を支えているのがこの人。だから辰伶の父親よりも、ううん、一族の誰よりも強い立場なの」
「なんだか凄い人ね」
歳子は紅茶を飲みほして、席を立った。
「こんな怖い姑付きなんて、私は絶対にムリ」
ごちそうさまと挨拶をして、歳子は店を出ていった。
辰伶の母親の眼鏡に適った者でないと、辰伶の伴侶には認められない。同性であり近親である螢惑など、家柄以前の問題で認められるはずなど無いけれど。
そもそも螢惑は辰伶の母親に憎まれているのだ。辰伶との関係が露呈したら、大変なことになるだろう。辰伶は大変なことになるが自分は大丈夫だと、螢惑は嘯いたが、全然大丈夫ではないじゃないか。強がりなのか、状況が解ってないのか、天然なのか。灯は溜息をついた。
「あのバカ・・・」
辰伶が家を捨てなければ螢惑との未来は無い。だが、それをしても2人は結ばれないと、あるのは破滅だと、朔夜の占いは言っていた。行き止まりの恋だと宣告されて、辰伶は絶望しただろうか。彼の強気な言葉通り、本当に気にしないでいられるだろうか。
気にしようとしまいと、未来読みの巫女である彼女の占いは絶対なのだけれど。螢惑を応援することも、諦めろと説得することも、灯には気の重いことだった。
「そういえば・・・ほたるをここへ呼んだのは灯ですね」
「そうよ」
辰伶に良い感情を持っていなかった灯が、彼に少しお灸を据えてやるつもりで呼んだのだろう。そして、螢惑が現れたタイミングが最悪だった。朔夜が転がしてしまった水晶玉を、歳子が掴まえようとして倒れそうになり、それを咄嗟に支えた辰伶と抱き合う形になったところで螢惑が登場。どんなピタゴラスイッチだ。
世界のありとあらゆるものが、障害として立ちはだかるという朔夜の占いに間違いはないようだ。何の感情も思惑も持たない水晶玉でさえ、結果として螢惑と辰伶の仲を妨害したのだ。
「ほたる、誤解してあんな行動に出たんですよね。・・・大丈夫でしょうか」
電車で螢惑の隣に座っていただけで辰伶に睨まれた経験のあるアキラだが、今度は逆上して暴力を振るう螢惑の姿を目撃してしまった。どちらも嫉妬深さでは変わらなそうだ。
「大丈夫・・・じゃ、ない、かも・・・」
「弁明してあげた方が良くないですか?」
「・・・・・・」
このまま放置すれば、螢惑の誤解が解けずに破局するかもしれない。しかし、誤解を解こうとする行動が、巡り巡って妨害になるかもしれない。2人に協力する行為すら裏目に出るような気がするのだ。そう思って何もしなければ、やっぱり2人の仲を妨害したままになる。
「動けないわ・・・」
思い悩む灯の姿を見るアキラは、やっぱり他人の恋愛になど立ち入るべきではないと、持論の正しさを再確認していた。