未来半分
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実は辰伶と歳子は知人としてはかなり古い部類に入る。辰伶の家とは比べるべくもないが、歳子もそこそこに「お嬢様」と呼ばれる身上であり、直接交流は無くとも互いに相手の家のことは知っていた。その上で幼稚園から小、中学校が同じ。高校に至ってはホームルームまで1年から同じだ。
だからといって幼馴染というほど親しくもない。接点など皆無であったといってもよいくらいだ。辰伶が歳子とまともに話をするようになったのはごく最近のことで、それも歳子が歳世の友人だからに過ぎない。むしろ辰伶は歳世と親しく、歳子も歳世と仲が良い。つまりどちらにとっても「友達の友達」という認識だ。
もっとも、歳世がどのような認識でいるかは、また別であるが……
そういうわけで、これまで歳世を含めた3人で行動したことはあっても、辰伶と歳子という組み合わせで下校するのは意外なことに初めてだった。しかし2人ともにそれを意識はしなかった。意識するような相手では無かった。
「あら、今年のバレンタインデーは土曜日なのね」
「学校が休みで良かった。いちいち断るのも面倒だからな」
歳子は横目で隣の男を窺い見た。今のセリフを言ったのが辰伶でなければ自意識過剰を存分に嗤ってやるところなのだが……衒うことなく辰伶は昔から女子に人気があった。そのことは本人以上に歳子の方が良く知っている。歳子は高校に入学してからというもの、辰伶と同じ中学出身という理由だけで、彼への手紙やプレゼントの仲介役を頼まれた。とにかく辰伶は有名人なのだ。同級生は言うに及ばず、上級生や下級生、他校生から頼まれたことさえある。
しかも、バレンタインデーである2月14日は辰伶の誕生日でもあるので、相乗効果で大変なことになる。学校が休みであることも、歳子にとっては大して救いにはならない。学校で渡せない分については、辰伶の家に届けてくれとか、辰伶の家に案内してくれとか、辰伶を呼び出してくれとか、余計に面倒なことになるのだ。大して仲が良いわけでもないのに!
「今年は断るの?やっぱりカノジョができたから?」
「まあ、それがけじめだろう」
辰伶が最初から贈物を断るつもりでいることを、事前に知り得たことは幸いであった。歳子は心置きなく仲介を断ることができる。
もっとも今年は最初から断るつもりではいた。彼女の親友の歳世が辰伶に想いを寄せているからだ。辰伶に付き合っている相手がいることが発覚してショックの余り早退してしまったが、歳子としては、まだこの先どう転ぶか解らないと思う。何しろ辰伶は家が家だ。並の女子ではついては行けまい。
歳子は頭の中で戦略を練った。飽くまで誕生日プレゼントを主体として、チョコレートはついでの友チョコ風にするようにと、歳世にはアドバイスしよう。
「辰伶が他の女からチョコを貰ったりするの、カノジョが気にするの?」
「いや……特に何か言われたわけではないが…」
螢惑は何も言わない。飽くまで辰伶自身の彼に対する誠意だ。しかし例えば自分が誰かからチョコレートを受け取ったら、果たして螢惑はどう思うだろうか。辰伶はそんなことを想像してみた。なんだかあまり妬いてくれそうな気がしない。では、もしも螢惑が誰かからチョコレートを貰ってきたら……非常に不愉快だ。俺からは何も受け取ってくれないくせに……
ふと、辰伶は思った。バレンタインのチョコレートなら、螢惑は受け取ってくれるだろうか。即座に辰伶はその思考が恥ずかしくなった。女子じゃあるまいし、どの面下げてチョコレート売り場に行けるものか。
「あいつは気にしないかもしれないが……俺の気持ちの問題だな」
「じゃあ辰伶は今年は1人からしかチョコレートは受け取らないのね?」
「……いや、あいつがくれるとは思えないから、ゼロかもな」
「ええ〜〜〜!何ですか、それ」
思いがけない返答に、歳子は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ホントに付き合ってるんですか?辰伶の思い込みじゃないんですか?」
「失礼な奴だな。間違いなく付き合っている。ただ、あいつはバレンタインデーなどという軽薄な行事に興味ないんだ」
「ええ〜〜〜!そんな女いるんですかぁ!?ホワイトデーのお返し、要らないんですかぁ!?」
自分を基準にするなと言いたいが、辰伶は黙った。これ以上エスカレートしたら、釣られて要らないことまで言ってしまいそうだ。本題に入ろう。
「お前に相談に乗って欲しいのは……そのことにも少し関係があるんだが……その、俺の付き合っている相手がだな、プレゼントを受け取ってくれない」
「まあ」
やっぱり恋人だと思っているのは辰伶の思い込みで、全然相手にされてないんじゃないんですかぁ、と歳子の目が言っている。色々と弁明したいのを、辰伶は我慢する。主に自分と異母弟の関係が露見しないために。
「俺が親の金で買った物など欲しくないと言うんだ。あいつは自分の生活費も自分でバイトして稼いでいるくらいだから、そういう事に潔癖なんじゃないかと…」
「ふうん」
歳子は自分の予想が外れていて内心驚いていた。辰伶の相手はきっと大人しくて従順で育ちの良い「お嬢様」だと思っていたのだ。こうして聞く印象では相手はかなり気が強い。しかも自立心が高い。そもそも通っているという佐邨井高校は「お嬢様」が行くような学校ではなかった。
これは……歳子は頭の中でシビアに計算器を叩いた。辰伶の家は超お金持ちの名家。相手は庶民(しかも金持ちでない)。絶対に将来揉める。歳世にもまだチャンスはある!
「だから、自分で金を稼いで、それであいつに何かプレゼントしたいんだが…」
「アルバイトすればいいじゃないですか。うちの学校は禁止してますけど、隠れてやってる人、いますわよ」
「アルバイトはまずい。家に知られる訳にはいかん」
「そうねえ。バイトなんて、辰伶の家は絶対に反対でしょうね。コッソリやるにしても、辰伶の家にバレずにバイトできるとこなんて無いわね」
加えて辰伶自身が有名人だ。どんなに隠れてやっても、即日で家にも学校にもバレるだろう。
「それで、私が相談に乗れることなんてあるの?」
「貴様が歳世のノートで俺から小金を得ようとした手腕は大したものだ。そういうノリで、俺にも何かできそうなことはないかと思ってな」
「……失礼な男ね」
「何だ?俺はお前の才覚を称賛しているのだぞ」
褒めてねーよ。歳子は思い出した。顔も家柄も成績も良い辰伶の何が気に入らないって、このたまにこぼれ出る上から目線の天然毒舌が、歳子は好かないのだ。
「…まあ、辰伶のノートのコピーでしたら、欲しい人は多いと思いますけど。いっそ、直筆ノートを貴方の写真付きで競り上げれば、結構高値が付くんじゃないですか」
「写真付き…?それは…産直市場などで見かける『私が作りました』的なものか?」
嫌味も通じないから天然は嫌いだ。
「やるもやらないも貴方の自由ですけど、ただ……そんなやり方で得たお金で買った物を、カノジョさんは喜んで受け取ってくれるのかしら。あんまりお勧めできませんわね」
「……」
正論である。地道にアルバイトをしている螢惑に比べて、狡い感じもする。こんなのでプレゼントを用意しても胸を張って渡すことはできないと、辰伶は反省した。
「ありがとう、歳子。お蔭で目が覚めた。的確な助言だった」
「どういたしまして」
こういう素直なところは嫌いではない。歳子はもう少しアドバイスする気になった。
「お金に物を言わすのが嫌いなヒトって、お金で買えない物に弱かったりしますわよ。あとは…手作りかしら。材料にはお金がかかりますけど、かけた手間とか時間を評価してくれるかもしれないわね」
そういう相手の『労力』を要求する人間の方が余程性質が悪いと思うのだけど…と、歳子は考える。『労力』=『真心』だなんて、勘違いも甚だしい。物をくれるというのだから、素直に貰っておけばいいのだ。プレゼントの絶対の価値なんて、値段以外に何があるのやら……
「成程、参考になった。改めて考え直す」
「がんばりなさいな」
辰伶を応援することを心の中で歳世に謝りつつ、歳子は辰伶の相手に少し興味を持った。歳子の勘では、辰伶とその相手は価値観が恐らく一致していない。むしろそこに惹かれたというパターンだろう。難しいカップルだ。必ず一波乱起こるだろう。果たしてそれを乗り越えられるかどうか。
「さてと、何でも好きなものを奢ってくれるのよね」
「ああ、約束だからな」
「最近、話題のお店なの。本物の占い師がやってる『占い喫茶』で、すごく当たるんですって。本当は今日、歳世ちゃんと行こうと思ってたんですけど」
占いか。辰伶には興味がないものだ。
「兄妹の占い師で、前世も視てくれるとか。妹の方なんて現役の女子高生だけど、凄い力持ってるんですって」
前世と聞いて辰伶はますます胡散臭いものを感じた。バカバカしい。子供騙しだろうと思う。どうして女子はこういうモノが好きなのか…
「バレンタインデーと一緒だな」
隣の歳子に聞こえない声で呟く。程なくして件の店に着いたようだ。歳子に続いて店の入り口をくぐった。