楽園生まれの恋人

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 辰伶と寝た。ふふっ…そういえば、あいつ、俺の異母兄だっけ。半分だけど血が繋がってて、同性で……ふふっ、傑作…

 でも、過ちだなんて思ってない。だって、知らなくて結んだ関係じゃない。お互いにそんなことは最初から承知で、俺は辰伶に欲情した。好みのタイプだったから、抱きたいと思った。ヤってみたら気持ち良かった。辰伶も満更じゃなかったみたいで、あれから殆ど毎日のように、母屋から離れの俺の部屋に通ってくる。考えなしに覚えたセックスに、俺たちは夢中だ。

 いつだって俺は何も深く考えちゃいないけど、辰伶が好きだ。考えるとかよりも先に、俺は自分が辰伶を好きだということを知ってる。

 好き。すごく好き。好きで好きで、時々憂鬱になる。こんなに好きなのに、きっと俺は辰伶を愛せない。何故だろう。よく解らないけど、そんな予感がする。この先、もっともっと辰伶を好きになっても、多分、愛にはならない気がする。

 それは辰伶の所為じゃない。俺が他人を信用できないだけだから、辰伶が悪いんじゃないんだ。だから憂鬱になる。ごめん、辰伶。お前を信頼できなくて。でも、俺はお前のことが好き。好きで好きで、気が狂いそうだよ…

 俺って、父親に似てるのかな。それとも母親に似てるのかな…

「ふふっ…どっちに似てても恋愛はダメだね」

 スマホの着信音が鳴った。…うるさいなあ。誰だろう、こんな朝早くから。

「何?」
『…びっくりした。こんなに早く出るとは思わなかったわ』

 灯ちゃんの声だ。何の用だろう。

『さすがのあんたも、好きな相手との初デートの日は、ちゃんと起きられるのね』
「……まあね」

 そうだった。今日は辰伶とデートだから、待ち合わせに遅刻しないように、灯ちゃんに電話で起こしてくれるように頼んであったんだった。…すっかり忘れてたなあ。

「遅刻して、ガッカリされたくないし」
『傍若無人なあんたが、そこまで気を使うなんて、そうとう惚れ込んでるのね』
「うん」
『しっかりやんなさいよ』
「うん。ありがとね」

 起きれなかったら困ると思って、俺の秘密と引き換えに灯ちゃんに頼んだんだけど、寝れないうちに朝になっちゃった。なんか損した気分。これから寝坊したくないときは起きてよう。

 それにしても、デートか…。憂鬱だなあ。溜息が出る。

「俺、ちゃんと楽しそうにしてられるかなあ…」

 仲間からよく言われるんだけど、俺って全然楽しそうに見えないみたい。自分じゃ結構楽しくやってるんだけど。初デートで辰伶にガッカリされたら、やだなあ…

「…楽しいんだったら少しは笑えって、皆言うけど……どうやったら笑った顔になるのかなあ…」

 洗面所の鏡に正面から向ってみた。仏頂面が向こうから睨んでくるから、睨み返した。そしたら向こうも睨んできた。

 …何?鏡のくせにムカつく。


 待ち合わせは8時半。駅構内のコーヒースタンド。

 カフェ・オレを前にして、俺は螢惑の到着を待っていた。現在、8時52分。溜息が漏れた。スマートフォンの電話の時刻はデジタル表示なので、自分が1分ごとに時間を確認していることを、まざまざと思い知らされてしまう。

「…デートしようって言い出したのは、お前なのに…」

 俺が誘ったわけではない。螢惑が気乗りでないのなら、無理にデートなんてしてくれなくて良かった…

 螢惑への恨み言が頭の中で渦巻きだしたのに気づき、俺はそれを振り払った。うっかり愚痴などをこぼしてしまったが、文句なんて言える筈が無い。求めてきたのは螢惑でも、夢中になったのは俺の方だから。

 これでも俺は弁えているつもりだったが、きっと螢惑には俺が随分と物欲しそうな人間に見えたのだろう。確かに俺は螢惑に逢う度に、何かを期待していたような気がする。そんな俺の心情を察知して、仕方なくデートに誘ってくれたに違いない。

 実際に、俺と螢惑の関係が周囲に知られるのはとても危険なことだ。今日だって、同じ敷地内に住んでいるにも関わらず外で待ち合わせにしたのは、その危険を回避する為だ。俺たちのことが家の者に知られれば、俺はまだしも、螢惑は家から放擲されて住処を失うことになるかもしれない。俺が螢惑のもとへ通うことさえ、彼にとっては迷惑なことかもしれないのだ。

 スマートフォンには何の連絡も無い。遅れるとも、中止にしようとも言ってこない。もしかしたら、今日の約束自体を忘れているのかもしれない。…所詮はその程度のことだったのだ、螢惑にとっては。

 スマートフォンを徒に弄んでしまう。俺は臆病者だ。螢惑からの連絡を待つばかりではなく、自分から確かめればいいのに…

『デート?…あれ、冗談だったんだけど』

 そんな言葉を聞きたくないがために、過ぎ去った時間ばかりを見送ってしまう。

 店内の、割と離れた席のカップルの声が煩い。女の方の声がやたらとよく通って、聞きたくもないのに耳が音声を拾ってしまう。少し苛々していたのだが、彼らの会話から「事故」とか「怪我」とかいう単語が頻繁に出てくるので、俺は次第に落ち着かなくなってきた。

 こんな時間になっても連絡一つ寄越さないなんて、まさか螢惑は何処かで事故に遭っていやしないだろうか。いや、螢惑に限ってそんなことは…

 そんなことを考え出したら、不安のあまり胸が苦しくなってきた。螢惑が怪我で苦しむことを考えたら、約束をすっぽかされることなど何でもない。デートなんて冗談だったと笑われたって構わない。だから、今すぐ螢惑の声を聞かせて欲しい。

 不意に着信が入った。俺は急いで電話に出た。

「螢惑か?」
『…辰伶、何処にいるの?』
「何処って…」

 待ち合わせ場所に居るのだが。

『ええと…なんかさ、道に迷ったみたい』

 俺はテーブルに突っ伏して脱力した。『何処にいる』は、まさしくお前じゃないか…


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