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遊庵に遇う
「遊庵先輩…」
「驚いたか?」
「驚きました」
遊庵はほたるがこのアパートに住んでいた時の隣家の住人である。ほたるは隣家の兄弟達と家族同然で育ってきたと、辰伶は聞いている。ほたるが辰伶のところへ引越しするときも、彼らが色々と手を貸してくれた。その中でも遊庵は1番最初にほたるに声を掛けて家に招き入れた人物である。
「ところで、遊庵先輩…」
「それそれ。その『先輩』っての」
「あの、何か」
遊庵も辰伶の母校である高校の出身である。在学期間は全く重ならないが、同じ高校の出身と知ってしまった以上は、辰伶は『先輩』と呼ばずにはいられないのである。
「兄キの方は『先輩』って敬称つけてくれるのによ、その弟が徒名呼ばわりってのはどうよ」
「すみません」
何も悪いことはしていないのだが、何となく謝ってしまう。
「しかしなあ、『さん』付けとかで呼ばれても気持ちわりィしなあ。『遊庵様』…様ってのはどうだ?」
「は?『遊庵サマサマ』ですか?」
「…兄弟で天然かよ」
どうも調子が狂う。
辰伶は遊庵を前にすると、どのような態度を取ってよいのか解からなくなってしまう。ほたるの身内としては『その節は弟がお世話になりまして…』とでも挨拶せねばならないのかもしれない。しかし辰伶とほたるは同居を始めて1年と経っていない。方や遊庵たち兄弟姉妹はほたるの幼馴染だ。辰伶よりも余程ほたるとは長い付き合いで、また深く理解している。家族同然の付き合いだったのだ。そういう人々に対して、たった半分の血の繋がりで、たった1年足らずの付き合いの自分が、さもほたるの身内であるかのように振舞うのは、彼らの感情を傷つけるような気がするのだ。
「あのっ」
「あ?」
「今度うちに来てください。ほたるが喜ぶと…」
「あいつが喜ぶかどうか知らんが、まあヒマだったら行ってやるよ」
「できれば、お正月に皆さんで。俺は…」
「……解かった」
辰伶が全てを言う前に、遊庵は事情を察してくれた。この人物は信頼できると、辰伶はこの時初めて実感した。
遊庵とはそれで別れたが、当初の目的であるユールクラップの手掛かりは何も見つからなかった。
「さて、どうしたものかな」
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