ほたるのとっておき
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 熒惑が五曜星になった頃には、父親からの刺客も来なくなっていた。辰伶が父親に意見して止めさせたからだ。そんな裏事情など、当時の熒惑は知る由もなく、自分が強くなって刺客を全て返り討ちにしてしまうから父親も諦めたのだろうと思っていた。

 五曜星になって宿舎が与えられた。与えられたのではなく、掴み取ったのだと、熒惑は思い直した。この宿舎も、己の力で手にした五曜星の地位に付随する特権である。ならばこれも己の力で手に入れたのと同じと思っていいはずだ。

 熒惑にとって「強い」ということだけが唯一確かなものに思えた。

 衣食住が足りるようになると、いつしか庵家とも疎遠になっていた。己の力で手に入れた地位、宿舎、特権。力が目に見える形あるものとなるのは痛快だった。しかしそれもほんの最初の内だけで、結局のところそれらが熒惑の心を満たすことは無かった。酷く空虚だった。

 面白くもない日々の中で、辰伶1人がウザかった。

「起きろ!」

 毎朝、毎朝、水龍でびしょ濡れにされてたたき起こされた。辰伶は熒惑の寝起きの悪さを文句言ったが、熒惑からしてみればこんな起こし方されて気分良くいられるはずがない。

「いつまで寝ている。今日は朝から五曜星会議だと、あれほど言っておいたのに」
「……殺す」

 また毎朝辰伶は熒惑に朝飯をと重箱に詰めた料理を持ってきていた。無明歳刑流本家で作られた飯など絶対に食うものかと、熒惑は重箱を辰伶に叩きつけた。これも毎朝のことだ。

 それで喧嘩になって、会議は2人して遅刻、もしくは欠席。太白が溜息をついていた。自分だけじゃなく、辰伶も結構問題児だったんじゃないかと、熒惑は思う。

 五曜星会議といえば、鎮明だっていつも欠席だったし、歳子も屍人を自分の代理で出席させていた。こんな状態で五曜星会議なんてまともに成立していたのだろうか。

 喧嘩の後は、熒惑と辰伶は一緒に熒惑の宿舎の風呂に入った。熒惑はずぶ濡れだったし、辰伶は熒惑がぶつけた重箱の中身を頭から被ってしまっていたから。白い服は染みが目立つからと、この頃から辰伶は濃い青色の服を着るようになった。

 それにしても、と熒惑は訝しく思うことがある。寝ているところに水をぶっ掛けられる自分と違うのだから、辰伶は重箱を避ければいいのに。毎朝のことだから学習するだろう。例え不意打ちでも辰伶の能力なら避けられないなんてことはないはずで。

(あれ?甘んじてぶつけられてたのかな。なんで?)

 宿舎の風呂は広いので2人は一緒に入った。辰伶の長くて綺麗な髪にご飯粒がついているのがいい気味だとは思ったが、しかしどうにも気になって仕方がないので、熒惑は彼の髪を洗ってあげた。すると辰伶もずぶ濡れにした詫びだと言って、熒惑の髪を洗ってくれた。他人に髪を洗ってもらうのは意外と気持ちがいいと、熒惑は思った。でも、辰伶以外に触られたくないし、辰伶以外を触りたいとは思わない。不思議だ。

 密かに熒惑は喧嘩の後の風呂を楽しみにしていたが、それは辰伶もそうであった節がある。辰伶は熒惑を起こしに来るのに、重箱と一緒に着替えも持ってきていたのがその証拠だ。

 辰伶と一緒に風呂に入るのは気分が良かった。しかし、彼と一緒に風呂に入ると妙に落ち着かない気分になったものだった。

「いい加減、放っとけばいいと思う」

 一緒に湯船に浸かりながら熒惑はぽつりと言った。

「俺が何しようと、俺の勝手だよ」
「…貴様が五曜星として、壬生の戦士としての自覚がないからだ」
「お前のそういうところがウザいし嫌い」

 壬生の為、壬生の為って、辰伶が父親の言いなりになるのは勝手だが、それを自分に押し付けないで欲しいと熒惑は思う。少しは逆らおうという気にならないのだろうか。

(俺は辰伶とは違う。父親にも壬生にも逆らって生きてやる)

 熒惑の瞳に危険な光が宿った。


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