家に棲むもの
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奥屋敷の納骨室の奥にある井戸の底から、甕を全部運びだした。数が多かったから、梯子を何度も上り下りすることになって大変だった。この甕1つ1つに、贄となった無明歳刑流本家の長子の頭蓋骨が納められている。ということは、この甕の数だけの子供が犠牲になったんだ。辰伶は甕を手にして無言で見詰めていた。自分もその1つになるはずだったという立場から、辰伶には色々と思うことがあるのだろう。
それらを甕ごと焼いた。中の骨が灰になるまで。ゆんゆんはその灰を水に溶かしたもので、紙に字のような絵のような何かを書いた。1箇所だけ俺にも読めた。名前だ。
「この骨の持ち主の名前だ」
傍らから覗き込んでいる俺の疑問に答えるように、ゆんゆんが呟いた。
「甕に贄になった子供の名前が書いてあった。無い奴もあるけど」
ゆんゆんの呟きに、辰伶も呟きで返す。
「いずれ殺してしまうのだから、名前さえつけなかったこともあったんだ」
「薄情だな」
「逆かもしれない。名前をつけると情が湧いて辛くなるから」
「…かもな」
そうかもしれない。俺たちの母親の情が、無明歳刑流一族を崩壊させてしまったのだから。人並みの情を持つには辛いのだろう。
名前がない子供には、その場で辰伶が適当な名前をつけて、その名前をゆんゆんは書いた。そうして全ての甕の灰で、それぞれの名前を入れて御札を書いた。大変な作業だったけど、ゆんゆんは面倒くさがることもなく粛々とやり遂げた。俺もそんなゆんゆんを茶化したりする気分にはなれなかった。
ゆんゆんはその御札の束を庭で焚き上げた。煙が高く高く空に昇って消えた頃、この屋敷を覆っていた呪縛が消えた。辰伶を屋敷に縛りつけていた鎖も消えた。
そんなこんなで、俺とゆんゆんは事後処理で無明歳刑流本家の屋敷に滞在していた。俺はやっと相続放棄の手続きが済んだ。辰伶がこの家を相続するのに色々と不都合なことは、やっぱり金の力で全部何とかなった。
辰伶は全てが上手く片付いたら、俺への分与も視野に入れて、家屋敷を処分するつもりだったらしい。でも、屋敷を維持しなければならない事情が幾つかできてしまった。
「これで、ここも普通のオバケ屋敷になったな」
ゆんゆんはそう言ってニヤリと笑った。贄になった子供たちの幾らかは成仏したけど、殆どは霊となって屋敷の中をうろついている。小さな雑鬼も出没する。けれど、それらは大して害にならないので、辰伶は敢えて浄霊とかはせずに放置することにした。成仏するなり何処かへいくなり、自然に消滅するまで好きに遊ばせてやるのだそうだ。
時折、薄っすらと桔梗柄の紺色の着物を着た女性も視える。あれは残留思念のようなものだから、そう遠くなく、消えてしまうだろうと辰伶は言った。俺は心の中で彼女にお礼を言った。俺の母さんの分も。
俺とゆんゆんが縁側で寛いでいるところに、雑鬼が現れた。いつものようにゆんゆんが捕まえて揶揄ってやろうとしたら、寸前のところで横から掻っ攫われてしまった。ゆんゆんから雑鬼を横取りした犯人である水龍は、誇らしげに雑鬼を咥えて空中に浮いている。
そこへ辰伶が現れた。休憩している俺たちに茶菓子の差し入れに来たらしい。水龍は捕まえた雑鬼を自慢するように辰伶に見せる。獲物を飼い主に見せに行く猫みたいだ。
「水龍、それは食っていい」
辰伶の許可を得て、水龍はパクリと雑鬼を食べてしまった。この分だと、雑鬼はすぐに居なくなってしまいそうだ。
「水龍、ハウス」
辰伶の命令で、水龍は住処にしている庭の池に帰っていった。完全にペットだ。こっそり「お手」と「とって来い」をしつけてやろうかなあ。ああ、辰伶の言うことしか聞かないんだっけ。
水龍は辰伶を守る使い魔みたいなものになったらしい。辰伶が術で名前と姿を与えて縛っているのだそうで、やっぱり原理としては無明歳刑流の呪縛と同じものだそうだ。じゃあ、これも辰伶に縛られていることを恨んで、いつか凶悪な妖鬼になるのかというと、やり方によってはなるし、ならないやり方もあるそうだ。
労働環境が良ければいいのさと、ゆんゆんはそんな風に説明した。きつく縛らず、大き過ぎる富を求めなければ、恨みも溜まらない。それに辰伶は名前と姿を造って与えた。それは水龍にとっては辰伶から大きな恩賞を貰ったことになる。だから水龍は辰伶に忠誠を返さなければならないのだそうだ。俺にはよく解らない理屈だ。
水龍の住処となっている池の異界も、水龍にとっては住み心地の良い場所らしい。少なくとも小さな甕に押し込められているよりはずっといいだろう。人間を害さないという条件で、池から出て自由に外をうろつき回ることも、辰伶から許されている。恨むどころか、ペットみたいに懐いてる。そんな水龍の姿を見るたびに辰伶は言う。
「いつか解放してやらねばな」
ゆんゆんも肯いた。
「そうだな。でもまあ、てめえが死ぬまでにやればいいことだから、のんびり考えてやればいいと思うぜ」
「こんなものを残したまま死ねない」
こういう事情で、辰伶はこの屋敷を維持しなければならなくなった。こんな大きな屋敷を維持するのは大変だろう。いったい辰伶はこれまで何をして金を稼いでいたのか聞いてみたら、デイトレードをしていたそうだ。そういえば、この家は古いけど、テレビやパソコンは普通にあるって、世話役の子が言ってたなあ。
俺たちにお茶をいれてくれた使用人は、やっぱりというか人間じゃない。この大きな屋敷を管理する為に必要な人手は全て辰伶の術で作られたものだ。人件費がかからないのはいいよね。
でも、今までは無明歳刑流の呪縛のお陰で、デイトレードで凄く儲けただろうけど、これからはそうはいかないだろう。
「辰伶はこれから何をするの?」
無明歳刑流の呪縛から解き放たれたお前は何がしたいの?
「…学校に行ってみたい」
辰伶は少しはにかんで言った。何その顔、可愛いなあ。
まずは高卒認定試験を受ける為に勉強をすると辰伶は言った。そして、大学に通いたいのだと。俺と同じ大学に入るといいなあ。後輩扱いしてやる。
「熒惑は何を目指してるんだ?」
「俺?俺は最強を目指してる」
あ、何か辰伶が引いてる。ゆんゆんは腹を抱えて笑ってる。酷いなあ。俺は本気なのに。
こうして、俺の夏休みは終わった。俺とゆんゆんは無明歳刑流本家の問題を解決して事後処理まで手伝ったことへの謝礼として、辰伶から割と良い額のお金を貰った。それは夏休みの間にアルバイトで稼げると予定していた金額よりもずっと多かったので、俺は大学の講義をサボって旅行しまくって、いくつも単位を落とした。
ゆんゆんは寿司か鰻かさんざん悩んだけど、結局、家族で焼肉に行ったそうだ。上級肉縛りなんてアホなことしたって、大変満足そうに語ってた。
辰伶は無明歳刑流の呪いの力が無くても、デイトレードで着実に資産を増やしてた。もともと才能があったらしい。そのお蔭で変わらず母さんの入院費用を援助して貰えてるから、俺としても喜ばしいと言うべきなのかな。
「ねえ、ゆんゆん」
「遊庵だっつてんだろう。てめえのせいで、辰伶からも『ゆんゆん』って呼ばれるようになっちまったじゃねーか」
「それは、俺としても喜ばしいと言うべきなのかな」
「喜ばしくねーよ」
ゆんゆん、呼びやすいのに。
「あのさ、辰伶の家の使用人って、人間じゃないよね。あれって辰伶の術だよね。ゆんゆんもできるの?」
「できるぜ。それがどうかしたか」
「俺もやりたい。教えて」
「何をする気か知らねえが…」
別に何か目的があった訳じゃない。ただ、辰伶もゆんゆんもできるのに、俺だけ出来ないのはムカつくから。
「てめえは『写し』は作れたよな」
「ああ、まじない人形の応用の奴ね」
「それができるなら簡単だ」
そう言って、ゆんゆんはやり方を教えてくれた。うん、簡単だ。俺は早速、試した。術の最後のシメとばかりに両掌を合わせて打ち鳴らすと、それは姿を現した。
「何か御用ですか、ケイコク様」
「あれ、お前は…」
「あ、お久しぶりです。ゆんゆん様も」
世話役の子だ。妖鬼との戦いのさ中に消えてしまったモノが、どうして?
「役割じゃなくて、人格を造るなんて、てめえ、あれがそんなに気に入ってたのか」
「うーん。役割とか考えてなくてイメージで造ったからかなあ。これしか知らないから、これしかイメージできなかったっていうか」
「普通、同じモノでも、あくまでコピーしか造れねえぞ。これは再生のレベルじゃねえか」
まあ、これのことを時々思い出すくらいには、気にかかってたのは確かだ。そうだね。嫌いじゃなかったし、また会えたのはちょっと嬉しい。これも喜ばしいと言うべきかな。
「せっかくだから名前を付けてやれよ。そうすれば、またいつでも造れるようになるぜ」
「それって、縛ることにならない?」
気が引けるなあ。それで辰伶は散々苦しんだんだし。やっぱり縛られるのは嫌だろうなあ。
「ケイコク様にお名前を頂けるなら嬉しいです」
俺の迷いを他所に、世話役の子は能天気に言った。
「だったら…」
名前か。何て付けようか。世話役の子の髪型を見て思いついた。
「おだんご。お前の名前は『おだんご』だよ」
髪を後ろで1つにまとめておだんごにしてるから『おだんご』だ。
「ハイ!」
世話役を改め、おだんごは嬉しそうに返事した。ゆんゆんは腹をかかえて笑ってる。そのまんまとか、やっぱり異母兄弟とか。ム、辰伶と比べて笑ったな。ムカつく。
「それでケイコク様、何か御用でしたでしょうか」
「用か。ええと…」
とりあえず、何かゲームでもして遊ぼうか。
◇
◇
◇
その後、辰伶は無事に俺の後輩になったけど、俺は単位を落としまくって、留年を重ねて、辰伶と同学年になってた。何で?何かの呪い?
おだんごを見た辰伶は、どういう経路で入手したのか(多分、俺の母さん経由)、俺の子供の頃の写真を手に入れて、『おさげ』を造った。
俺と、辰伶と、おだんごと、おさげと、ゆんゆんの5人は、無明歳刑流本家の屋敷を拠点にして、大学内外の心霊関係専門の何でも屋みたいなことをして、大学生活を過ごした。ゆんゆんに唆されて、心霊スポットに探索に行ったりもした。
それは危険だったり、怪我したり、死にかけたり、霊障にみまわれたり、呪われたりと、バカみたいに楽しい日々だった。俺たちはゆんゆんのことをゆんゆんと呼んでたから、いつの間にか学内で『ゆんゆん会』と呼ばれていた。そう呼ばれることに不満も抵抗もなかった。ゆんゆん1人を除いては。
これが後の『心霊相談ゆんゆん倶楽部』になるんだけど、こんな話は誰も興味ないよね。
おわり