好きな人ができました
高校生になって初めての夏休みに、俺の人生観を変えてしまうようなハードな出来事があった。
「ハード…、うん、ハードだったな…」
感慨深げにそう返したのは、ゆんゆんだ。
「ほたる様、ゆんゆん様の本名は遊庵です」
俺の心の中のモノローグに突っ込んだのは『おだんご』という名の俺の識神だ。そういうお前もゆんゆんて呼んでるじゃない。
「ほたる様、そんなことより…」
まあ、ゆんゆんの名前なんて『そんなこと』だけどさ…
「説明が色々足りていません。それと、モノローグで会話するのは適切でないと思います」
お前のメタ発言の方がズルくない?
「私はほたる様の識神ですから」
…答えになってないと思うけど、さっきからゆんゆんが突っ込みたいのを我慢して、俺のモノローグを聞こえないフリしてるからこれくらいにしようと思う。何だかんだ言ってゆんゆんは俺の…一応、師匠だし。
ゆんゆんはスゴイ霊能者で、俺はその弟子。以上。
「それだけかよっ!」
「ゆんゆん様、モノローグに突っ込んだら負けです」
「最初に突っ込んだのはお前だったよな」
「私はほたる様の識神ですから」
めんどくさいなあ。もう自分で自己紹介してくれないかなあ。何で俺がこんなモノローグしてるかっていうと、大学生設定を高校生設定にさりげなく変えるためで、だから『高校生になって初めての夏休みに〜』何てちょっと学芸会みたいにわざとらしくっていうか、俺のせいじゃない。
「どうしたんだ、ケイコク。何だか不機嫌だな」
「辰伶」
「ゼンゼン話が進まないし…」
「…と、『おさげ』」
俺のことを「ケイコク」と呼んだのは異母兄の辰伶だ。「ケイコク」というのは俺のもう1つの名前。漢字もあるけど、この名は特別だから普段は使わない。
俺の異母兄の辰伶が、彼の識神である『おさげ』を伴って現れた。お茶と茶菓子を持ってきてる。本来それは『おだんご』の役目なんだけど、俺のモノローグがちっとも捗らないから強引に登場したらしい。なんで識神は平気でメタ発言するの?それが識神の役目なの?
まあいいや。辰伶と俺(ほたる)は異母兄弟で、辰伶の方が半年誕生日が早いから兄ってことなんだけど、俺はあんまり兄弟って気持ちになれない。それは辰伶もそうだろう。俺たちは、この夏休みに初めて顔を合わせて、その時の事件が切っ掛けで家族として一緒の家で暮らすことになった。俺の人生観を変えてしまったというのがその事件だ。
人生観というと大袈裟な気もするけれど、俺にとってはそれだけ重大だ。俺はこれまで独りで過ごすことが多かった。家族は母親のみで、その母親も入院してることが多くて、今は療養所にいる。だからなのか、だけどなのか、俺はそれを寂しいとか思ったことがなくて、誰かと生活を共にしたいなんて思ったことがなかった。寂しいよりも、煩わしさが勝って、独りの気楽さが好きだった。
それなのに、辰伶だったら、まあ、いいかと思ってしまった。こんな広い屋敷に辰伶が独りで居ると思ったら…独りじゃなかった!いや、独りなんだけど。いや、どっちだろう?
この屋敷…、無明歳刑流本家だか何だかいう由緒正しいこの無駄に大きい屋敷に辰伶は独りで暮らしていた。屋敷を維持管理するのに使用人は大勢いるんだけど、それは全部辰伶の識神で、ここに人間は辰伶しかいなかった。
「ほたる様、さすがです。そのまま流れるように『識神』の説明をお願いします」
この瞳をキラキラさせた小学生くらいの子供に見えるのが『おだんご』という名で、この子は俺の識神。識神というのは何だかよく解らないけど、術者が霊力で作って動かしてる何だかよく解らないモノ。この子は俺が作ったから俺の識神。自分で作って言うのはアレだけど、カワイイよね。辰伶の小さい頃みたいな外見で、並ぶと年の離れた兄弟みたい。
小さくて可愛い外見だけど、すごく有能で、秘書とか執事がやるような仕事は何でもできるらしい。もともとこの屋敷の管理用に辰伶が作った識神で、一度は消滅しちゃったのを俺が再生させた。その時におれが『おだんご』って名前を付けたから、この子は俺の識神で基本的には俺の言うことしか聞かないことになってるんだけど、この子は上級の識神だから、俺が命令していなくても、俺の為になると判断したら勝手に動いてしまったりする。カワイイから許す。
識神にも質があって、それは霊力の強さと識神としての格で決まるらしい。らしいというのは、その法則が俺にはよく解らないから。格が上だから能力が高いのか、能力が高いから格が上なのか。
格といえば、『おだんご』はその成り立ちの経緯から、辰伶が屋敷の管理用に生み出した下級識神の上位にあって、それらを自由に使役できる。見た目は子供だけど、辰伶が作った識神の中では最古参だ。
識神の見た目について1つ。術者が特に何もイメージせずに識神を作ると、その識神の外見は術者に似ることが多々あるらしい。辰伶が子供の頃に作ったから『おだんご』の見た目が子供なんだな。
その『おだんご』が俺に何か伝えようと身振り手振りしてる。一生懸命でカワイイなあ。
「ほたる様…霊能関係の説明が全く無いので、それもお願いします…ゼェゼェ」
これ以上のメタ発言はダメだと思ってゼスチャーで言おうとしてたのか。真面目でカワイイなあ。息切らせちゃって、ゴメン。
でもれーのー関係って、え、今更?めんどうだから〔霊感と霊力と霊能力〕から引用ね。
霊感は霊的なモノを視たり聞いたり感じる力。先天的だが訓練次第で鋭敏に研ぎ澄ますこともできるし、抑制することもできるようになる。成長と共に鈍ることもある。
霊力は霊的エネルギー。生まれ持った力で努力や訓練で増減しない。潜在能力として発揮されない場合もある。
霊能力は霊感と霊力を操る能力。修業を積むことで高められる。
霊的抵抗力は霊的エネルギーによる攻撃に対する精神および肉体の防御力。修業を積むことで高められるが、稀に弱まることもある。
俺と辰伶とゆんゆんは霊感と霊力があって、ゆんゆんはちゃんと修業もした霊能力者で、俺の母親がゆんゆんを俺の師にって連れてきた。大体そんな感じ。
ゆんゆんはこれくらいでいいとして、辰伶のことは俺だけが知ってればいいから説明しないとして、…あ、『おだんご』がゼスチャーで何か言ってる。…ええと、ああ!辰伶の識神である『おさげ』はちょっと特殊だから説明要るよね。
夏休みに起こった事件で、辰伶は『水龍』というトンデモ強い妖魔を屋敷の池で飼うことになった。大災害クラスのエネルギーを秘めてるらしいそれが暴走したら、ゆんゆんでも止められないって言ってた。そうなったらゆんゆんは全力で逃げるって言ってた。そう言いつつ、いざとなったら何とかしそうだけど。
辰伶が『水龍』の主人で制御できてるから安全だけど、それが永久にそうとはいえないから、将来的に『水龍』を何とかする為に生み出されたのが『おさげ』だ。辰伶は『水龍』の鱗を核にして『おさげ』を作った。だから、『おさげ』は術者である辰伶よりも遥かに強いという反則的な識神だ。
それよりも問題なのはこの識神、子供の頃の俺にそっくりなんだよね。辰伶は『おさげ』を作るときに、わざわざ俺の母さんから俺の昔の写真を借りてまでして俺に似せて作った。
そんなに俺に傍にいて欲しいのかなあと思ったら、屋敷に一緒に住まないかと言う辰伶の誘いに頷いてしまっていた。他人との共同生活なんて煩わしいだけだと思っていたのに。でも、辰伶だったらいいか。
俺にも好きな人ができた。俺の人生観を変えてしまったのというのは、そういうこと。
辰伶の屋敷に一緒に住むことになって、好きな人との甘い同棲生活…にはならなかった。屋敷が大きすぎるんだよ。日本建築と西洋建築の2棟の建物がくっついた形で、日本建築部分が表、西洋建築部分が奥になっている。その西洋建築部分に辰伶が住んで、日本建築部分を俺が使えってさ。一緒に暮らす意味ってあるの?
今までアパート住まいだった俺は、突然広くなった居住空間を忽ち持て余してしまった。空き部屋だらけのところに、何故かゆんゆんが下宿に入り込んだ。あれ?辰伶との同棲生活は…あれ?
屋敷の管理は、俺の識神である『おだんご』が全部やってくれてる。『おだんご』は元は『世話役』という名の辰伶の識神で、辰伶の全識神を統括する立場だったそうだ。その能力で辰伶の識神を上手く使役して屋敷の管理を行っている。辰伶が生活している奥屋敷の管理もしているので、『おだんご』が辰伶の識神を使うことに文句はないようだ。でも、いいのかなあ。『おだんご』が辰伶の識神を使うせいで、辰伶の霊力の消耗が激しいようだけど。
辰伶は生まれてから一度もこの屋敷から出たことが無かった。生涯をこの屋敷の中のみで終える筈だった。だから、外の事はテレビやインターネットを介して知っているけど、自分には縁のない世界と思って、将来の夢とか抱くこともなく、やりたいことなんて考えることすら諦めていたらしい。
だから、来年の4月から俺と一緒に高校に編入することが決まって、辰伶はすごく楽しみにしてる。俺もちょっと楽しみだけど、心配でもある。
夏にあった出来事のせいで、辰伶は霊に憑かれやすい体質になってしまった。ゆんゆんが言うには、霊的抵抗力がほぼゼロだって。だから霊感や霊力が強くても、霊には弱いんだと。例えるなら遠泳できる体力や技術があっても免疫低下してて感染症にかかりやすいから海に入れないみたいな感じ。
だから辰伶に外出は危険だ。この屋敷内なら水龍と『おさげ』がいるからいいけど。学校なんて特に人間の想念が溜まりやすい場所にあまり近づかない方がいい。
でも、純粋に学校に憧れてる辰伶に「行くな」とは言いたくないし、誰だって行きたいところに行ったらいいと思う。俺だって行きたいところに行く。
辰伶のことは俺が守る…と言いたいけど、多分『おさげ』が守る。
実は、辰伶が学校に通うのに、もうひとつ問題があった。学力の問題。辰伶は学校に行くなんて予定がなかったから勉強サボってた。学校に憧れてたからインターネットを使ってそこそこ勉強はしてたみたいだけど、やっぱり目標が何もなかったからあんまり身が入らなかったそうで、今必死に勉強してる。『おだんご』が家庭教師役だ。『おだんご』が万能なのは知ってたけど。見た目が子供だから変な感じ。
「終わった…」
憔悴した辰伶がぼんやりと呟きながら俺の部屋に入ってきた。隣の部屋で勉強していたのだ。奥屋敷だと気が緩むからと言って、辰伶は毎日こっちに来て勉強している。いつもクタクタになるまで勉強して、それから俺と夕飯を食べて、あっちへ帰って行く。
俺の部屋には炬燵がある。アパート時代からの、数少ない俺の家財道具だ。辰伶は俺の向かいに座って突っ伏した。
「そんなに無理しなくてもさ、1年生からやればいいんじゃないの?」
「嫌だ。お前と一緒がいい」
辰伶は来年度から俺と同じ高校2年生からやりたくて、それで無理に頑張ってる。俺と一緒がいいと言う言葉に胸が高鳴った。俺も単純だなあ。辰伶のそれは異母弟である俺より学年が下になるのは外聞が悪とかで、他意はないんだろうけど。本来なら辰伶は来春は3年生なんだから焦ってるだけだよね。別に俺と一緒でなくたって…
「2年生から編入なんて、これまでどこの学校だったか聞かれたらどう答えるつもり?」
「…外国にいたとか」
「『帰国子女なの?英語ペラペラだったりする?』」
「何だ急に裏声で」
「多分、女子とかが辰伶に色々聞きたがると思うから、その練習。ほら、何て答えるの?」
「…英語圏ではなかったから…」
「『へえ、どこの国?そこの学校に通ってたんでしょ?どうだった?日本と違うところある?向こうでは何が流行ってた?』」
「……それは全部答えなければならんのか?」
「相手は辰伶と会話したくてどんどん質問してくるから、うっかりな設定にしてるとすぐにボロがでるよってこと」
「なるほど一理ある。では国内の方が無難か」
「『そこ親戚がいるよ』とか『方言話せる?』とか、国内だと嘘がばれやすいかも。とにかく皆が辰伶に興味津々だろうから、ちゃんと対策考えといた方がいいかもね」
「何で俺なんかに…」
「辰伶だって知ってるでしょ。この家、バケモノ屋敷って有名なんだから。そこに住んでるなんて、みんな気になるよ」
なんて誤魔化したけど、辰伶は綺麗だから注目を集めると思う。放っておいてはもらえないよ。むしろこっそり調べる人さえいそう。
「……これまで静養のため我が家の私有の離島で暮らしていた。そこでは家庭教師に勉強を教わっていて学校には通っていなかった。健康になったので自宅に戻った……というのは?」
「いいんじゃない?病名聞かれたら?」
「個人情報なのでご遠慮願いたい」
「OK。その設定でいこう」
話がついたところで、『おだんご』が夕食に呼びに来た。辰伶の学校生活は苦労が絶え無さそうだけど、自身が選んだことだから、まあ、頑張るでショ。
夕食が済むと辰伶は奥へ帰っていった。俺も部屋に戻って、『おだんご』が淹れてくれたカフェラテを飲んでる。猫の顔のラテアートがカワイイ。俺は『おだんご』に聞いてみた。
「本当のところ、辰伶の学力はどうなの?」
「高校課程は何とか終わりました」
「そうか。なら良かった…って、え?高校の全課程?1年生の分だけじゃなくて?」
「え?1年生だけで良かったんですか?」
「……」
「……」
高校全課程を半年足らずで詰め込んだら、そりゃあ毎日クタクタにもなるよ。
「ま、まあ、辰伶様は負けず嫌いですから、成績上位を目指すでしょうから、丁度良かったのでは」
『おだんご』がアワアワしてる。こういうところがカワイイんだよね。
「あれだけ容姿が整ってて、成績も良かったら、辰伶きっと注目されるよね」
「確かに色々と厄介な想念を集めそうで心配です」
「やっぱりモテるよね」
「ゆんゆん様と相談しますか?」
「え?」
なんでゆんゆん?
「霊の心配では?」
そうか。その心配もあったなあ。『おだんご』にゆんゆんを呼んできてもらった。
「辰伶の霊的抵抗力のことは俺も考えたんだけどよ…」
すでに辰伶自身からゆんゆんに相談があったらしい。
「霊的抵抗力は修業で強化することもできるんだが、稀に逆効果な奴もいて、修行で霊感が研ぎ澄まされてその分抵抗力が弱まることが…」
「辰伶はそういうタイプだから修業はできないと」
「ということが、修業の結果分かって…」
それって、無明歳刑流本家長子の霊と同調して霊的抵抗力が弱くなった辰伶を修業させたらさらに弱くなって今やほぼゼロに。
「ゆんゆんのせいってこと?」
「修業始めてすぐに分かったから止めたんだけど、辰伶が修業をやめなくて!おい、血化粧浮かべてんじゃねえっ」
辰伶の自己責任だったか。
「むきになっちゃってカワイイよね」
「お前の辰伶に対する盲目っぷりがヤベェよ」
高校の分の勉強が終わっちゃってるなら、本当、学校に行かずにこの家にいてもいいのに。でも、ずっとこの屋敷に縛られていた辰伶を解放してあげたいのも本当で。複雑だなあ。
俺と一緒がいいって、辰伶がずっとそう言ってくれたらいいのに。
おわり