百円
クリスマスの少し前の頃だけど、おだんごがせっせと年賀状を作成していた。無明歳刑流本家ともなると挨拶回りも大変だよなあとか思っていたら、それは違った。おだんごが作成していたのは、おだんごが付き合いのある妖怪、妖魔、幽霊などの人外宛ての年賀状だった。その数は100枚を超えている。
昔は辰伶も大量に書かねばならなかったそうだけど、年々減り続けてとうとう今回はゆんゆん宛ての1通のみになったそうだ。そういえば無明歳刑流本家の親類縁者は一同死に絶えていたのだった。唯一の血縁である俺は一緒の家で暮らしてるから年賀状を出す必要ないし。
それにしても、おだんごの付き合いの広さに感心する。クリスマスマーケットに行った時には驚かされた。海外の幽霊にまで伝手があるとは思わなかったよ。いつの間にこんなネットワークを作り上げていたのだろう。世話役として辰伶の識神だったころからの付き合いかな。おだんごは見た目は子供だけど、自分よりも霊力が強い識神に勝っちゃうくらいのベテラン識神だ。
おだんごは年賀状の差出人をおさげと連名にしていた。
「私に何かあったら、私が築き上げた異界の人脈をおさげに引き継いで欲しいと思いまして」
「人外ネットワークを?」
「何ですか、『人外ネットワーク』って」
おだんごは俺のネーミングを笑った。辰伶よりはマシだと思うんだけど。
あれ、うっかり聞き流しかけたけど、今、ちょっと聞き捨てならないことを言ったよね。『私に何かあったら』なんて、何でそんな不吉なこと言うの?
「私は霊力が余り高くありません。強い識神と…例えばおさげなんかと戦って負ければ消滅してしまいます」
「消滅って…」
「識神同士の戦いにおいて、負けるというのはそういうことです」
でもお前はおさげに勝ってるじゃない。おさげはお前に押さえ込まれたのが余程悔しかったのか、あれからしょっちゅうゆんゆんの所に行って何か稽古だか付けてもらってるみたいだし。
「ギリギリ負けていないだけで、私は勝ってはいません。それもあと2回…いえ、1回が限界です。おさげも経験を積んで成長していくし」
「識神も成長するんだね。見た目は変わらないけど」
「この先、何があってどんな相手と戦うことになるか解りません。だから、私よりも遥かに強いおさげに、私が存在した証である『人外ネットワーク』を引き継いで欲しいのです」
あくまで「もしも」の時の為で、消滅する予定はないとおだんごは笑って言ったけど、この子は俺の幸せの為なら無茶をするから心配だなあ。
もっと霊力を強くしてやれないかな。おさげは特殊だって皆が言うけど、どうやったらおさげみたいな強い識神が作れるのか、辰伶に聞いてみた。
「まず言えることだが、識神が消滅させられたら、また作ればいい」
「え……」
そんなに簡単なものなの?
「お前が必要とする限りおだんごは存在できるし、何度でも再生できる」
言われてみれば、おだんごは1度消滅したことがあったっけ。辰伶の識神で「世話役」っていう役割がストレートに名前だった頃だけど、本家妖鬼に支配されてゆんゆんを井戸に突き落とすという命令を果たした後に、最後の力でゆんゆんを助けて消滅してしまったのだ。それを俺が余り意図せず再生しちゃったのがおだんごだ。そうか、また作れるんだ。それでも、消滅させたくないなあ。やっぱり強い識神を作る方法を知りたい。
「教えてやってもいいが、代わりに頼みごとを聞いてくれるか?」
「頼みごとの内容による」
辰伶の頼み事というのはおさげのことだった。
「おさげは自分の使命が理解できていないようだから、お前も協力して欲しい」
「協力って、何をすればいいの? おさげをどうしたいの?」
「おだんごみたいになって欲しい。お前があれを作ったんだろう」
忘れたの? 最初におだんごを作ったのは辰伶だよね。俺は再生させただけだ。ゲームして遊んだりとか、俺はそんなことしかしていない。
まあ、俺はおさげの秘密を知りたいから協力することを承知した。
「もともと霊力が宿っている物を核にして作るんだ。霊力が強い物ほど強い識神になる」
「おさげは何で作ったの?」
「水龍の鱗だ」
水龍は、凶悪で強大な妖鬼を核としている強力な妖魔だけど、今は辰伶に支配されて大人しくしている。辰伶の死後、その支配下から解き放たれた水龍が、人の世にどんな災厄を齎す存在となるか、それを辰伶は心配して、そうならないための方法をずっと考えていた。
「水龍は綺麗だろう」
お前の方が綺麗だよ。
「鱗の1枚1枚に真珠のような光沢があって、その余りの美しさに1枚欲しいと思った。要求すればくれたと思う。だが俺は、鱗を1枚借り受けることにしたんだ、俺の死後の魂と引き換えに」
はあ?
「何でそんなことを」
「その鱗でつくった識神は、俺の死後、水龍に返る。俺の魂も水龍のものになる。俺たちは水龍と同化し、俺と識神の精神が水龍の理性や良心となって、人の世に災厄を撒き散らすのを止めるんだ。水龍の精神は生まれたての赤子のように純粋だからな」
「水龍をコントロールする為におさげが作られたのは聞いてたけど…」
あのおさげが「よのためひとのため」…って、ダメだ、想像できない。おだんごの方がしっくりくる。おさげをおだんごみたいにしたいって、そういうこと? 無理じゃないかなあ。俺が聖人になるくらい無理だ。
「ふうん、水龍の鱗か」
話を聞いたゆんゆんはいたく感心したようだった。
「辰伶とおさげが水龍の理性とか良心とかの役割になってコントロールしようってのか。よく考えたな。上手い方法だと思うぜ。少なくとも、現状では最善だな」
そうなのかなあ。俺は何か釈然としない。
「約束だから協力はするつもりだけど、俺はどうしたらいいの? 人の為になりたいとか、人を助けたいとか、そんな風に思える子におさげを育てろってこと? 俺自身がそんなこと思ってないのに?」
「お前がするのはただ一つ。人生を楽しむこった」
人生を愛せなかったら、人間社会を守ろうなんて思えるはずがない。だから人生を楽しめとゆんゆんは言った。辰伶もおさげも精一杯人生を楽しんで生きればいい。うん、それなら俺にも協力できることはありそうだ。
「辰伶だけじゃねえぞ。特にお前が楽しむんだぞ」
「俺が?」
「お前が不幸になったりしたら、辰伶は祟り神になって水龍で世界を滅ぼしかねない」
「まさか」
辰伶が俺の為にそこまでするかなあ。
「賭けてもいいぜ」
「へえ、いくらぐらい?」
「100円」
うん、まあ、そんなもんだよね。
おわり