贅沢
年の瀬までも、というのか年の瀬だからなのか、母さんはボランティア活動で、今日も晩飯は辰伶と2人きりだ。このパターンにも慣れたな。
慣れたといえば、この家でご飯を食べることにもすっかり慣れてしまったからついつい忘れがちだけど、ここの家のメシは贅沢だ。豪華とか豪勢とかじゃないけど、さり気無く高級食材が使われてる。普段に食べる米も野菜も、こま切れ肉ですら、品質の良い立派なものが、普通に食卓に並ぶ。
メシを作っている識神「料理人」の腕もいい。「パン焼き職人」のような専門家もいる。その上、食材によっては、三ツ星レストランのシェフの幽霊や高級料亭の板前の幽霊などを、おだんごが人外ネットワークの伝手で連れて来るから、贅沢も極まれりだ。
年越しの蕎麦も、蕎麦打ち名人の幽霊の手打ちだ。大きなエビの天ぷらもからりと上がっていて美味い。本当に贅沢だなあ。
貧乏育ちの僻みで言うんじゃないけど、こんなに贅沢していていいのかなあ。人件費がかからないにしても、凄くいい食材使ってるみたいだし、食費は大丈夫なのかなあ。
「大丈夫だろう。ほたるはおかしなところを気にするんだな」
辰伶はそう言うけど、おかしなところか? むしろ大事なことだよね。
「大丈夫ですよ。食材は殆ど貰い物ですから」
おだんごが答えた。おだんごは元はこの家の管理を任されていた経緯から、俺の識神となってからもこの家の家計を任されている。
「知らなかったな」
それだけで、辰伶は平然と蕎麦を食べている。少しは疑問を持て。
「貰い物って、誰から?」
「色々です。知り合いがそれぞれ自慢の食材を分けてくれるのです」
おだんごの知り合いといえば人外ネットワークだ。え、これ、人外がくれた食材だったの?大丈夫なの?大丈夫じゃなかったら、おだんごが俺に出すわけないから、大丈夫なんだろうけど。おだんごがやり繰り上手なのは知ってたけど、まさかの食費実質タダとはさすがに恐れ入った。
餅つきでは、おだんごが知り合いに配りたいからと、大量に丸餅を作ったけど、毎日こんなに良い物を貰ってたんじゃしょうがない。貰ってばかりじゃ悪いからね。
「ちなみに、我が家の自慢の品はそれです」
それと言っておだんごが指したのは、蕎麦の薬味に使ったワサビだ。すごく上物のワサビで、摩り下ろしてるときも爽やかで清々しい香りにうっとりしたっけ。このワサビは貰い物じゃなくて、自家製だったのか。餅つきの時に食べたワサビ餅のワサビも自家製ワサビだったんだなあ。
「え、でも、ワサビなんて何処で作ってるの? 水の綺麗な沢で育てるんだよね」
「異界のおさげの家の隣にワサビ田があります。辰伶様が水龍に育てさせているのを、辰伶様から許可を頂いて知り合いに配ってます」
「ワサビが欲しいというのはこの為だったのか。随分大量に必要なのだなとは思ったが」
本当に、辰伶は生活についてもう少し色々疑問を持った方がいい。
「このワサビは元はというと、辰伶様がおさげの霊力回復の為に水龍に栽培させたものです」
え、ワサビがおさげの回復アイテムなの?
「辰伶がおさげの髪を編んでるのがそれだと思ってた。毎日やってるみたいだから」
「それも間違ってない」
「おさげの霊力回復は2種類あるんです」
へえ、1つじゃないんだ。
「水龍が育てたワサビは、おさげの霊力を回復するだけでなく、特別な力があるのです。だから人外たちがとても欲しがって、ワサビのお礼にと良い物をくれるのです」
「それは俺も知らなかった。どんな力があるんだ?」
「作ってる辰伶本人が知らないって…」
「水龍が育てているワサビには、微量ですが水龍の霊力が宿っています。これを食べると一時的にですが霊力が増加します。人間には効果はありませんが。人間にはめちゃくちゃ美味しいだけの普通の上物ワサビです」
普通の上物ワサビって、すごいパワーワードだなあ。
「おだんごもワサビ食べる?」
「辛いのはあまり…」
「辰伶も、もっとワサビどう?」
「もう十分だ」
美味しいのになあ。この家でワサビ仲間はおさげだけか。いつかワサビについて熱く語り合おう。
「おさげは今どうしてるの?ご飯、一緒に食べればいいのに」
「識神は食事をする必要ないので」
そういえばおだんごもいつも給仕をするだけだ。餅つきの時みたいに、付き合いで食べることはあるけど。でも、嗜好品はあるみたいだ。おさげもワサビ餅を嬉しそうに食べてた。
「おさげはりんりんと寝てます」
「呼ぶか?」
「いいよ、そのままにしてあげようよ」
辰伶がプレゼントしたパンダのぬいぐるみのりんりんも、おさげはすっかり気に入っているようだし。何だかんだいっても上手くやってるようにみえる。まあ、成るように成るよ。辰伶もおだんごも心配しすぎ。
「ほたる様、お蕎麦のお代わりはいかがですか。それとも天ぷらで天丼でもつくりましょうか」
天丼もいいなあ。大根おろしをたっぷり添えて。
こんなに美味しいものを食べてて文句を言うのは怒られるかもしれないけど、でもね、たまにすごく体に悪そうなジャンクな食べ物が食べたい衝動にかられる。極彩色の炭酸飲料とか、カップラーメンとか、スナック菓子とか。コンビニが懐かしい。
…なんて、贅沢言えるっていいね。
おわり