待降節
クリスマスってのは、やっぱり西洋の文化なんだなあ。クリスマスツリーを飾りながらそんなことを思った。24日の夕食は辰伶と2人きりだから、クリスマスパーティーでもしようかということになって、その準備をしているんだけど、こういう飾りは日本建築の表主屋よりも擬西洋建築である奥屋敷の方が様になる。
ツリーは本物のモミの木で3メートルくらいある。踏み台を使わないと飾りつけなんてできない。モミの木じゃなくても常緑樹ならいいんだから、当初は庭の松の木に飾り付けて誤魔化そうと思ってたら、おだんごに怒られた。自分の識神に怒られるってどうなのと思わないでもない。それで、このツリーはクリスマスマーケットまで行って買ってきた逸品だ。
こんなに本格的にやるつもりは全然なかったのに。別にキリスト教徒じゃないし。辰伶なんか餅つきがしたいなんて言ってたくらいだし。
餅つき発言の根拠が解った。辰伶の認識ではクリスマスはヨーロッパの新年の祭りだったのだ。正月には餅だという発想だったわけだ。
キリスト教というと唯一神を信仰していて他の神を認めないという強いイメージがあるんだけど、その布教の過程で土着の信仰と習合したところもあって、クリスマスなんてもろにそれだ。クリスマスの時期、北半球では一年でもっとも日が短くなる。太陽が最も弱くなって闇の勢力が増すという、昔の人にとっては一番心細い時期だ。だから土着の信仰を根っこにした重要な祭りが各地にあって、それを止めさせることは、キリスト教でもできなかった。それぞれの土着の祭りがどんな風にクリスマス化していったか、個々の例まで把握してないけど、クリスマスの祝い方はキリスト教国でも色々あるってことだ。
だから俺は思う。日本のクリスマスは外国と違うとか、キリスト教国でもないのに国中がクリスマスに染まるのはおかしいとか言う人もいるけど、それが何なの?日本がクリスマスを祝いだして何十年経つと思うの?恵方巻よりもずっと前に定着してるんだよ。日本式のクリスマスはとっくに日本の文化の1つだよ。
だからまあ、適当にクリスマスっぽいメシを喰って、クリスマスっぽく過ごせばいいかなと、俺は思ったんだ。まさか生のモミの木を用意して飾り付けする破目になるとは思わなかった。クリスマスパーティーっていったって、何か美味しい物を飲み食いするくらいしか楽しいことが思い浮かばない。
「ほたる様、クリスマスで最も楽しいのはクリスマスの準備をすることです」
おだんごに諭された。見た目こそ子供だけど、おだんごはベテランの識神だ。しかも個性が強い。俺を心底慕ってくれてるけど、いや、慕ってくれてるからこそなのかなあ、主人の命令に従順なお人形じゃない。
「クリスマスマーケットに行って買い物してきて下さい。辰伶様を誘って」
「何で辰伶?」
「辰伶様のクリスマスマーケット初体験に御一緒しなくてもいいなら、いいです」
ぐうの音も出ない。
辰伶を誘いに行くと、辰伶はおさげの髪を編んでいる最中だった。買い物に誘うと、辰伶は喜んで承知して、おさげの髪を手早く編み終えた。おさげは手鏡で確認して、満足そうに頷くと櫛を回収して去って行った。これ、前にもやってたけど日課?
こうして俺は辰伶と一緒にクリスマスマーケットに行くことになった。近道だからと、おだんごの案内で異界を経由して行った。徒歩10分弱、確かに近かった。近かったけど…
「これが世界一のクリスマスマーケットか」
辰伶が感嘆の声をあげた。世界一有名なニュルンベルクのクリストキンドレスマルクト。家から徒歩10分でドイツとか勘弁して欲しい。道理で念入りに防寒着を着せられたわけだ。買い物しやすいようにとユーロの小銭や通訳まで手配してくれて、相変わらずおだんごの世話役能力はピカイチだけど、当然パスポートは無い。警察とかに職務質問とかされたらアウトじゃない?
通訳をしてくれるのは日本人観光客相手のガイドの青年だ。…青年の幽霊だ。おだんごの怪異ネットワークは海外にまで及んでいるのか。自分の識神ながら底知れない。
…あれ、まさかこれが人生初の海外旅行。家から徒歩10分なのに?
辰伶は気にせず楽しんでいる。イルミネーションに浮かぶ聖母教会。噴水広場に並ぶ屋台。ソーセージの焼ける臭い。俺たちはグリューワインで温まった。一緒に食べたベーコンとオニオンのフラムクーヘンが美味しかった。グリューワインのカップを、辰伶がとても気に入っていた。カップは持ち帰っていいのだと、ガイド幽霊が教えてくれた。買った時の料金にデポジッド代が含まれていて、カップを返却するとそのお金が返って来るしくみなのだとか。
でもベトベトのカップを持ち歩くのって嫌だなあ。そう思ってたら、おだんごが現れてカップを回収して行った。家に帰ったらカップはきちんと洗っておいてあった。有能過ぎる。
ソーセージ、じゃがいも、マッシュルーム、イェーガーティー、買い食いって楽しいなあ。おだんごも一緒に回れば良かったのにと思ったら、おさげを連れまわしているおだんごを人ごみの中に発見した。ローストアーモンドをつまみながら焼菓子(レープクーヘンというらしい)を選んでる。あっちはあっちで楽しんでるならいいか。
焼菓子の甘い香りに誘われながら、俺たちはクリスマス飾りを選んだ。ツリー、リース、オーナメント、キャンドル&ホルダー、天使の置物、それからレープクーヘンは外せない。
3メートル近いモミの木なんて、どうやって持って帰ろうか心配したけど、荷物は全部、辰伶が識神に運ばせた。良かった。
こうしてはるばるドイツまで(徒歩10分で)行って買ってきたクリスマス飾りで、パーティー会場を飾り付けしてる。俺はおだんごの監督の下、ツリーを飾り付けている。ケーキのデコレーションに奮闘しているおさげを、横から辰伶が見守っている。聖母子像だ。おさげの髪を編んでるときも辰伶はそんな眼差ししてた。
少し不格好なイチゴショートケーキができあがった。見た目は不格好でも、スポンジ台や生クリームは辰伶の識神が用意したものだから、味は最高に美味しいだろう。
クリスマスパーティーでは、俺と辰伶はサンタの帽子を被って、それっぽい雰囲気を楽しんだ。おだんごとおさげはトナカイのルームウェア姿だった。おさげは不本意そうだった。クリスマスマーケットでも連れまわされていたし、おさげはおだんごに何か弱みでも握られているのだろうか。
辰伶はおさげに巨大な靴下に入ったプレゼントを渡した。中身はパンダのぬいぐるみで、おさげの身長と同じくらいだ。おさげはじっと見詰めた後、ギュッと抱きしめた。気にいったんだな。
おさげはクリスマスツリーから金の鈴と銀の鈴を1つずつ外して、ぬいぐるみのパンダの首元に飾りつけた。
「りんりん」
おさげが呼ぶと、パンダのぬいぐるみは立ち上がって2足歩行でおさげの後について行った。りんりんって、『鈴鈴』かな。
後日、ゆんゆんが教えてくれた。りんりんは絶対に『伶伶』だって。素っ気なく振る舞ってても、おさげは辰伶が大好きだ。
おわり