時間外


 ゆんゆんのおごりで飲み会をすることになった。ゆんゆんと俺と辰伶の3人で。場所は穴場的な店で、良い肉をリーズナブルに食わせてくれるそうだ。

 豪気だなと思ったら、年末ジャンボで当てたらしい。1等の組違い賞10万円。

「辰伶のお陰だからな、まあ、お礼だ」

 年末に餅つきをして、ゆんゆんにもお裾分けした。その餅の御利益だそうだ。そんな効果あったの?

 辰伶を呪縛していた無明歳刑流本家の呪い。妖鬼に贄を捧げて家を繁栄させてきた呪術の残滓のようなもので、妖鬼を元に生み出された妖魔である水龍も富を集める「体質」なのだというのがゆんゆんの見解だ。

「前にもそんなこと言ってたね。この家に小金が集まって来るのも、辰伶のデイトレードが上手くいくのも、水龍の「体質」だって。体質ってどういうことか、まだ良く解ってないんだけど」
「本人の意思とは関係なしに起こる現象っつうか。水龍が集めようと思わなくても、水龍がいる場所に金が勝手に集まって来るんだよ。まあ、昔の妖鬼ほどじゃねえだろうけど」
「生贄とか無しで?」
「無しで。今、この家は類まれなる金運パワースポットみたいなもんだ」

 餅は元々霊的な力の強い食べ物だ。その餅を、類まれなるパワースポットで搗いたものだから、類まれなる金運UP餅ができていたらしい。

「偶然ってことは無いの? たまたまゆんゆんの運が良かっただけで」
「俺だけじゃねえ。餅を喰った家族全員、当たったんだ。宝くじとか懸賞とかガチャとか色々だけどな」
「すごいね」
「俺の10万円なんて、一番低い方だぜ」
「それって、ゆんゆんは家族の中で一番運が悪いってことじゃない?」
「そうだよっ。で、行くだろ。美味い肉と酒」

 断る理由なんてない。この家に住むようになってから結構良い物食べてるけど、だからと言って美味い肉の魅力が下がるなんてことはない。

 辰伶も2つ返事だった。飲み会に誘われるなんて初めてだから楽しみだって。しまった、先に俺が誘えば良かった。でもまあ、辰伶の飲み会初参加に俺も同席したってことで良しとするか。細かく拘り過ぎるのは病気みたいだ。

「ほたる様、私にお任せを」

 おだんごが何やら使命感に燃えている。何をする気だろう。


 ゆんゆんが連れて行ってくれた店は余り目立つ外装ではなく、周りの派手な店に埋もれてしまっていた。中も広くないけど、適度な席数で狭苦しいことは無い。酒に酔って騒ぐ客もなく、皆落ち着いて料理と酒を味わっていた。肉の焼ける美味しそうな音と臭い。良い雰囲気だ。

 お酒はワインが中心だった。ビール党のゆんゆんにしては珍しい。良い肉を食べさせてくれるということだし、俺が思っていたよりもグレードの高い店かもしれない。穴場というか、隠れた名店かも。ゆんゆんはこういう店を見つけるのが上手い。

 カウンター席が3つ予約されていた。ゆんゆんが凄く出来る人っぽい。

「ここの席は大将が肉を焼くところが目の前で見えるんだ。これを見ながら食うのがいいんだよ」

 それはいいね。きっと辰伶も楽しいだろう。カウンターのすぐ向こうが大きな鉄板で、厳つい顔の人が肉を焼いている。この人が大将だな。他にもスタッフが3人いる。

 大将は凄く腕がいい。ただ、肉についての蘊蓄たれが少しうるさい。そこだけが玉に傷だったけど、辰伶には受けが良かった。辰伶が実に興味深そうに、あるいは感心して絶妙な相槌をうつものだから、大将も話が乗りに乗ってしまって、すっかり2人で話し込んでいる。スタッフたちはこれ幸いと大将を放置。俺とゆんゆんも面倒な蘊蓄話を聞かずに気楽に飲み食いできた。しかも、機嫌が良くなった大将が、とっておきの肉だとか、とっておきのワインだとか豪快に振る舞ってくれた。

 後日、ゆんゆんが教えてくれた。この店のこの日の売り上げは普段の3倍近くあったそうだ。大将の機嫌が良いお陰でスタッフも客も、店全体の雰囲気がいつもより少しリラックスしていたらしい。その上、飛び切り美味しそうな肉がじゃんじゃん焼かれていたから、それにつられた客たちが、いつもよりも少しだけ良い肉を、少しだけ多く注文したらしい。その「少し」が積もって売り上げに貢献したようだ。大将が、俺たちに(特に辰伶に)また来て欲しがってるって。来てくれたらサービスするって。また3人で行かなくちゃ。

 とても気分よく飲み食いして、ゆんゆんと別れた。帰りの車を呼ぼうと携帯でおだんごに連絡を入れた。辰伶の識神の運転手を頼んだら、時間外労働だと断られた。識神に定時とか有休とかあるの?

 店の近くのシティホテルに部屋をとったから、明日の朝、ゆっくり帰って来いと言われてしまった。ホテルの部屋も急だったからダブルしか空いてなかったなんて言ってたけど怪しいなあ。

「『私にお任せ』って、これか!」

 主人に朝帰りを唆す識神ってどうなの?

 仕方なく指定のホテルに行ってチェックインした。寝るにはまだ早い時間だったから、ラウンジで少し飲んだ。程よい酔い加減で部屋に行ったけど、ダブルベッドを見たら醒めた。辰伶は疑いもせずにシャワーを浴びた。ガウン姿というちょっと色っぽい恰好で出てきた。俺も入れ替わりにシャワーを浴びた。

 浴室から出ると、おだんごがいた。俺と辰伶の着替えを持ってきてくれていた。時間外はどうした。

「それでは私は帰りますので。そうそう、ホテルには怪奇現象がつきものです。何かあったら、それは霊の仕業でしょう。全部、霊のせいです」

 思わせぶりな言葉を残して、おだんごは俺たちが脱いだ服を回収して帰って行った。何だったんだろう。

 突然、部屋の照明が点滅して消えてしまった。エアコンも止まってる。停電かなあ。こういう時は、フロントに言えばいいんだっけ。ところが辰伶がそれを止めた。

「もう寝るだけだし、煩わしいことは明日にしよう。もしかしたらこれはホテルに付きものの怪奇現象かもしれん」

 おだんごの仕業か。だったらフロントに連絡しても原因不明で直らない可能性が高いな。

「でも、エアコンも止まったから、今はいいけど、だんだん冷えるよ」
「くっついて眠れば温かいだろう」

 やっと気づいた。これがおだんごの狙いか!辰伶は全く疑っていない様子で、ダブルベッドの中で俺が入ってくるのを待ってる。そんなに無防備でいいの?辰伶の隣に入るとシャンプーのいい匂いがした。俺は自分の理性を心配しながら目を瞑った。

「安心しろ、ほたる。ここは全年齢、R指定無しの世界だ」
「は?」
「つまり、ダブルベッドで同衾して朝を迎えたとしても、『俺たちの間には何もなかった』ということだ」
「安心、安全だね」

 チュン、チュン…

 朝チュンの様式美で目が覚めた。昨夜はNOモザイクだったけど、全部夢オチだから大丈夫。全年齢って便利だなあ。

 辰伶も目を覚ました。キスしたけど、これも全年齢だからただの朝の挨拶だよ。問題ナシ。

 エアコンは何事も無かったかのように正常に運転していた。照明も普通についた。

 チェックアウトの刻限は正午までだから、まだ部屋でゆっくりできる。でも腹が減った。朝食付きの宿泊プランだから、身支度を整えて、レストランに行こうよ。

 それから、ゆっくり街歩きでもしようね。


おわり