家族
辰伶が俺の母親の入院費用を出してくれたり、生活の面倒をみてくれるのには2つの理由がある。
「いや、3つだと思うぜ」
ゆんゆんは指折り数えながら言った。
「1つは、お前の母ちゃんに恩があるから」
母さんが無明歳刑流本家を飛び出して俺を産んだから、辰伶は生き延びることができた。でも、辰伶の母親のお陰で俺の母さんは無明歳刑流本家の呪縛から逃げることができたわけで、貸し借り無しだと俺は思う。
「2つ目。無明歳刑流本家に蓄積された財を放出するため」
辰伶を当主とする無明歳刑流本家の財産は妖鬼を呪縛し契約することで築かれた。妖鬼を縛る呪いは同時に無明歳刑流本家を代々縛る呪いとなった。その呪縛を辰伶は断ち切り、妖鬼も解放された。妖鬼は水龍となって辰伶の支配下におかれ、この家の庭池を棲み処としている。
水龍は元が年月を経た古い強力な妖鬼だったから、とてつもなく強大な霊力を持っている。霊能力者としては物凄く強い部類に入るゆんゆんでさえ、どうにもできないそうだ。水龍は辰伶に従順だから何とかなってるけど、何かの拍子に支配から外れたら(例えば辰伶が死んだら)、誰にも制御することができない。どんな災厄を世にもたらすか。そんなことになったら全力で逃げるって、ゆんゆんは真剣に言ってる。
辰伶は無明歳刑流の生き残りとして、自分が存命な内に水龍を何とかしなければと思って、何か色々考えているようだ。その一端として、妖鬼の力で無明歳刑流に集められた富を放出するのだそうだ。富が大きくなるほどに妖鬼の力も増していく。だから逆に分散させてやれば、妖鬼を元とする水龍の力を小さくできるのだそうだ。うまくいくといいね。
辰伶が自分の為にお金を使ったのでは意味がないらしい。何かを買うときには、代わりに何かを得ているのだから、それでは富の放出にならないって。だからこの前も、辰伶には何の得にもならないのに、分家の廃屋の撤去費用を負担するなんてことしてた。
同じ理由で、俺の大学費用も出してくれることになった。これは後の話だけど、そのせいで俺は金の心配をすることもなく呑気に単位を落としまくって、後から入学した辰伶と一緒に卒業するはめになった。まあ、この頃はまだそんなことになるなんて思ってもみなかったけど。
こんなに散財してて、辰伶の生活は大丈夫なんだろうかと心配になった。ところが元の妖鬼の力が影響したのか水龍は富を集める「体質」だったらしく、何だかんだと小金が集まってくるのだそうだ。辰伶がデイトレードで上手くいっているのも、おそらく水龍がこの家に棲みついているからだろうとゆんゆんが言ってた。これは水龍の「体質」で、何か契約を交わしてのことではないから水龍が育つことはなさそうだって。都合いいなあ。
2つ目の理由までは、俺も把握していた。3つ目の見当がつかない。
「3つ目は……お前と一緒に暮らしたかったからだろうよ」
「え?」
俺と?何で?
「こんな大きな屋敷で独りは寂しいだろ。一緒に暮らす家族が欲しかったんだと思うぜ」
「家族……ああ、家族ね」
異母兄弟だからね。辰伶と血縁といえるのは俺しかいない。
何か期待しちゃった。って、何を?
「おさげを作ったのもそうなんだろうな。おさげの容姿、てめえのガキの頃の姿まんまじゃねえか」
「うん。何か、母さんからわざわざ俺の昔の写真を借りたみたい」
「特に拘らなけりゃ、識神を作った術師に似るんだよな。おだんごなんかそうだろ」
おだんごは俺の識神だけど、最初に作ったのは辰伶だ。俺はそれをそのまま再現して作ったから。あの時、何も考えずに作ってたら俺に似た識神が出来てたってことか。
「辰伶は一緒に暮らす相手が欲しくておさげを作ったの?その割に、おさげはこの家にあまりいないね。異界にわざわざ家をつくってあげちゃうし」
「おさげは霊力が強い分、エネルギーの消耗が激しいので、あまり長くこちらにいられないのです。ほたる様、焼きたてパンですよ。飲み物は如何いたしましょう」
おだんごが焼きたての食パンを持ってきてくれた。大胆にも1斤まるごと、1人1塊ずつ。良い匂い。ちょうど小腹がすいてたんだよね。気が利くなあ。
「ホットミルク」
「俺、カフェオレ」
「かしこまりました」
おだんごは飲み物を用意しに行った。
「このパンも辰伶の識神が?」
「うん。『パン焼き職人』って名前」
「相変わらず、ネーミングに頭使わねえのな」
おだんごが辰伶の識神だったころの役目は『世話役』だった。だから人の世話をすることにかけては何でもできる。秘書や執事だって務まるくらいの万能振りだけど、俺はそこまでしてもらうほど複雑な暮らしをしていないからなあ。ハウスキーパー的なこと以外は、後は俺と遊んでいることが多い。
焼きたてのパンはふかふかで、ちぎるとふんわりいい香り。バターとかジャムとか何もいらない。
「美味いなあ。土産にくれねえかなあ」
「おだんごに頼めばいいよ」
おだんごは辰伶の識神だった頃は、その中でもかなり上位の立場だったそうだ。その影響が今でも残っていて、俺の識神となってからも、辰伶の識神を取りまとめて仕切っている。便利だからか、辰伶はおだんごの自由にさせている。
この家には辰伶が作った識神が大勢いる。何かの技能に特化しているから、用事があるとき以外は姿を見せることは無い。そう思うと霊能力が強い以外の特殊な技能はなく、常時姿をみられるおさげは特殊というか、特別なんだな。
「そもそも、おさげって強すぎない?作った術師よりも強い識神ってアリなの?」
「普通はねえな。術師が制御できねえような識神なんて、危なくてしょうがねえ。あれは何か特殊な作り方したな」
「普通につくったおだんごはあまり強くないしね」
「あれは強い方だぜ。他のはもっと霊力が低い。だから普段は形になってないだろ」
用事がある時以外は姿を見せないのは、霊力が低くて形になっていないからか。知らなかったなあ。
「てことは、おさげほどじゃなくても、おだんごもそこそこ霊力を消耗してるんだよね。燃費がいいにしても、どこかで休息するなり補充するなりしないといけなくない?」
「え?お前、エサやってないのかよ」
「餌って、何か食べ物なの?」
「食べ物とは限らねえ。エサっていうのは言葉の綾だ。給料っつうのもアレだな」
「何をあげればいいの?」
「そんなの、お前とおだんごにしか解らねえよ。お前に心当たりが無いのがおかしいんだよ」
と言っても、エサをやるなんて今知ったことだし。
「エサやらなくて、エネルギーを消耗しすぎるとどうなるの?」
「低級な識神ならそのまま消滅する。ちょっと高級になると、術者に反抗するようになって、逃げちまうこともありうる」
おだんごは今のところ素直ないい子だ。逃げられたら悲しいなあ。今にして思うと、異界のおさげの家は充電器だったのかも。
おだんごが飲み物を持ってきてくれたので、率直に聞いてみた。
「ほたる様が一緒に遊んで下されば、充填されます」
おだんごは嬉しそうに微笑んで言った。おだんごとはしょっちゅう一緒に遊んでいるから、つまり…
「いつも、ほぼ満タン状態です」
笑顔が可愛い。俺の識神が想像以上に高性能なんだけど。
辰伶が家族を欲しがっていることは、俺の母さんも気づいていた。母さんは辰伶に、誰か良い相手を見つけて結婚すれば家族なんて今からでも幾らでもできると、そんなことを言った。そうなんだよね。そうなんだけど、それを聞いた辰伶は変な風にスイッチが入ってしまった。結婚相談所とか、マッチングアプリだとか調べてる。ええと、まだ全然若いんだから、そんなに張り切って婚活しなくても、辰伶ならこれから普通に恋人とかできると思うんだけど。あまり変なのに登録とかしない方がいいと思う。
辰伶は張り切って見合い用の写真を撮りに出かけていたんだけど、不機嫌そうな様子で帰って来た。
「何かあったの?」
辰伶は無言で何枚かの写真を見せた。さすがプロ。よく撮れてるけど、でも、やっぱり実物の方が綺麗だな。
「あれ、でもこの写真」
「こんなもの使えるか」
辰伶の背後に子供の顔がいっぱい写ってる。どれもこれもそんな感じの、所謂、心霊写真だ。まるで辰伶に性質の悪い水子の霊が憑いてるみたいだ。こんなの見たら、相手はドン引きだろう。
「これは…使えないね」
「無明歳刑流本家長子の霊の悪戯だ」
「ぐっじょぶ…」
この家には、まだ成仏していない霊が何体かいる。辰伶は彼らが気の済むまで好きにさせてやると言って放置しているが、それらが辰伶を揶揄ったのだ。次にやったら全部除霊してやると、辰伶は背後の空間に向かって言い捨てた。
「あ、でも霊が写ってない写真もあるね」
「写真屋が、場所やポーズを変えてみればと」
うーん。確かに霊は写ってないけど、妙に服を着崩してるというか、変に露出が多いというか、視線とか仕草に色気がダダ漏れっていうか…心霊写真よりもヤバさを感じるんだけど。
「こんなだらしのない写真を見合い用に使えるか。いくら俺が世間知らずでも解るぞ」
うん。解ってない。俺はおだんごを呼んでその写真を見せた。
「どうすればいいか、解るね」
「ハイ、畏まりました!」
1カ月後、その写真屋は閉まっていた。どこかに移転したのか、店を閉めたのか知らない。噂では気味の悪い現象が続いて、店主がノイローゼになったのだとか。
俺の識神は便利で高性能で優秀なのだ。
おわり