福鯛
年明けから寒い日が続いている。少し前まで奥屋敷に引き籠りがちだった辰伶が、俺の部屋に入り浸っているのは、この部屋にしか炬燵が無いからだ。
「炬燵はいかん。人類を堕落させる」
そう言いながら、辰伶はミカンの皮を剥いていた。丁寧に、白い筋も綺麗に取り除いている。俺はそんなの気にせず食べちゃうけど。
この屋敷に暖房器具が他に無いなんてことはない。エアコンも床暖房もストーブも何でもある。でも、炬燵はこれしかない。俺がこの家で暮らすことになって、前に住んでいたアパートから持ち込んだ数少ない家具の1つだ。
辰伶だって炬燵がどんなものか全く知らなかったわけじゃない。だけど実際に体験したのは初めてで(俺は辰伶の炬燵初体験をゲットした)、それから毎日俺の部屋にやってきて、ほぼ一日中入り浸っている。ご飯も朝昼晩、3食ここで食べてる。俺はそれに付き合う形で、一緒に怠惰な生活をしている。
「ほら、剥けたぞ」
「ありがと」
辰伶は素晴らしく丁寧に綺麗に剥いたミカンを、辰伶を座椅子のようにして一緒に炬燵に入ってぬくぬくしている識神のおさげにあげた。おさげは辰伶に凭れながら大人しくミカンを食べる。識神って、こういうものだっけ?
「辰伶」
ミカンを一粒、おさげは辰伶の口に運んだ。辰伶は躊躇うことなく口を開けて、おさげの指からミカンを受け取った。あーん…て、甘い雰囲気じゃなくて、微笑ましいだけだけど、俺の目の前で何してくれるんだよ。
おさげと目が合った。
「あーん」
おさげの声につられて「あーん」してしまった。少し距離があったので投げる形になったけど、見事にダイレクトキャッチできた。ミカン美味しい。おさげは満足そうだ。
「ただいま帰りました」
珍しく私用で外出していたおだんごが部屋に入ってきた。おさげはおだんごにも「あーん」させて、口にミカンを放り込んだ。おだんごも上手くキャッチした。おさげのマイブームなのかな。
「見て下さい。『ぷくたい』の正月バージョンです!」
そう言っておだんごは炬燵の上に箱を置いた。箱は大人なら片手でも持てそうな程度の大きさで「福福鯛チョコレート」と印刷されている。ひょっとしなくても箱買いした駄菓子だ。
「通常は『ぷくぷくたいチョコ』という名前なのですが、新年なので『福福鯛』と、おめでたいパッケージです!」
おだんごはいそいそと箱の封を開けた。
「お正月に辰伶様が下さったお年玉でオトナ買いしてしまいました」
大人買いと言っても1箱に入っているのは1個100円もしない駄菓子が10個だけ。それでも、辰伶からもらったお年玉は1000円だったから、おだんごとしては奮発したんだな。
おだんごは外見こそ子供だけどベテランの識神だ。でも、駄菓子の箱買いが嬉しいなんてはしゃいでいると外見通りの子供のようだ。可愛い。
「はい、ほたる様」
おだんごが『福福鯛』チョコレートを1つくれた。タイヤキ型のモナカだ。モナカの中はエアインチョコが詰まっている。不味くはないけど特別に美味しくもない。まあ、駄菓子ってそういうものだよね。なんだか懐かしい味だ。
おだんごは辰伶とおさげにも1個ずつあげていた。赤色と金色に彩られたおめでたいパッケージをしげしげと見ている。これまでの辰伶の生活範囲には無かったものだから、駄菓子が珍しいんだな。
辰伶は贅沢の自覚も無く贅沢な暮らしをしているせいか、こういうところが多々ある。今まで俺が買ってきたおみやげで一番受けが良かったのは『銀だこ』だ。
辰伶はこれまでの人生をこの屋敷の中だけで生きてきたけど、外出できなくてもテレビは見ていて、そのせいで皆が知ってるチェーン店に強く憧れを抱いている。サイゼとかヨシギュウとかココイチとかに行くのが夢だと、目を輝かせて語ったときは、さすがにちょっと引いた。
全部、俺がエスコートできる店だ。ケンタでもミスドでもドンキでも、全部、俺が連れて行ってやるよ。
あ、コストコは辰伶が会員になって俺を連れていってね。荷物持ちくらいはできるから。
おわり