24:
鎖
(『外の世界』その後)
螢惑殿
お便りありがとう。こちらもすっかり晩秋の景色です。今日は朝から郷全体を濃い霧が包んでいて、少し肌寒さを感じています。今年は冬の訪れが少し早そうな気がします。
干柿確かに受け取りました。お心遣いとても嬉しく思います。御礼にこちらからも何か送ろうと思ったのですが、なかなか気の利いた物が見つかりませんでしたので、金子を少しばかりですが包みました。路銀の足しにして下さい。ただし、無駄使いはしないように。それから不摂生は控えて、健康管理には十分注意して下さい。
それでは、道中気をつけて。貴殿のことだから、滅多なことはないと思いますが、何か困った事があったら遠慮なく相談して下さい。
辰伶○○○○○
追伸 本当に、いつか一緒に旅が出来たらと、心から思います。ありがとう。
壬生での狂達とのあの戦いの後、俺は再び壬生の外へ出た。独り気ままに日本中を歩いてる。別に約束とか全然してないんだけど、結構あちこちで昔の仲間にばったり会ったりする。こういうの、腐れ縁っていうんだよね。そんな時はしばらくそいつと一緒にその場に留まったり、一緒に旅したりして、それでまたテキトーに別れる。独りも好きだし、面白い奴と一緒にいるのも面白い。
別に当てなんて何もなくて旅してるから、俺が何処に向かってるのかなんて、俺にも解らない。今居る場所が何処なのか解らないこともしょっちゅうだし。それなのに、何処に居ても必ず辰伶から手紙が届く。壬生の人が届けに来てくれる。それがどんな僻地でもだから、壬生の郵便屋さんってスゴイと思う。
あの干からびた柿って、干柿っていうんだ。あ、そう。ふーん…。それにしてもさ、何なんだろうね。あいつは手紙になると、俺にまですっかり敬語でヘンなカンジ。アキラの敬語と違って嫌味なカンジは無いけどちょっとカユイ。
でもさ、『無駄使いはしないように』って、いちいち煩いっていうか、他にも『不摂生は控えて』とか『健康管理』とか余計なお世話だよ。そういう余計なところは普段通りだから飽きれる。小言も手紙だとそんなにムカつかないから、ま、いいけど。
それから金の板が10枚、真っ白な薄紙に包んであった。どーでもいーけど、この板1枚で何が買えるの?お金ってあんま使わないからよく知らないんだけど。灯ちゃんとか狂の女とかがそういうの詳しそうだから、今度どっかで会ったら訊いてみよう。
凄く気になるのが、最後の追伸。何だか半分諦めが入ったような文に見えるんだけど気のせい?いつも思うんだけど、辰伶、本当に壬生の外へ出たいと思ってる?俺と旅したいと思ってる?
何年もテキトーにフラフラ歩いてて、ふと気づくと壬生の郷の近くまで来てたりすることもある。そんな時は辰伶の顔を見に立ち寄って、壬生の外の世界の話をする。俺は俺の覚えてるまんまを話すんだけど、辰伶が言うには俺の話は半分以上デタラメなんだって。地名と方角と特産物が合ってないって。てゆーか、何で壬生の外に出たことない辰伶の方がよく知ってるわけ?
そんなのは地図を見れば解るし知識も書物から得られるって辰伶は言うけど…やっぱり行きたいんだよね。だから外の世界のことが書いてある本をいっぱい読むし、俺の話とか聴きたがるんでしょ。
だから俺は、その度に一緒に壬生の外へ行こうって誘うんだけど。なのに辰伶はいつもいつも『今はまだ、行けない』って首を振る。
今はまだ、壬生の再建が終わってないから。
今はまだ、その気になれないから。
今はまだ、無理だから。
あいつはいつまで『まだ』でいるつもりなんだろう。もうお前を縛る鎖は何も無いはずじゃなかったの?あれから何年経ってると思う?
はあ……。こんな時、不老長寿って不便。人間みたいにさっさと年とっちゃえばもっと焦りもするんだろうけどさ。
辰伶って根本的に自分の為に何かするってことがダメみたい。俺には全然理解できないんだけど、他人の為じゃないと安心して行動できないっぽい。たぶん、あいつの頭にはこういう図式が出来上がってるんだと思う。
自分の為⇒ワガママ⇒イケナイコト
昔からそうだよね。家門の為だったり、壬生の為だったり。最近の辰伶のマイブームは『戦友の遺志を継ぐ為』だっけ?
それとも、自分の夢に憧れたことで、吹雪の本質を見抜けなかったことが、まだ心の傷になってるの?自分の為に生きることが怖いの?
でもさ、命は1コしかないんだから、ちゃんと自分の為に使わなきゃダメだと思う。
辰伶は……あんなに信じて尊敬してた吹雪に裏切られて臆病になったのかもしれない。憧れの本当の姿を見て絶望したくないから、罪悪感にすり替えて心に歯止めをかけてるんだと思う。辰伶を縛ってるのは、結局辰伶自身なんだよね。
あれかなあ…。ずっと鎖に縛られてきたから、縛られ癖がついちゃったのかなあ。ほら、脚の骨も変な折り方すると、ちゃんと骨がくっついた後でも歩くのに練習が要るみたいな?
はっきり言って、辰伶が外の世界へ行きたいかどうかなんて、俺にはどーでもいいんだよ。俺が辰伶と一緒に旅したいだけ。俺はあいつに海を見せたい。そして、あいつがどんな顔をするか、ただそれが見たいだけ。
「決めた。もう手紙は書かない」
帰ろう。今すぐ壬生の郷へ。あいつ、いつまで経ってもバカなんだから。バカは引き摺って強制連行。それこそ鎖に繋いででも、俺はあいつに海を見せてやるんだ。
俺が鎖になってあげる。鎖無しで生きられないお前の為に。
鎖無しで生きられるようになるまで、俺が辰伶の鎖になって縛ってあげるから、さあ、リハビリ、リハビリ。ホント、世話が焼ける。バカな兄を持つと苦労するよ。
「…そーいえば、壬生ってどっちに行けばいいの?」
おわり
05/6/22