20: してはいけないこと
(困ったときのグリム童話『青髭』のパロ)


 その日、辰伶は父親に呼び出され、次のように申し渡された。

「辰伶、何も訊かず吹雪様の居城へ行け」
「わかりました」

 そう返事をすると、辰伶はさっさと部屋を出て行こうとした。

「待て。理由くらい訊こうとせんのか」
「父上が何も訊くなと仰いましたので」
「聴け」
「はい」

 辰伶の父親は1つ咳をすると、居住まいを正して話し出した。

「吹雪様のことは知っておるな」
「はい。尊敬すべき太四老のお1人です」
「その吹雪様からの要請で、お前は吹雪様の弟子になることになった。お前は吹雪様から無明歳刑流を伝授されることとなる。吹雪様は武術は勿論のこと、そのお人柄も高潔で壬生への忠誠心も厚い方だ。お前が師として仰ぐに申し分ない。ただ……」

 そこで一段言葉を切ると、大きく溜息をついた。

「何か問題でもあるんですか?」
「ただ、あの髪だけは………」
「ああ」

 辰伶は父親が言わんとすることを察した。太四老の吹雪は立派な人物だ。水派、木派の技を自在に操り、また最高の反魂術師でもある。冷静沈着で、理知的で、周囲に冷たい印象を与えるが、無責任な軽薄者でないことは確かだ。しかしただ一点、そのもっさりとした髪型だけは、どうにも受け付けられないのだ。

「この辰伶、無明歳刑流を継承するこの家の名に恥るような髪形だけは、決して致しません」
「それを聴いて安心した。…やれやれ、自分の息子にあの髪型が感染ったらどうしようかと思った」
「では、行って参ります」

 こうして辰伶は吹雪に弟子入りし、吹雪の居城に住み込んで修行することとなった。吹雪は父親の言う通り素晴らしい人物で、辰伶は心から尊敬し憧れた。これでもっさりとした髪さえなかったら最高の師だと辰伶は思った。あの髪ばかりは慣れることなく、いつまでたってもウザかった。

 そんなある日、吹雪が言った。

「これから紅の王の元へ行かねばならん。暫く留守にするが、ここに屋敷中の鍵がある。どこを開けて何を見ても構わんが、この黄金の鍵の合う部屋だけは、決して中を見てはならん。もしこの部屋を開けたなら、お前の命は無いと思え」
「はい、吹雪様。この辰伶、吹雪様の命には絶対に背きません」

 こうして辰伶は鍵の束を受け取り、吹雪の居ない間、屋敷の留守を預かることとなった。そんなものをいきなり任されても勝手が解らないので、とりあえず屋敷中を見てまわることにした。さすが太四老の居城ともなると隅から隅まで豪華な造りである。そして最後に中を見てはならない部屋が残った。

「ここは開けてはいけないのだったな。……しかし、開けられたくないのなら、最初から鍵など渡さねばいいと思うのだが、吹雪様のお考えはよくわからん…」

 至極もっともなことを考えながらふと気づくと、いつの間にか足元に1匹の黒猫がいた。吹雪の飼猫だろうか。

「…留守番ということは、この猫の世話もせねばならんということか?」

 これまで生物を飼ったことの無い辰伶は少々不安を感じたが、少なくとも餌さえやれば死にはしないだろうと楽観することにした。

「それにしても、この部屋には何があるのだろう」

 辰伶は暫く扉を見ていたが、結局何をするでもなくその場を去った。


 その頃、吹雪は紅の王に謁見してはおらず、実はひしぎの居城に居た。猫の目を通して自分の弟子をストーキング監視していた。

「ひしぎよ…」
「何ですか、吹雪」
「普通は、ああ言えば部屋の中を見たくなるはずだが」
「そうですね。『見るな』というのは『見ろ』と言っているのと同じですから」

 例の部屋は吹雪が仕掛けた罠である。部屋の中はこれまで吹雪が弟子にした者たちの死体が壁じゅうにぶら下がり、一面血の海となっている。吹雪の命令に背いて扉を開けた者はその仲間入りとなるのだ。このようにして、吹雪は真に信用できる弟子(てゆーか手駒)を選別しているのだった。美少年を殺す為の口実を作っている殺人淫楽症ではないことを、この場を借りて特に強調しておく。

「扉を開けなかったのですから、辰伶は合格にしますか?」
「もう少し様子を見る」
「なら、少し背中を押してみてはいかがですか」
「何か手があるのか?」
「あの漢にやらせましょう。自分の弟子に全く尊敬して貰えないあの漢なら……ヒマでしょうから」

 傍から見る分には吹雪もひしぎもヒマそうに見えるのだが、壬生の最驚&最凶…もとい、最恐&最強コンビにうっかりツッコミを入れる粗忽物は居なかった。


 辰伶が吹雪の居城の留守を預かって2日目に、吹雪と同じ太四老の遊庵が訪れた。彼こそがひしぎの言うところの『自分の弟子に全く尊敬して貰えないヒマな漢』である。遊庵は吹雪のすることに興味はなかったが、ひしぎの見立てどおりヒマだったので、辰伶の背中を押しにやってきたのだった。

 遊庵に乞われて辰伶は部屋を案内して回った。最後に残った開けてはいけない部屋の前で遊庵が言った。

「この部屋は?」
「その部屋は開けてはならないと、吹雪様から固く仰せつかってます」
「ふ〜ん、吹雪がねえ…。なあ、見てーと思わねーか?」
「いいえ」
「ちょっとくらいは思うだろう」
「微塵も思いません」
「そーかい。だったら俺だけ見よっと」
「ダメです。ここは開けてはならないと…」
「俺には心眼ってモンがあるからなあ。これさえあれば、扉なんか開けなくったって…」

 遊庵は扉に張り付いた。

「おおっ、こりゃスゲエ」
「遊庵様、覗き見なんて最低です」
「吹雪の奴、スカした面しやがってるくせに、こんな趣味があったのかよ」
「…何があるんですか?」
「お前はキョーミねえんだろォ」

 辰伶は黙り込んだ。正直なところ、部屋の中を見てみたくて堪らなかった。必死に好奇心を押さえつけてはいたが、中が気になってしかたがない。

「見たきゃ、その鍵使って開けて見りゃいいだろう。な〜に、ばれやしねーって。俺も黙っててやるからさ」

 遊庵の甘言に少し心がグラついた。少しくらいなら…

「ねえ、何がバレないの?」

 突然の現れた登場人物に驚き、辰伶は振り返った。声の主は遊庵の弟子の螢惑だった。そして辰伶の異母弟でもあった。彼が何故この場に現れたのかは不明だが、童話の世界ではよくある展開なので(←そうか?)気にしてはいけない。

「吹雪の命令で、こいつはこの扉が開けられないんだと。そんなの黙ってりゃ判んねって言ってんのによぉ」
「で、辰伶はマジメに守ってんだ」
「当然だ。師の言葉に従わぬ弟子がどこにいる」
「え?俺、ゆんゆんの言うことなんか一回も聞いたことないけど」

 遊庵は見えぬ両目で遥か遠くを見遣った。何で俺はこんな奴の師匠になんかなっちまったんだろう…

「で、こんなかには何があるの?」
「そんなこと知るわけないだろう。見るなと言われているんだから」
「何があるのか知らないで言いつけ守ってるの?」
「それが吹雪様の命令だからな」
「バッカじゃないの?自分がやってることの意味も知らないなんて」
「俺は吹雪様を信じている」
「…なんか、気に入らない」

 突如として螢惑は剣を閃かせた。

「力尽くで開けるっ!魔皇炎!」
「させるかっ!水破七封龍!」
「げっ!」(by ゆんゆん)

 螢惑と辰伶の必殺技が(遊庵を挟み撃ちにして)正面からぶつかり合い、扉は跡形も無く粉砕された。後には禁断の部屋への入り口が大きく開いていた。

「てめーらっ!俺を巻き込むんじゃねえ」
「だからそんなトコ立ってると危ないって言ったのに…」
「んなこと一言も言ってねえだろっ!」

 天然ボケとその師匠(←弟子に尊敬されてません)の会話も、辰伶の耳には入っていなかった。辰伶は煙と粉塵の切れ間に曝け出された光景に釘付けになっていた。

「こ、これは…!」

 吹雪から見てはならないと言われていた部屋の秘密が、辰伶の眼前に突きつけられた。壁じゅうに死体がぶら下がり、中には白骨化したものもある。床も一面血の海で、形の崩れた死体がごろごろと転がり腐臭を放っていた。

「まさか…吹雪様がこんな……」

 辰伶は眉間に皺をよせ、拳を固く握り締めた。


 翌日、吹雪が戻ってきた。そしてすぐさま鍵を返すようにと言った。辰伶は吹雪から預かった鍵の束を差し出した。

「変わったことは無かったか?」
「はい」
「……」

 1つ説明せねばなるまい。本来ならば、禁忌を犯して部屋を見てしまった者は、その拍子に鍵を血溜まりに落として鍵に血の染みをつけてしまうのだ。その血の染みを証拠として命令を破ったことを問い詰めるのが吹雪のやり方だ。血の染みはどんなに水で洗おうとも布で拭こうとも、ルミノール反応で一発だ。

 例の鍵を検めてみたが異常はない。当然である。辰伶たちは鍵を使わずに扉を開けてしまったのだから。…いや、粉砕してしまったのだから。

 それでも例の部屋を辰伶が見てしまったことは、黒猫の目を通して知っていた。吹雪は話の切り口に迷ったが、結局、率直に訊ねることにした。

「辰伶、お前はあの部屋を…」
「そのことで吹雪様、お話があります」
「見たんだな」
「はい。まさか太四老たる吹雪様が、あのような…」

 辰伶は言葉を詰まらせ、唇をきつく噛んだ。それを見下ろして吹雪は言った。

「お前は俺の命令に背いて部屋の中を見た。言った筈だぞ。この部屋を開けたなら…」

 お前の命は無いと吹雪が言おうとするのに被せて、辰伶が大音量で吹雪を叱り飛ばした。





「ダメじゃありませんか!部屋をあんなに散らかして!!」





「……」

 予想外のリアクションに、吹雪は絶句した。

「太四老たる吹雪様があのようなことでは、下の者に示しがつきません。たまには掃除くらいしたらと、あの壬生一だらしのない螢惑にまで呆れられてしまいました。弟子として恥ずかしいです。今回は私が片付けておきましたが、これからはちゃんとご自分で掃除をして下さい」
「……」

 掃除って…。殺戮に彩られた禁断の部屋は、今や辰伶の水魔爆龍旋に洗われて、死体や血糊どころか調度や備品まですっかり消え去っていた。ついでに反対側の壁も跡形もなくなっており、すっかり風通しが良くなっていた。すっかりすっからかんである。

「それから、扉は粉々になってしまいましたので業者に頼んでおきました。明日には新しい扉がつきますから、ご安心を」
「……」

 壁すらなくなって外から丸見えの部屋に扉をつける事に、どれ程の意義があるのか吹雪は知らない。

「辰伶、言いたいのはそれだけか」
「はい」
「……」

 ――所謂、ピンボケというやつか…。

 ピンボケとは天然ボケの一種である。ピントのずれたツッコミのことで、ツッコミの形態をとっているが、その本質はボケである。特徴として、ツッコミどころを微妙に(或いは大幅に)間違えてツッコんでしまうのがこの人種だ。その為、しばしば他人のボケを殺してしまうことがあり、ボケの天敵として計算ボケからは嫌われる。天然ボケとは遺憾なく付き合えるが、その場合ボケボケな会話になる為、本人たちは良くても周囲が苛つくという弊害がある。

 辰伶の異母弟である螢惑は天然ボケ。父親は色ボケ。恐るべしボケ一族。

「でも…汚い部屋を見られたくなくて『扉を開けてはいけない』なんて言うなんて、吹雪様も子供っぽいところがあるんですね。意外でした」

 厳しかった辰伶の表情が緩み、屈託の無い笑顔が浮かんだ。辰伶の余りにもまっすぐな瞳が全てを物語っているようで、吹雪は何を言っても無駄な気がした。

 例え片付けができなくても師匠は師匠だと、辰伶の吹雪に対する尊敬と信頼は変わらなかった。勿論、そのもっさりとした髪型に対する見解も変わっていないが。

 辰伶の感性には非常にビミョ〜な趣きがあるが、吹雪に対する忠誠心は本物のようだ。信用はできるだろう。手駒として使い易いかどうかは判らないが、吹雪は辰伶を弟子としてじっくり育ててみることにした。(ちょっと待て、↑で既に無明歳刑流の奥義を使ってるぞ!いつ教えた)

 余談であるが、扉の修理費は遊庵の薄給から天引きされたという。


 おわり

 遊庵と螢惑バージョンも面白いかも。誰か書いて下さい。

05/6/1