17: 罰
(『敬愛』の続き)






 ――壬生の為に、生まれてきたのに…





 その日初めて、俺はそれを見た。

 4本の柱で区切られた3間四方の有限空間。舞台の上は異界を意味する。その異界は水上にあり、澄んだ水によって俗世と隔絶されている。そこに棲まう水の王。水が光を反射させて、演者を仄明るく照らす。

「父上、あの方は誰なのですか?」
「太四老の吹雪様だ。辰伶、お前はあの方に師事するのだ」
「吹雪様…」

 水を司る者の頂点を極めた者にのみ許される水舞台。そこで披露される竜神の舞。水龍たちを従えた水の王が、壬生の栄華と繁栄を讃えて舞う。

 それを俺は父の隣で見ていた。中正面に当たるそこからは鏡板に描かれた老松や、地謡や囃子方も見ることができたが、俺は演者である吹雪様の姿のみに釘付けになっていた。それは人の域ではない。水に属するものたちを束ね従える竜王だ。

 水を操る者として、その姿に憧れた。たった3間四方の舞台が、まるで無限の広がりを持っているように見えた。


 俺はずっと吹雪様を目標としてきた。吹雪様の強さに憧れていた。いつか、吹雪様のようにあの水舞台で舞うことができたらと。

「……ふ」

 そんな夢の為に、俺は日々鍛錬し、技を磨いてきた。壬生の為に、壬生への忠誠の為と言いながら……本当は自分自身の夢の為に。

 『壬生の為』と言いながら、実は私欲を満たすことを目的としているような輩を嫌悪してきた俺だったが、何のことは無い。俺自身もそいつらと何ら変わる処はなかったのだ。

 俺は2度、壬生の為でなく、己自身の為に夢を見た。1つは壬生の外の世界に憧れたこと。もう1つは水派の頂点として水舞台に立ちたいと夢見たこと。

 俺は壬生の為に生き、壬生の為に死なねばならなかったのに、いつの間にか自分勝手な夢を見ていた。誰でもない、俺が、壬生を裏切っていたのだ。

 その結果として、俺は大切な戦友を失った。夢に憧れ美化する余り、その本質を見ることを拒否して正義を見誤った。

 愚かだった。自分の夢に固執などせず、冷静に壬生のことだけを考えていれば、太白の忠告を聞き流すことはなかったかもしれない。歳世が命を散らすこともなかったかもしれない。全ては、俺の愚かさ故の……俺の罪だ。

 絶対者が俺に罰を下すために太白と歳世の命を奪ったなどと、自惚れるつもりは無い。だがやはり罪は俺にあり、俺はその報いを受けた。俺は俺自身の想いに復讐されたのだ。

 ありがとうございます、吹雪様。漸く夢から醒めました。

 もう惑わない。太白、真に壬生を憂いていた真の侍である貴方の遺志を、俺は受け継ぐ。






 ――壬生の為に生まれて来たのだから、俺は。







 『外の世界』へ続きます。

 辰伶が自分の為にしたいと思ったことって、外の世界に行くことと、水舞台に立ちたいということの、たった2つしかないと思うのですが、どちらも手酷く否定されてとても気の毒です。

 『敬愛』から続いているようで、微妙に主旨がずれてしまいました。原作で丁度辰伶と吹雪が師弟対決中なので、色々とストーリー変更を余儀なくされています。

05/6/8