10:髪


 わからん。

 1つの名詞が、この数日間辰伶の頭を悩ませている。

 『モリゾー』とは何だ?

 辰伶には、他人には秘密にしている趣味がある。秘密にしているからといって、いかがわしい趣味ではない。それが余りに他愛のないつまらないことなので、堂々と趣味だと言ってのける価値があるかどうかも疑わしいから黙っているのだ。

 辰伶の武術の師が太四老の吹雪であることは周知のことだ。辰伶は師である吹雪に対して常に畏敬の念を抱き、従順にその言葉を受け止めている。壬生に対する辰伶の忠義も、吹雪の存在があればこそと言って過言ではない。

 まだ弟子になって間もない頃。幼心に吹雪は憧れだった。吹雪の強さに憧れ、吹雪の信念に憧れ、吹雪の何もかも憧れて(※ただし、毛髪についてはこれを適用範囲外とする)、この人の一番弟子と呼ばれたくて、辰伶は鍛錬に鍛錬を重ねた。そうして現在、吹雪の弟子といえば、誰もが真っ先に辰伶の名を思い浮かべる。何よりも憧れだった吹雪さえも認める一番弟子となった。

 さて、辰伶の隠れた趣味を語るのに、何故今更吹雪に対する辰伶の立場を説明したかといえば、まさにこの吹雪が辰伶の趣味に関係しているからである。正確には吹雪当人は関係ないが、この漢を外して説明は出来ない。

 吹雪は太四老の長。壬生の重鎮である。端的に言えばとっても偉い人で、すごく有名人だ。有名人ともなれば多くの人の口の端にその名がのぼることとなるが、そんな中から色々なあだ名が生まれてくる。特に、吹雪は毛髪において非常に特徴的な容姿をしていたので、それに関するあだ名が山のようにある。

 そうして生まれた数々の吹雪のあだ名を、辰伶は採集し台帳に書きとめていた。何故そんなことをするのかと訊かれても困る。辰伶だって、それを何かの役に立てる為にしている訳ではない。ましてや不敬なあだ名をつけた者を見つけ出して天誅を加えているわけでもない。ただ何となく、趣味でコレクションしているだけなのだ。吹雪に対する尊敬や忠節とはまた別の話である。そしてこんな無害だが無意味極まりない趣味を、他人に語れる訳が無い。

 そのコレクションの一部を覘いてみよう。最もポピュラーなのは『もっさり』である。このシンプルな表現の中には吹雪の毛髪に対して人々が抱く想いの全てが余すことなく込められている。もっさりの上にもっさり無く、もっさりの下にもっさり無し。…意味不明だ。

 そういう下らないが妙に感心してしまうこれらのあだ名を、辰伶は大事にリストアップしていた。

 ところで、辰伶が最近耳にしたあだ名に『もりぞーかっこひょうはくずみ』というのがある。文字にするなら『モリゾー(漂白済)』と表記するらしい。とりあえずリストの最新項目に載せたが、このあだ名の意味が解からない。漂白済というのは吹雪の髪の色を指している訳だが、それが形容を補う対象であるところの『モリゾー』の元ネタが解からない。想像するに全体、或いは一部分がもっさりとした毛で覆われているのだろう。また漂白しなければならないことから推測して、本来は白色ではないのだろう。

 今の辰伶は『モリゾー』のことで頭が一杯だった。意識は散漫となり、何も手に付かない。今日も今日で、壬生の超マイナー紙である『壬生新報』が五曜星の取材にきていたが、質問内容をうっかり聴いていなかった上に、ついうっかり適当に『モリゾー』と答えて、取材者に怪訝な顔をされてしまった。


 数日後、やはり辰伶は悩んでいた。といっても、『モリゾー』のことではない。結局その正体は解からなかったが、多忙な五曜星である辰伶はいつまでもそんなことに拘っていられなかったのだ。今では悩んでいたことすらきれいに忘れてしまっている。

 辰伶を悩ませている新ネタは、最近壬生の郷で急に流行りだした異 様な服装についてである。いや、あれは服とか着物とかいう類のものではない。雨よけの蓑に似ているが、それとは全く別物だ。被り物、とでもいうのだろうか。こんもりと毛足の長い毛皮を頭から足の先まですっぽりと着込み、顔だけを丸く切り取るようにして出しているという様相だ。そしてその毛皮は決まって緑色なのである。

 今も辰伶の目の前を横切った。しかも、辰伶を意味ありげに見ていく。その服装をしている者たちは一様に辰伶に対して何かをアピールしているのだが、それが何なのかさっぱり解からない。

 何かの抗議行動にも見えないし、ただ、ただ、異様であり、化物じみている。もっと端的にいうなら不気味だ。辰伶に対する謎のアピール行動さえ無ければ、直ちに視覚&思考の外へ追いやって『無かったこと』にするだけなのだが……そうしている間にも、またもや緑色の毛皮妖怪が辰伶に対して粘着質な視線を送りながら通り過ぎて行った。いい加減、薄気味悪い。

 ふと顔を上げると、目の前に螢惑がいた。螢惑は辰伶に対し、黙って壬生新報の今週号を突きつけた。

「なんだ?…ああ、この間の取材の記事か。……ん?」

 ある記事に辰伶の目が留まった。辰伶のプロフィール記事なのだが、おかしなことが書かれている。

 『理想のタイプはモリゾー』

 何だ?モリゾーとは。

「ねえ、モリゾーって、何?」
「モリゾー、モリゾー…。知らんな。何だ?こんなこと言った覚えないぞ。記事を書いた奴に抗議してやる」


 おわり

モリゾー&キッコロが吹雪様と辰伶の2ショットに見える同盟発足(←ウソ)


吹雪様とその愛弟子
冬季限定モリゾー&キッコロ


キッコロの背中には舞曲水羽根が

05/4/20