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この道の遙かを

-辰伶-


 もしかしたらこうなることは、生まれた時から決まっていたのかもしれない。

 燃え上がる炎のように。
 迸る水のように。

 俺たちは、どこまでも相容れはしないのだから。

 こいつと正面きって相対する時は、いつも間に刀を交えていたような気がする。こんなことは初めてではない。それでもこの場に至るまで、俺たちはまるで決着が付くのを避けるかのように、中途半端に煮えきらぬまま、その剣を収めてきた。

『ならば辰伶、その者の命を奪うことは、お前にとって必要の無いことだったのだろう。その相手も、結局剣を引いたというのなら、その者にとっても、お前を殺す必要は無かったという事だ』

 必要は無い。確かに、そうだった。

『理由も無く、意味も無く、また必要も無く殺すのは愚か者のすることだ』

 そう、それは愚か者の行為。俺たちは殺人狂ではない。

『だが、辰伶よ。必要な時には迷うな』

 …迷った訳ではない。こいつが先代紅の王に刃を向けたことを、今の今まで放置しておいたのは、先代紅の王がこいつをお赦しになったからだ。慈悲深い先代紅の王が決めた処置を、俺が穢して良いものではない。情に流されたのとは違う。

『己の使命を全うする為に、己の手が汚れることを躊躇うな。敵に無用な情けを掛けるな。それが、信念を貫くという事だ。そして辰伶、お前の使命は判っておろうな』
『はい。壬生を守る。それがこの辰伶の使命です』

『迷うな』
『はい』

『躊躇うな』
『はい』

『情けを掛けるな』
『はい』

『使命を忘れるな』
『はい、吹雪様。俺は壬生の戦士。壬生に仇なす者は、親兄弟といえど、容赦致しませぬ』

 兄弟といえども。

 俺達の間にある拘りが、必要以上に関係を煩雑にしていたが、こうして真向から相対してみると、俺とこいつの間に『何か』と呼べるような『何か』など、何も無かったような気がする。
 兄弟だとか、仇だとか、そんなものは俺とこいつの事情ではなく、俺とこいつを取り巻いていた状況に過ぎない。勿論、それゆえに、俺はお前という存在を無視することが出来なかったのだが。

 これか?これこそが『情』というものなのか?

「ねえ、どうしてお前は…」

 いつかも、こいつはそう言った。
 いつだって、何か物言いたげな視線で惹きつけておいて、肝腎なことは何も話さない。

 俺が、何だ。
 俺が、どうした。
 俺に、何が言いたい。

『どうして』
『お前は』

 どうしてお前は!

 …もういい。所詮、壬生を裏切るような愚か者の言う事だ。耳を傾ける価値など無い。…ある筈が無い。

 壬生の為に生きる事が、俺に与えられた道。決して踏み外してはならない正しき道を、俺は迷わず進まねばならない。裏切り者を討つのに躊躇ってはならない。だから、この情を断つ。

 俺の使命だ。
 俺は壬生を守る。だから、

 だから、螢惑、

 さあ、決着をつけよう。
 俺にとっても、おまえにとっても、きっとこれが最後。
 今度はあの時のような、中途半端な覚悟じゃない。

 あの時のような。


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