+・+ 親バカシリーズ +・+
弟はツライよ
毎度親バカで申し訳ない。息子たちの愛らしさに萌えながら暢気に日々を過ごしていそうな印象の御当主様だが、こう見えて多忙な人である。実務に当たっては綿密にして堅実。資産運用も組織運営も、すこぶる有能バリバリ辣腕家だ。だからいつも忙しい。
ご自慢の愛息2人も、子供ながらに忙しい。辰伶は立派な壬生の戦士になる為に、螢惑は最強の漢になって辰伶に群がってくる害虫を叩き潰す為に、日々武術の稽古や勉学に励んでいる。
お陰で家は裕福だし、子供たちの評判も良い。しかし御当主様はそんな毎日がちょっぴりつまらない。可愛い子供たちと満足に遊ぶ時間も無いなんて、何の為に息をしているのか解からなくなる。これでは『仕事にかまけて家庭を顧みない父親』と、息子達に誤解されてしまうかもしれない。何よりも息子達に寂しい想いをさせてしまうのが辛い。そんなことを考えていたら、仕事中だというのに涙が止まらなくなってしまった。慌てた部下達が慰めてくれたが、そのときに貰ったお菓子が美味しかったので、今度、息子達に買ってあげようと思う。
そんな日々が続く中で御当主様はちょっとした情報を入手した。陰陽殿では近日中に太四老の御方々が召集され、重要な会議が開かれるという。会議は数日間に及ぶらしく、期間中は太四老たちは陰陽殿に終日詰めた状態になるそうだ。
それを耳にした御当主様は、これはまたとないチャンスだと思った。辰伶と螢惑の武術の師は、それぞれ太四老の吹雪と遊庵だ。師がカンヅメ中は稽古が休みになるに違いない。辰伶も螢惑もがんばりやさん(※評価者=御当主様)だから、自主的な鍛錬は怠らないだろうが、それでも普段よりもぐんと自由時間が多くなる筈だ。
一方で、御当主様も最近は忙しさが和らいでいる。頑張れば少しくらいはまとまった休暇が取れそうだ。そう目算を立てた御当主様は、俄然、頑張った。頑張って重要な仕事を片付けて、さして重要でない仕事も念のために片付けて、全く重要でない仕事もダメ押しで片付けて、ついには、何とか3日間の休暇を捻り出したのだ。
頑張りすぎて頭も体もへろへろぱーになったが、御当主様は満たされていた。明日からの休暇を愛する息子達とどう過ごそうか。小旅行なんていいかもしれない。ほら、『可愛い子には旅をさせろ』というじゃないか…
明らかに用法を違えていることは流すとして、とにかく期待と興奮で御当主様は一睡もできずに夜明けを迎えた。でも大丈夫。だって、親バカだもの。
早速、御当主様は人を遣って息子達を部屋へ呼んだ。習慣として毎朝定刻に御当主様の部屋に挨拶に来ることになっているが、今日はそれよりもずっと早い時刻なので、辰伶も螢惑も眠そうにして来るだろう。今ごろは慌てて身支度をしているかもしれない。
息子たちのいとけない様子を想像して御当主様が頬の線を緩ませていると、襖の向こうから耳がとろけそうな可愛らしい声がした。
「父上、辰伶と螢惑です」
予想よりも早くて、御当主様は少し不意を突かれた格好になった。居住まいを正して返事をする。
「入りなさい」
静々と滑るように襖が開く。行儀良く座した辰伶と、その隣には螢惑が所在無げに座っていた。「失礼します」と一礼し、辰伶は入室して父親の前に畏まって座った。螢惑も後について入室し、ピシャンと襖を閉め、辰伶の隣にドカッと(天使の外見に似合わず雄々しく)座った。
「父上、お早うございます」
「…オハヨ」
辰伶は礼儀正しく、螢惑は面倒くさそうに挨拶をした。対極だがどちらもすこぶる愛らしい。兄弟といっても2人は異母兄弟で、それぞれ母親が違う。
兄の方の辰伶は銀色の髪をいつも後ろで1つに纏めてお団子に結っている。折り目正しく、物怖じしない性格で、誰に対しても真っ直ぐに相対し、まるで花が咲いたように愛らしく微笑む。根っから疑うことがないので、他人の言うことを直ぐに鵜呑みにしてしまうところが少々危なっかしいが、大きく澄んだ瞳の美しい、素直な子供だ。
弟である螢惑は金色の髪で、2本に編まれたお下げがやっぱり可愛らしい。整った顔立ちとぼんやりとした風情に惑わされる者が多いが、その気性は炎のように激しく、言葉は少ないが確固たる意思と見識を持っている。幼少の時期を寂しい境遇で過ごした為か表情が乏しく、兄と同じ色の瞳には、兄には無い翳りが見え隠れする。ミステリアスな情感を漂わせた、少々子供らしからぬ子供だ。
金色の瞳を除けば、容姿も性格も全く似通ったところが無い。しかしとても仲の良い兄弟だ。一対と言って良いほどに、2人並べばパーフェクト! 朝に夕に2人揃って挨拶されるたびに、御当主様は胸がキュンキュンしてしまう。
「お早う。今朝はいつもよりも早く呼んだから、慌てちゃったかな?」
「いいえ。今朝は私も螢惑も疾うに起きて着替えてありましたから、御心配には及びません」
にっこりキッパリと辰伶は言った。よく見れば辰伶も螢惑も外出着を着ている。色違いのお揃いだ。だから今日はいつもに増して可愛いのだと、御当主様は得心がいった。
それにしても外出着とは。2人のその出で立ちに御当主様はハッとした。もしや父の3連休を早くも聞きつけて「遊びに連れてってv」とおねだりするつもりなのでは…
危うく泣きそうになってしまった。まずその優れた情報収集能力に、なんて優秀な息子たちだろうと感心してしまった。それから、息子たちも自分と同じ気持ちだったのかと、親子の絆に感動してしまった。そして、「普段よりも早起きまでして、そんなにもパパとお出かけしたかったのか」と、すっかりそうと思い込んだ御当主様は感激の余りに昇天しかけてしまった。
よし、ここは息子たちが言い出す前に、こちらから旅行の計画を明かしてびっくりさせてやることにした。直後に見られるであろう、息子たちの輝くような喜ぶ顔を脳裏に浮かべて、御当主様は言った。
「実はね、パパは今日から3日間、お仕事がお休みなんだよ」
「それはよろしゅうございました」
「ちょうど辰伶も螢惑も稽古はお休みだろう。折角だから3人で旅行に行こう!」
「ダメです」(さっくり)
御当主様の時間が止まった。どうしてだろう。辰伶の可愛らしい唇から発せられた音声が、意味の或る言語として形を成そうとしない。
「…えっと…辰伶、一緒に旅行…」
「折角のお休みですから、どうぞゆるりとお過しになって、日頃の疲れを癒して下さい」
断られたという事実を、御当主様はようやく受け入れることができた。思わず涙腺がホロリと緩んでしまう。なんと労わりと愛情に満ちたことを言ってくれるのだろう。辰伶の優しさに感動して、御当主様は胸が一杯だ。
「パパの心配をしてくれるんだね。でもね、パパは辰伶と螢惑と一緒に遊ぶ方が、休んでいるよりもずっと癒されて、ずっと元気になれるんだよ」
「そうなんですか? でも、今日はダメです。約束がありますから」
「え…?」
「狂と遊ぶ約束をしています」
「……螢惑も?」
動揺しながら視線を辰伶から螢惑に移す。目が合うと、螢惑は無言で頷いた。
「狂というと…村正様が目をかけていらっしゃるという…」
「とても強くて、それに紅色の瞳が宝石のように綺麗なんです」
キラキラと瞳を輝かせて、辰伶は狂という子供について語った。太四老の長である村正が目をかけているくらいだから、有望な子供なのだろう。
しかしその子供はいつの頃からか壬生の郷に現れたか誰も知らないという、素性どころか全く得体の知れない存在だと、御当主様は噂を聞いていた。辰伶が褒め称える紅色の瞳も、不吉な鬼の目だと言うではないか。
《鬼目の狂》
それがその子供の通り名だ。
「辰伶!」
突然の怒号に辰伶はビクリと体を震わせて硬直した。
「そんな子と遊んじゃいけません!!」
憤慨のあまり御当主様は、つい大声をあげてしまった。家族でお出かけよりも、そんな子供と遊ぶ方を優先させるなんて、辰伶はその子供に誑かされているに違いない。由々しきことだと、御当主様はすっかり頭に血を上らせた。それはもう湯気までたちそうな勢いだ。
怒鳴られたショックで辰伶は瞳を大きく見開いて呆然としていた。その瞳がうるうると熱っぽい潤みを帯びる。途端に御当主様は頭が冷えて、オロオロとうろたえた。
「あ、辰伶…」
泣いちゃうかもと思いきや、辰伶の眉はキリキリッと吊り上がった。
「パパなんか大っ嫌い!」
大音量で叫んだ辰伶は御当主様の部屋を飛び出して行ってしまった。引き止めようとしたのか、半ば伸ばされた御当主様の右手が虚しく宙を掻いた。
さて、これまで傍観していた螢惑だが、実は予想外の展開に呆気に取られていた。何しろ子供に甘い父親と、親に従順な異母兄だ。父親が辰伶を怒鳴りつけるのも、辰伶が父親を面と向かって非難するのも、珍しいどころか初めて見る姿だった。これは自分が何とかしなきゃいけないのかなあ…と、とても消極的ではあるが珍しく使命感らしきものを持った。
まずは父親の様子を伺ってみた。すっかり魂が抜けてしまったような顔で全身を戦慄かせている。再起不能か。とりあえず声をかけてみる。
「ねえ…」
「あ、ああ…螢惑……」
螢惑の呼びかけに、御当主様は正気を取り戻した。
「……辰伶が……辰伶がパパのこと………」
嫌いと言われたことが相当応えたのか。御当主様の両目から堰を切ったように涙が流れた。こんなことで父親が泣くなんて、螢惑には全く予想通りの展開だ。だから驚きはしない。しかし何だか説明のつかない迫力に押されて身が竦んでしまった。そしてその直後のことは全然予想外だった。
「『パパ』って呼んでくれたよ〜〜」
q(≧∇≦*)(*≧∇≦)p
理解不能な、しかし紛れもない歓喜の絶叫である。何が何だか分からない…
「…嫌いって言われたのはいいの?」
「辰伶が本気でパパのことを嫌う筈がないじゃないか!」
だめだこいつ。早くなんとかしないと。
「涙ぐみながら頬を上気させて、愛くるしいお口をちょっと尖らせて『パパなんて大嫌い』って、父親だったら一度は言われてみたいよねえ。こういうシチュエーションに憧れてたんだよ〜〜〜〜」
拗ねた辰伶はマジカワ!だったから、御当主様のその主張は分からなくもないが……螢惑は理解したくなかった。理解するには人として大事な物を失う覚悟が必要だ。これはもう放って置いてもいいかもしれないと、螢惑は思った。
ふと見ると、御当主様の瞳が餌をねだるワンコのように期待がましく輝いて、螢惑を視凝めているではないか。何だか怖い。背中に冷たい汗が伝う。
「螢惑も…ちょっと言ってみてくれないかな?」
…脱力してしまった。疲労感さえ感じる。…ねえ、もう放置していい…?
「…………バカオヤジウザイ」(棒読み)
「チョー萌ェェェエエ〜〜〜〜!!」(鼻血)
放置した。
大好きな友達の事を、まさか父親があんな風に言うなんて。家を飛び出した辰伶は闇雲に道を走っていた。
狂は辰伶にとって初めて出来た同年代の友達である。太四老の長である村正の秘蔵っ子と噂され、一族の中でも特別視されている子供だ。辰伶が以前に通っていた学校でも、狂は周囲に溶け込まず、いつも独りで居た。しかし所謂いじめられっ子ではなく、子供達は彼を漠然と畏怖し、近寄らず、近寄れないでいたのだ。
辰伶は他の子供達と違って、狂を全く恐れなかった。鬼の目と忌まれる紅い目も、むしろとても綺麗で魅力的だと思っている。彼と友達になれたらどんなに素敵だろう。そう思って果敢にアタックを繰り返すと、狂も辰伶の接近を無言のまま許してくれた。狂は螢惑以上に無口なので言葉で友情を確かめたことはなかったが、彼が自分を認めてくれていることは感じられるので、それが友情の証だと辰伶は信じている。
大好きで、大事な友達だ。それを父親から頭ごなしに全否定されてショックだった。それも当然だ。自分が選んだ友達を否定されるのは、自身を否定されたのと同じなのだから。悲しくて、心が痛くて悲しくて、視界が涙で滲んでしまう。
無我夢中で駆けるあまり辰伶は、目前に現れた人影に気付かなかった。あっと声をあげた時には勢いそのままに衝突していた。相手は辰伶を避けながら支えようとしたらしいが、その動作が縺れて2人諸共に転んでしまった。
「……いったあ…」
「…ちゃんと前見ろよ…」
転んだ拍子でぶつけてしまったおでこさすりながら見ると、相手は狂だった。
「ごめん。ケガしなかった?」
「……別に」
「そう。良かった」
辰伶はニッコリ笑って立ち上がろうとした。途端に左の足首に痛みが走った。
「痛っ…捻っちゃったみたい」
「…立てねえのか?」
「軽いから大丈夫そう。うん、なんとか歩ける」
試しに歩いてそんなことを言ったが、ヒョコヒョコと片足を引きずりながら、本当に「なんとか」歩いているような状態だ。
「…しょうがねえな…」
見兼ねた狂は、辰伶の身体を横抱きにした。2人は同じ位の背格好なので、酷くバランスが悪かったが、しかし狂はふらつくこともなく悠々と歩き出した。狂の首にしがみ付きながら、辰伶は慌てた。
「きょ、狂、自分で歩くからっ」
「暴れるんじゃねえ。落すぞ」
「でも…」
「冷せばマシになるだろ。水場まで大人しくしてろ」
辰伶はコクンと頷き、しっかりと狂に掴まった。
※ほた辰です(大汗)
父親に対して珍しく抱いた仏心だったが、所詮は俄か物だったのだ。あっという間に底をつき、螢惑は父親を見捨てて辰伶を追った。最初からこうすれば良かったと思う。そもそも螢惑は辰伶以外に興味は無い。眼中に入れる気も無い。
それにしても辰伶は何処へ行ってしまったのだろう。とりあえず、狂と約束した待ち合わせの場所に行ってみる。まあ、カンだ。
「…的中」
言いたくないが「兄弟パワー」だろうか。螢惑としては余り「兄弟」に力を入れたくない。やはりここは「愛の絆」と念押ししたいところだが、それにしても…と螢惑は訝る。あれに見えるは愛しの異母兄にして未来の嫁(予定)である辰伶だが、凄い勢いで水龍に乗って驀進して来るのは何故だろう…
「辰…」
「螢惑ーっ!」
疾風の速さで抱きつかれ、気付くと螢惑は水龍の背の上だった。周りの景色がどんどん飛び去っていく。
「ええと…誘拐?」
螢惑の首にかじり付いたまま辰伶は離れようとしない。何があったのか知らないが、とにかく宥めなくてはと、螢惑は抱き締めた辰伶の背中をポンポンと優しく叩いた。
「ねえ、どうしたの? 何かあったの?」
「……」
「ええと……このまま愛の逃避行する?」
「……」
「いいけどさ、もうちょっと安全運転してくれないかなあ。酔いそうなんだけど…」
「……」
「…『さらに大型台風の到来とクラスメイトの訪問も重なり、大パニックの夜が始まる。だが全ては新たな敵への序章でしかなかった』…」
「……」
螢惑が何を言っても、辰伶は何も話そうとしない。このままでは埒が明かないと、螢惑は禁忌技を使う決心をした。この手だけは絶対に絶対に使いたくなかったのだが…
「たった1人の兄弟なのに話してくれないの?オニイチャン」(棒読み)
途端に急ブレーキが掛かって、爆走する水龍がようやく止まった。慣性の法則に従って前方に吹っ飛びそうになったが、壬生一族の超人的な身体能力で危うくもその難を逃れた。それにしても禁忌技の効果は絶大だった。反動で螢惑が精神的にダメージ(主に自己嫌悪)を受けていることは、本人以外の誰も知らない。心の傷を隠して螢惑は辰伶に問いかけた。
「何があったの?」
「狂に……狂に……」
辰伶の瞳がうるるっと潤んだ。
「狂に嫌われちゃったーっ!」
「…………ハァ?」
わんわん泣き出した異母兄に少し引き気味になりながら、螢惑は不思議に思った。螢惑の見るところ、狂も辰伶に好意を抱いている。恋敵になるかもしれないと、密かに危惧しているほどだ。狂が辰伶を嫌いになる要素が解からない。
恐らく辰伶は何か勘違いしているのではないだろうかと、螢惑は推測した。独りで思い込んで激しく暴走するのは辰伶の悪い癖だ。
さて、どうしたものか。狂と辰伶が仲違いしたなら、螢惑としては好都合ではある。しかしこんな風に辰伶が大泣きするのが、狂の為だというのも面白くない。
「何をして嫌われたの?」
「あのね…」
事の経緯を辰伶は啜り上げながら話し出した。泣きながら走っていたら狂にぶつかってしまったこと。その時に足を挫いてしまったこと。狂が水場に連れて行って冷してくれたこと。泣いていた理由を聞かれたこと。そして、
「狂と遊んじゃダメだって、父上に言われたことを話したの。そうしたら狂が『てめえは父親に命令されて人と付き合うのかよ』って」
軽蔑されたと、辰伶は項垂れた。
「それで、狂のところから逃げ出してきたんだ。足を挫いてるから水龍に乗って」
辰伶は小さく頷き、また涙をこぼした。やはりこれは放っておけない。螢惑は大きく溜息をついた。
遊庵の妹である庵奈に辰伶の怪我を頼み、螢惑は狂を探した。すぐに見つかった。狂は辰伶と分かれた水場の程近くに生い茂る大樹に凭れて眠っていた。螢惑が近づくと、声をかけるまでもなく目を開けた。
「辰伶のこと、嫌いになった?」
前置き無しに切り出したが、狂にはそれで通じる。
「…いいや」
「やっぱり辰伶の早とちりか…」
「…何か言ってたか…?」
「嫌われたーとか、軽蔑されたーとか」
「フン…」
螢惑は驚いた。今、微かにだが狂が笑ったのだ。表情と言葉が乏しい彼には本当に珍しいことだ。それは自分にも当てはまるのだが、螢惑にその自覚は無い。
「何が可笑しいの?」
「てめえが珍しいことしてやがるからな」
「珍しい?」
「お節介なんて柄じゃねえくせに。アイツが絡むと別か?」
話の流れからアイツというのは勿論、辰伶のことだ。
「そうだよ。辰伶は特別。俺は辰伶が好きだから、泣かせたままにしない」
「……」
「ああ、でも、狂と辰伶の仲を取り持つ気は無いよ。辰伶は俺と結婚するんだからね」
「…何だと…?」
鬼の目と恐れられている狂の真紅の双眸が、ギロリと螢惑を睨んだ。気の強い者でも逃げ出したくなる迫力だが、螢惑は平然と見返す。
「だから、辰伶は俺の嫁だってば」
「………………男だぞ」
「知ってるよ。血の繋がった兄弟だってのも、承知の上だし」
「……」
「……」
狂が黙り込んだので、螢惑も暫し口を閉じた。辰伶の為なら狂と争うことも厭わないつもりだったが、何だか想像していたのと微妙に方向が違う。
「……狂って、男だとかそういうこと、余り拘らないかと思ってた…」
「男じゃ駄目だ」
キッパリ断言する。
「男は乳がでかくならねえだろ」
「……狂の拘りって、そこ?」
無言で頷いた。堂々たる態度。漢だ。
「ええと……巨乳好き?」
再度無言で肯定する。揺るぎない信念。真の漢だ。
「胸が膨らまないから対象外? じゃあ、辰伶が豊胸手術したら?」
「ニセ乳に用はねえ」
「本物志向なんだ」
狂の信念の固さに、螢惑は半ば呑まれていた。面白い奴だと、初めて辰伶以外の人物に興味を持った。
迎えに行くと、辰伶は普通に歩けるようになっていた。庵奈が診療所に連れて行ってくれたのだ。壬生の高度な医術のお陰ですっかり治癒している。礼を言って庵家を辞した。
螢惑と辰伶は並んで家路を歩いた。仲良く手を繋いで歩く兄弟の愛らしさに、すれ違う通行人たちは微笑みを浮かべる。一対の人形のようだと囁く声もある。
「辰伶のこと嫌ってなんかいないって、狂が言ってた」
「……本当?」
「狂の言い方も誤解され易いんだよ。あのね、『父親に命令されて付き合うのか』っていうのは、父親の言い成りに友達を選ぶならそれまでだけど、辰伶の意思で狂と仲良くしたいなら、狂は辰伶の父親が言ったことなんて気にしないってことなんだよ」
「そうか……そうなんだね。父上が何と言おうとも関係ない。僕の友達は僕の意思で選ばなきゃね」
家に帰ると、今朝の出来事などすっかり忘れたかのように上機嫌な父親が2人を迎えた。いや、忘れてはいないのだ。寧ろ忘れていないからこそ、この浮かれようなのだ。辰伶に『パパ』と呼んで貰えたことが嬉しすぎて脳がルンルンしている。軽く見積もっても半月はこの調子だろう。
父親の前に進み出た辰伶は、少し緊張した面持ちで宣言した。
「父上、狂は私の大切な友達です」
上機嫌な御当主様は、ニッコリ笑って言った。
「そうか。じゃあ、今度家に連れて来なさい」
気負っていただけに拍子抜けした辰伶はポカンとしてしまった。そして遅まきながら笑顔で「はい」と返事した。
一方、螢惑は大層複雑な心境に陥っていた。何だろう、この『親に恋人を紹介する』ようなノリは。
「狂にその気が無いのが判ったからいいけど、何だかなあ…」
おわり
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