+・+ 親バカシリーズ +・+
タイムカプセル
その日は御当主様の御友人の結婚式で、披露宴とそれに続く二次会に招待されていた。二次会ではビンゴ大会の余興があり、御当主様は見事に3等賞品を当てた。賞品を受け取りに行くと、幹事の男が御当主様に、そろそろ再婚の話はないのかと軽いノリで尋ねた。無明歳刑流本家の御当主様は、妻も妾も亡くし、現在は息子2人と慎ましやかに(※屋敷には大勢の使用人がいますが、それは数に入りません)暮らしていた。
少々不躾な質問に対して御当主様は、自分には素晴らしい宝物が2人もいるから十分であり、少なくとも今のところ再婚など全く考えていないというようなことを答えた。それをどう取ったか知らぬが、幹事の男は『もっと人生を楽しめよ』と、意味ありげに3等の賞品を手渡したのだった。
帰宅した御当主様は、彼の最高の宝物である愛息2人に出迎えられた。兄の辰伶は居住まいを正し、『父上、お帰りなさいませv』と丁寧にお辞儀をした。『v』は御当主様による後付けパーツだが、無理も無い。辰伶は誰の目からも愛くるしい子供で、息子を愛してやまない御当主様には、息子の言葉1つ、仕草1つに『v』が視えてしまうのだ。
一方、弟の螢惑は辰伶の隣に座り、如何にも面倒くさそうに大欠伸で迎えた。父親の帰宅など螢惑には全く関心のないことだ。ただ、大好きな異母兄の辰伶と一緒に居たいだけである。そんなこととは露知らず御当主様は『眠気を押してまで出迎えをしてくれるなんて、本当にいじらしい子だ』と、感激していた。
「ただいま。辰伶、螢惑、パパが居なくて寂しかったかい?」
「いいえ。螢惑が一緒でしたから、全然寂しくなかったです」(←バカ正直)
「俺も。辰伶が居ればいいから」(←本心)
ああ、父親に心配かけまいと、そんな強がりを言うなんて。なんて優しくて可愛い子供達だろう。これで「パパ」と呼んでくれさえすれば完璧なのに…と御当主様は思った。親バカ街道まっしぐら。それが壬生一族にあって名門中の名門、無明歳刑流本家の御当主様の真の姿だ。
「そうだ。パパはね、ビンゴゲームで3番だったんだよ」
思い出したとばかりに御当主様は派手な包装をされた3等賞品を取り出して、息子たちの前に置いた。
「中身は何だろうね。開けてごらん」
「私達が開けて良いのですか?」
「お土産代わりだ。お前達にあげるから、仲良く開けなさい」
「ありがとうございます。螢惑、父上がそう言って下さったから、開けてごらんよ」
「辰伶が開ければ」(←興味ない)
「僕はお兄ちゃんだから、螢惑に開けさせてあげるよ」
「……」(←めんどくさい)
彼らの好意の押し付けに少々辟易したが、父親ぶりたい父親と、お兄ちゃんぶりたい兄の為に、螢惑は溜息をつくことを我慢した。しょうがない、これも家族サービスだ。螢惑はガサゴソと音を立てて包みを開けていく。ふと顔を上げると、父親と異母兄の期待に満ちた視線が螢惑の手元をに注がれていた。だったら自分で開ければいいのにと内心あきれ返り、今度は溜息を我慢できなかった。
派手な色の包装紙の中から現れたのは缶詰だった。何の変哲も無い果物の缶詰…ではない。防災用品でもなく、これは…あれだ。中にアダルトグッズが入っているというアレな缶詰だ。
「そ、それは…!」
御当主様は大いに焦った。誰だ、ゲームの賞品にこんな物を仕込んだのは。こんな物を目にしたら、純真無垢な息子達が穢れてしまう!慌てて螢惑の手から缶を取り上げた。
「あっ、父上」
急変した父親に、辰伶は驚きに目を瞠った。
「父上、どうしてお土産を螢惑から取り上げてしまうんですか」
非難がましくも愛らしいつぶらな瞳が、御当主様を責め苛む。ああ、そんな目で見ないでおくれ。元から大きな目が益々大きくなって本当に可愛らしい…じゃなくて。御当主様はどうにも緩みがちな顔面の筋肉と頭の螺子を締めた。
「辰伶、これには深い訳が…」
「どんな理由があろうとも、一度はあげると言ったものを取り上げるなんて酷いです」
辰伶の言葉に、御当主様はショックを受けた。辰伶の言い分は尤もだ。しかしこの缶の中身を幼い子供たちに見せる訳にはいかないのだ。ああ、このまま言い訳もできずに、愛する子供たちに嫌われてしまうのか…。暗黒の色をした絶望の渦が、御当主様を呑み込もうとしたその時、一条の光のごとき声がそれを救った。
「埋めるんでしょ?」
困りきった御当主様に助け舟を出したのは螢惑だった。
「これは開けちゃだめな物だから。庭に埋めるの。…そうでしょ?」
螢惑に相槌を求められて、御当主様は我に返った。
「そ、そうなんだ。これはそういうものだ」
そう聞くと、辰伶は深々と頭を下げて父に謝罪した。
「そうだったんですか。父上、申し訳ありません。弟の螢惑さえも知っているというのに、私は勉強不足でした。恥ずかしいです」
「ああっ、そんな謝らずとも」
可哀相に…お前が恥じることなどないんだよ。御当主様は心の中でそっと涙を拭った。こんないかがわしい物のことなど、心清らかなお前が知るはずは無いと、そう伝えてやれぬのが不憫でならない。
「辰伶、恥ずかしがることなんて全然無いよ」
螢惑は慰めるように辰伶の頭を撫でた。父親の窮状を救い、今また兄を気づかう螢惑の優しさに、御当主様は胸を突かれた。
庭の一角。螢惑は何処から見つけてきたのか大きな石を運んでいた。
「螢惑、それは何?」
「目印」
缶が埋められて、まだ土の色も湿って新しいその場所に、螢惑は石を置いた。
「掘り返すときに、埋めた場所が解からなくならないように」
「え?掘り返すって……開けちゃいけない缶なんでしょ」
「今はね」
石を前にしてしゃがみ込む螢惑の背中に、辰伶は疑問の視線を注ぐ。
「この缶の中のオモチャはね、10年経ったら遊べるようになるんだよ」
「そうだったんだ。だから埋めておくんだね」
螢惑は窺うように辰伶を振り仰ぎ、おずおずと尋ねた。
「10年後に…中のオモチャで一緒に遊んでくれる?」
その頼りなげな仕草に、辰伶のお兄ちゃん心は瞬間的に沸騰した。
「いいよ。一緒に遊ぼう」
「きっとだよ。約束だからね」
「約束するよ。10年後が楽しみだね」
10年どころか、死ぬまで兄弟仲良くしよう。辰伶は全開の笑みで螢惑に応えた。その笑顔を見て、螢惑は小さく後悔した。
「…5年後って言えば良かった」
おわり
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