+・+ 末期の部屋 +・+
愛と復讐の守銭道
※辰伶とゆやが兄妹という設定の現代パラレル
とうとう辰伶は痺れをきらせた。
「遅いっ」
時計の針は20時50分を指している。妹のゆやが未だ帰宅しないことに、辰伶は不安と苛立ちを募らせていた。普段の帰宅時刻の20時40分ですら、高校生には相応しくないと常々言っているのに、それを10分も過ぎてしまっている。
「遅すぎる。もうすぐ9時だぞ。いったい何をしているんだ。だから反対だと言ったんだ。アルバイトなんて…」
玄関の様子を見に行こうと、辰伶は立ち上がった。それを、傍らのソファで寝そべっていた螢惑が見上げて言った。
「いいじゃない、アルバイトくらい。社会勉強にもなるんじゃないの?」
「そうは言っても、良い影響ばかりとは思えん」
「悪い遊びに嵌るような娘じゃないし。そんなに心配することないと思うけど」
「夜中にフラフラ遊びまわるような思慮の浅い娘じゃないからこそ、心配なんじゃないか。いつもならとっくに帰っている時間だぞ。事件や事故に巻き込まれていたらどうする」
辰伶の言葉に一理あることを、螢惑も認めた。
「だったらケータイに連絡してみれば」
「そうだな」
螢惑の勧めに従って、辰伶は携帯電話を取り出した。
「やっぱりさ…」
「ん?」
携帯電話の画面に見入っている辰伶の横顔を見ながら、螢惑は深い意味も無く言った。
「本当の兄妹だと違うのかな?」
「何がだ」
「やりたいことは自己責任でやればいいって、俺は思うんだよね。辰伶は過保護なんじゃないのって思うけど、でも、俺がこんな風に突き放した考え方するのは、所詮他人事だからかもね」
操作の手を途中で止めて、辰伶は螢惑を視凝めた。
「他人だなんて、俺たちは…」
「確かに、辰伶とは他人じゃないね」
艶めいた仕草で下唇を舐める。螢惑の瞳に宿った危険な光に、辰伶は気付かなかった。
「うわっ」
螢惑に腕を引かれて、辰伶は彼の上に覆い被さる体勢で倒れこんだ。弾みで手から放れた携帯電話が、絨毯敷きの床に転がる。身を起こして拾おうにも、螢惑の腕がガッチリと背中に回されている。
「ふざけている場合じゃないだろう。ゆやに電話を……おい、この手を放せ」
「ヤだ」
「嫌だって、どういうつもり……ア…ッ」
指で背筋を撫でられ、辰伶は声をあげて身を捩った。
「悪ふざけはやめろと言っているだろう。あっ、コラッ」
「ゴメン。本気になっちゃった」
「え…?」
突然天地が逆になった。気がつくと辰伶は螢惑の身体の下に敷きこまれ、ますます身動きできない状態になっていた。
「辰伶が可愛い声出すから」
「バカ!やめろっ。こんなことしてる場合じゃ…あ…ん」
「そんなこと言って、抵抗に力が入ってないし」
「………バカ…」
流されるままに、辰伶は螢惑の背に腕を回し、キスをねだる。ソファの狭さも気にせず、2人は恋人同士に相応しい営みに没頭しだした。
「…辰伶…少し足緩めて…」
「……だめだ…これ以上は……ゆやが帰ってきたら…」
「ただいま……って、何してんのよ!」
「うわあああああああ!!!」
我を忘れてニャンニャンしていたところに声をかけられ、取り乱した辰伶は、自分の体の上から螢惑を押し除け、ソファから突き落とした。
「ゆゆゆゆやっ、いつ帰って…」
居間に入室しようとしていたゆやは、目の前の状況を把握するや否や、慌てて引き返してドアを閉めた。
『こんなところで何してるの。お客様がいるから、早く服装を直してよ』
「きゃ、客?」
言われるまでも無く乱れた着衣を整えながら、ドアの向こう側の様子を耳で窺う。可哀相にゆやは困りきった声で、必死に場を取り繕っていた。
『ちょっと居間が空いてなかったから、私の部屋に案内するわ。ちょっと散らかってるけど…』
『…構わなねえよ…』
ゆやに答えたのは若い男の声で、辰伶の記憶に無い。辰伶の知らない人物だ。それを耳にした辰伶は、ドアを壊しそうな勢いで開け放ち、鋭く制止を叫んだ。
「待て、ゆや。若い娘が、素性も知れん男を部屋に招き入れるなんて非常識だぞ。間違いでもあったら、いや、間違いがなくとも、世間から誤解されて、あらぬ噂をたてられたらどうする」
ゆやは大きな溜息を吐きながらガックリと項垂れた。
「…正論だけど、今だけは辰伶兄様から常識を語られたくないわ」
乾いた声で指摘され、先程心ならずも披露してしまった情人との痴態を思い出し、辰伶は言葉に詰まった。辰伶の上から投げ落されたまま床に座り込んでいる螢惑も、うんうんと頷いている。
「それに『素性も知れない』呼ばわりは失礼よ。ちゃんと紹介するつもりだったのに、そんな状況じゃなくしたのは誰?」
ぐうの音も出ずに辰伶は、ゆやの背後に佇む男を見た。辰伶と同じ位の年頃の男で、ゆやよりも、いや、辰伶よりも背が高い。かなりの長身だ。初対面のはずだが、辰伶はその男に見覚えがあるような気がした。
「狂は私を助けて、それで怪我したの。だから手当てを…」
「キョウ?」
「助けた?」
ゆやのセリフの中で、辰伶と螢惑はそれぞれ違う部分に反応した。
「キョウ……狂か?」
男は口角を笑みの形に引き上げた。
「…久しぶりだな……辰伶…」
「狂!やっぱり狂なんだな!」
三人三様、いや、四人四様で驚いていた。辰伶は旧知との思いがけない再会に。螢惑とゆやは、2人が知り合いだったことに。そして狂という男も、一見してそうとは知れないが、充分に驚いていた。
「ええと…辰伶たちはどういう関係なの?」
何か感ずるものがあったのか、わざとらしく辰伶の腰を抱いて、螢惑は2人の関係を問い質した。牽制するような、鋭い眼光で狂を射る。しかし狂はそれに臆することなく、むしろ挑発するように笑みを刷く。緊迫したこの場の空気を、唯1人、辰伶だけが読めていない。
「同級生で幼馴染みだ。小学生の頃まで、近所に住んでいたんだ。狂が転校してしまって以来だから、何年振りだ?」
「…てめえがこの女の兄貴だとはな…そっちは何だ?」
狂の指す『そっち』とは螢惑のことだ。
「螢惑も俺の弟だ」
その答えに、狂は怪訝そうな顔をした。年の離れたゆやは、自分が引っ越した後に生まれたのだろうと想像できる。しかし、極めて年が近いと見える螢惑の存在を知らなかったのは、彼には不審なのだろう。辰伶はそう察して、説明に補足を加えた。
「螢惑は、俺とゆやとは母親が違う。異母兄弟なんだ。一緒に暮らすようになったのは、中学に通いだした頃からだ」
「フン……その手は『ただの異母兄弟』には、見えねえぜ…」
「手?」
ゆうに一拍以上置いて、辰伶は自分の腰に回されている螢惑の手に気付いた。慌てて振り払うが、紅潮した頬は誤魔化せない。
「…そ、そういえば……ゆやが助けられたとか言っていたな。何があったんだ?ケガをしたとも聞いたが…」
「…大したことねえよ」
それだけしか言わない狂に代わって、ゆやが説明した。
「狂は私のバイト先の店長の知り合いなの。バイトの帰り道に変な人たちに絡まれたところを、偶々通り掛かった狂が助けてくれたの」
「変なのに絡まれただと!」
なるべくサラリと言ってみたのだが、ゆやのそんな努力のかいもなく、辰伶は軽く聞き流してはくれなかった。妹の危機的状況に鋭く反応し、心配性で過保護な兄の顔が一気に表出した。
「大丈夫か。何もされなかったか。だから反対だったんだ。高校生がこんな時間までバイトなんて。明るい道でも、暗がりが無いわけじゃないんだぞ。人通りが絶える瞬間もある。車に引き込まれでもしたら。家から近いと言うが、近頃は自宅の前で凶悪な犯罪に巻き込まれた例だってある。何かあってからでは遅いんだ。即刻、アルバイトなんて辞めろ。今すぐ辞めろ」
「や・め・ま・せ・ん」
ツンと外方を向く。怒涛のような小言も、ゆやにとってはいつものことなので、これしきで堪えたりはしない。螢惑も味方する。
「今すぐ辞めろってのは、ちょっとムチャじゃない?バイトにもバイトなりのセキニンってあると思うし」
「…貴様が責任とか言うか」
「それに、何も無かったからいいじゃない」
「偶々、狂が居合わせたからだろう。しかもケガまで…」
辰伶はハッと狂を振り返った。
「そうだ、ケガ! 狂、どこにケガしたんだ、見せろ。腕か、足か、頭には無いようだな」
「手の甲を切られたの」
「切られたって、相手は刃物を持っていたのか。ゆや、バイトを辞められんのなら、これからは終わったら連絡しろ。俺が迎えにいく」
「今はそんな話してる場合じゃないでしょ。狂の手当てしなきゃ」
「そうだったな。狂、見せろ」
「…大したことねえよ。てめえもその女も、そんな大げさに騒ぐモンじゃねえ」
「いいから見せろっ」
無理矢理に狂の手首を掴み、辰伶は強引にその甲を見た。
「血が出ているじゃないか。ゆや、救急箱」
「…ただの掠り傷だ」
「深くは無いが、掠り傷程度でもないだろう。完全に血が止まったわけでもないし、ばい菌が入ったらどうするんだ」
「フン、そんなの…」
ニヤリと笑うと、狂は辰伶の頤を捉えて少し上向かせた。
「てめえが舐めてくれりゃ、すぐに治るぜ…」
「……唾液に消毒の効果があるなんてのは迷信だぞ」
大真面目にそんなことを言う。そんな辰伶の背後で、螢惑とゆやはヒソヒソと囁き合う。
「…あれは全然、解かってないわね…」
「…俺としては、だから安心というか、むしろ心配っていうか…」
「…『心配』が正解。狂が相手じゃ危険なだけね…」
ここは1つ兄思いの自分が…と、ゆやはぐっと胸を張った。
「だめよ、掠り傷だからって甘く見ちゃ」
救急箱を盾にして、辰伶と狂の間に飛び込む。辰伶を背中に庇い、グイグイと救急箱を狂の胸に押し付けるようにして体を割り込ませた。
「さあさあ、私の部屋へ行きましょ」
そのまま居間の外まで押し出してしまうと、さっとドアを閉めた。鮮やかな手並みに、螢惑は口笛を吹いた。それでも未だに空気が読めていない奴がいる。
「あ、おい。若い娘が男と部屋で2人きりなんて…」
「……まだ言うか…」
その心配性は、どうして己の身に関しては全く発揮されないのか。恋人ということを差し引いても、螢惑にとっては、ゆやよりも辰伶の方が遥かに心配だ。
「大丈夫だよ。子供じゃないんだし」
「高校生なんて子供だ!」
この場合、子供でないから心配なのでは?
「あ、そうか」
「何が『そうか』だ」
「ナレーションに突っ込まれたから。あのさ、高校生だからダメって言うなら、中3の時にはシてた俺たちってどうなの?」
これ以上ないくらいに、辰伶の頬が赤く染まる。
「そっ……それはおまえがっ…」
「俺だけのせい?」
気がつけば、逃げようもなく螢惑の接近を許していた。意志の全てを螢惑の眼差しに呑まれてしまう。
「ねえ、俺だけのせいなの?」
耳元で低く囁く声が辰伶を支配する。螢惑の艶かしい指の動きに忽ち火をつけられ、辰伶の淫乱な体は快楽に委ねられた。押さえることを忘れた嬌声が、2人の情火を激しく燃え立たせ…
◇
◇
◇
「椎名ゆやーっ! 貴様ーっ!!」
壬生の郷全土に響くような怒りの咆哮を上げて、辰伶は椎名ゆやに詰め寄った。1冊の冊子を眼前に突きつける。
「何だこれはっ」
「BL同人誌。うちの新刊よ」
怒りの形相激しい辰伶を眼前にしても、聊かも動じることなくゆやはニッコリ微笑んだ。
「何か問題でも?」
「も、問題だとおっ!」
しれっと、しかしわざと辰伶を挑発するように、ゆやは嘯いた。それに乗せられて、辰伶はますます頭に血を上らせる。
「こんな破廉恥極まりない本など、大問題に決まってるだろう」
「ちゃんとR−18の表示はしてあるわよ」
「そ、そんなことを言っているんじゃない。何だ、この内容は。何故俺が、け…螢惑と……」
「それは3部作の予定なの。第1部は基本の螢惑×辰伶。第2部は流されて狂×辰伶。第3部は泥沼の3P本」
ビミョ〜に専門用語が混ざっているので完全には理解できないが、何となくいかがわしいものであることを、辰伶は感じ取った。
「他にも禁断の師弟本とか、バイオレンス・パワハラ本とか、まだまだ色々なカップリングがあるわよ」
「まさかそれらも…」
「当然。全部、主役(受)は辰伶さんよ」
「お、俺に何か恨みでもあるのかっ!」
キョトンと目を丸くして、ゆやは言った。
「あるわよ」
「……え?」
余りにもあっさりと肯定されて、辰伶は怒りの勢いを失って戸惑った。
「水龍の恨み、忘れたとは言わせないわよ。人を死にそうな目に遭わせておいて、貴方、未だにゴメンの一言だって無いじゃない」
「…………」
忘れていた。その後の太四老との戦い、壬生の崩壊、そして再建と大事続きで、椎名ゆやに水龍を挿入して命の刻限をつくって苦しめたことなど、辰伶はキレイサッパリスッキリキッパリ忘れてしまっていたのだ。
「…悪かった」
「今更、口の先だけで謝られてもね……誠意を見せて頂けませんか〜?」
「それはつまり…金か?」
「やっだ〜。そんなハッキリ言っちゃ。で、うちの本の在庫、いくらで買い取って頂けます? 言っときますけど、ゆやたんのファーストキスはお安くないわよ」
「…解った。貴様の言い値で買う」
「さすが無明歳刑流本家の辰伶さん。いよっ、太っ腹!!」
正義は勝つ。金が正義。正義は我にあり。かくして椎名ゆやの勝利宣言は、高らかと壬生の郷に木霊するのだった。
おわり
螢惑は読み終わった本を閉じた。それを見計らって、椎名ゆやは声をかけた。
「どう?今度の新刊は」
「……エロが無かった」
ふーっと、残念そうに溜息をついた。
「私、まだ高校生だもの。18歳未満が18禁書いちゃマズイでしょう」
「そうだけどさ…作中作の俺と辰伶のHがもっと読みたかったなあ。あれじゃ、欲求不満が残るだけ」
「そんなの本物の辰伶兄様で解消すればいいでしょ」
「……また辰伶と喧嘩したの?」
「いつものことよ。アルバイトはダメだって、頭が固いんだから」
なるほど。この本は、その鬱憤晴らしというわけか。辰伶が頑としてアルバイトを許さないので、ゆやは同人活動で小遣い稼ぎをしているのだ。
「作中作の部分の設定は殆ど実話だったね。俺たちの家族関係とか、俺と辰伶の関係とか。でもさ、自分の恋人まで巻き込んでいいの?しかも、こんな役」
作中の18禁同人誌に登場する狂というキャラクターは、ゆやの恋人だ。物語中は辰伶に気があるような素振りをしているが、現実ではそんなことは無い。この部分だけは完全なフィクションだ。
「大丈夫よ。狂はこんなもの読まないもの。読んだとしても別に気にしないわよ」
「もしくは辰伶をからかうネタにするか、だね」
「……別に、辰伶兄様が嫌いって訳じゃないのよ…」
ゆやは机に飾ってあるフォトスタンドの写真を眺めた。真ん中に幼いゆや。その両脇に学生ぐらいの男女。3人は仲良く手を繋いでいる。この2人の男女も、ゆやの兄と姉だ。ただし、義理の。
ゆやがまだ8才の頃、両親が突然の事故で亡くなり、以来、既に社会人だった兄の望のもと、姉の朔夜と3人で暮らしていた。やがて朔夜も看護婦となり、同級生で薬剤師の卵である恋人との結婚が決まった。その頃、海外赴任していた望も、妹の結婚式に出席する為に帰国してきた。思えばこの時が1番幸せだった。無事に式を終えて、望は再び外国へと飛んだ。その飛行機が墜落し、ゆやは両親に続いて、親代わりとも言える最愛の兄を失ったのだ。
兄の葬儀が終わった後、姉の朔夜と、その夫の京四郎との3人で、今後のことを話し合った。朔夜は結婚を機に新居へ移っていた。望が亡くなった今、ゆやもこれまでのアパートを出て夫婦の新居へ移るよう招かれた。望の代わりに、今度は朔夜と京四郎が、ゆやの保護者になると言ってくれたのだ。しかしゆやはそれを拒んだ。兄の思い出の残る、住み慣れたアパートに居たい。アルバイトでアパート代を稼いででも暮らしたい。そう言って、姉夫婦を困らせた。
その渦中に登場したのが、辰伶だった。人伝てに望の不幸を聞いて、式には間に合わなかったが焼香だけでもと訪ねてきたのだ。これが初対面だったが、彼が如何なる人物か、朔夜には心当たりがあるようだった。この時はまだ、ゆやは己の出生のことなど、何も知らなかった。
ゆやが姉夫婦の新居へ移る、移らないでもめていたのを、辰伶は耳にしてしまったそうだ。それについて提案があるからと、辰伶はゆやと2人だけで話すことを望んだので、近所の喫茶店に入った。そこで辰伶は、うちに来ないかと、ゆやに言ったのだ。
『姉夫婦の新婚生活を邪魔したくないとか、そんなことを考えているのだろう』
ズバリ指摘通りだった。結婚式を挙げて幾日も立たずに葬式で、姉夫婦は新婚にも関わらず2人きりでの生活を殆どできていない。それを気の毒に思っていたし、やっぱり結婚したばかりのこの時期は特別で、とても大事だと感じたのだ。
しかし、だからと言って、見ず知らずの他人の家に世話になる理由が無い。余りに突拍子もない話だ。ゆやの躊躇いも当然と、辰伶はこんな申し出をした理由を話した。曰く、辰伶とゆやは、実の兄妹なのだと。
『こんなことを話す予定は無かったのだが、今では君のお身内は朔夜さんだけになってしまったし、君も高校生だ。聞かせても大丈夫だと、勝手ながら判断させて頂いた上で話す。俺の両親の話になるが、俺が4つか5つ位の頃だったか、父に愛人の存在が発覚してな。それが原因で母は家を出てゆき、そのまま離婚した。それから数ヵ月後に、母は独りで子供を産んだ。それが君だ』
そしてその後、ゆやの母はゆやを連れて、望と朔夜の父と再婚したのだ。
『だから、俺と君は本当の兄妹だ。とは言え、そんなことを今更告げられても、ただ困惑するだけだろう。俺たちの父親もとうに他界しているし、無理に家族なんて思い込もうとする必要はない。ただ事実として知っていてくれればいい。そして、もし望むなら、うちに来るといい。君にはその権利がある』
姉の新しい生活を思って決心したものの、独りでアパートに残るのは、本当は心細かったし寂しかった。だから、辰伶の言葉が嬉しくて、その手をとった。
「…それが、こんな口煩い奴だったなんて…」
「しょうがないよ。それが辰伶だから。ゆやが来てくれたお陰で、こっちへの小言が半分になったから、俺にはラッキーだったけど」
「私も、こうして愚痴をきいてくれたり、味方してくれる人がいてくれて助かったわ」
辰伶の言った通り父親はいなかったが、その代わりとばかりに居たのがこの男、螢惑だ。彼は異母兄弟。つまり、両親の離婚の原因となった愛人の息子だ。螢惑も身寄りを無くして、辰伶に招かれたのだそうだ。ただし、2人は異母兄弟でありながら、あろう事か恋人同士で、要するに同棲生活を楽しんでいるだけだ。朔夜と京四郎の邪魔はしたくないと思ったが、こいつらは知ったことかと思えるから不思議だ。
不満がないわけではない。しかし、ここでの暮らしが嫌な訳でもない。辰伶が何か煩く小言を言うときは、目が少し望に似ている気がするから。
「でも、バイトは諦めないわよーっ!」
終わり
以前、辰伶とゆやが実の兄妹だったという夢を見ました。2人とも幼少期の姿で、何故か狂(成人)にやたら懐いて付き纏っていたという、ただそれだけの夢ですが。
そういえば、辰伶とゆやって髪型がちょっと似てますよね。2人が実の兄妹というネタで楽しんでいた時期がしばらくありました。その時に出来た幾つかのネタを全部つぎ込み、無理矢理1つに纏め上げたのが今回の小説です。ムチャしたなあと、我ながら思いますが、ネタを1つ1つ消化するのは無理だと判断しまして。ええ、精神的に。だって、辰伶とゆやが中心だと、ほたるの出番が少ないんだもん。ほたると辰伶がイチャイチャしてないと、書いててツマンナイんだもん。
+・+ 末期の部屋 +・+