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聖夜の贈物
息苦しさに辰伶が目を覚ますと、窮屈な袋の中に押し込められ、身動きできない状態だった。何故自分がこんな目にあっているのか、全く解らない。目を覚ます前の記憶を幾ら詳細に洗いなおしても、普段通りの何の変哲も無い就寝模様しか出てこない。
さてはどこかで何者かの恨みでも買ったか。徒に乱を好む性癖は無いが、己の信念を貫く為には敢えて争いも辞さない。辰伶のこのような気質が仇となり、不用意に敵を作ってしまうこともある。しかしそれなら幾らか心当たりがあろうものなのだが、今回は全く身に覚えが無かった。
このまま川にでも投げ込まれては堪らない。辰伶は袋からの脱出を試みた。水星晶の能力で、己の血から刀剣を作り出せば、事は容易いだろう。
その時、極至近距離で耳慣れた声がした。
「何?ここ、狭いんだけど…」
己の背中に密着してもう1人、一緒に袋に閉じ込められた人間がいたことを、辰伶は悟った。そしてその声は、辰伶の異母弟である螢惑のものに間違いなかった。
「おい、螢惑」
「え?辰伶の声がするけど……ひょっとして、後ろにいるの辰伶?」
どうやら2人は背中合わせの状態で押し込められているらしい。
「何故こんなことになっているんだ」
「…なんか俺の責任みたいな言い方。ムカツク…」
「悪かった。俺も状況が掴めていないんだ」
「…とにかく、出ない?」
「そうだな。とにかくここから…」
不意にグラリと身体が傾いだ。一瞬の浮遊感と直後に落下の衝撃を受け、2人は地に投げ出された。その衝撃で袋の口が開き、辰伶は中から這い出た。続いてほたるも顔を出した。
「何が起こったんだ」
周囲を見回すと、少し離れた先でソリがひっくり返っていた。遥か彼方にサンタクロースの格好をしたウサギが逃げていくのが見えた。
「何か落ちてるけど」
螢惑の言うとおり、辺りには何か荷物が散乱していた。自分達の他にも、こんなものが袋に詰められていたようだ。
「そういえばさ、今日って12月24日だったね」
「確かに24日だが、しかしまさか…」
状況を繋ぎ合わせ考えるに、これらの荷物はクリスマスプレゼントで、そこに転がっているソリはサンタクロースの乗り物という答えに行き着くのだが、辰伶はどうしても納得いかなかった。
「サンタクロースの存在なんて、石頭のお前には信じられない?」
「100歩譲っても、サンタクロースがウサギである時点でアウトだ」
「つまんない奴だね。お前だってウサギのくせに」
「どういう意味だ。俺のどこがウサギだ」
「えーと、襲いたくなるところとか」
時々、辰伶はこの異母弟が言っていることの意味が解らない。追究したところで、余計に理解できない論理展開になる。これまでの経験からそれが解っていたので、辰伶は相手にしないことにした。何気なく、傍に落ちていた荷物に目をやると、宛先が吹雪となっていた。己の師の名前を目にして、辰伶は思わずそれを拾い上げた。上着とマフラーのセットだ。
「カードが付いてるな。『メリークリスマス!壬生の神にも祝福を!!風邪ひかないで下さいね。』…なんと、吹雪様の御健康を気遣っての、心温まる素晴らしいプレゼントではないか。うむ、この辰伶、命に代えてもこのプレゼントは吹雪様にお届けしよう」
「…何で吹雪絡みだと、そんなに燃えるの?命に代えてとか本当にウザイ」
「ふん。貴様には解らんか。このプレゼントに込められた崇高な想いが」
「そんなの知らないよ。モッサリはモッサリだから冬でも温かいよ」
「確かに吹雪様のお人柄の温かさは、冬の寒さで損なわれるものではない」
「……俺、時々、辰伶の言ってることの意味が解らない」
「他にも大事な物があるかもしれん。螢惑、落ちている荷物やカードを拾い集めるぞ」
「…ふーっ…やれやれ…」
螢惑は大きく溜息をつき、不承々々ながら足元に落ちていたカードを拾い上げた。
「あ、俺宛てだ。えっと…『辰伶がいなくて寂しい時に是非。(笑)』って書いてある。何だろう…」
「近くに落ちているこれじゃないか?抱き枕だな」
「辰伶の代わりにする抱き枕……それって、○リエント工業製?」
「さあ、メーカーは判らんが…」
「ああ、まともに抱き枕だ」
「オ○エント工業製だと何かあるのか?品質が良いとか?」
「品質がいいっていえば、そうかもね。多分、世界最高水準なんじゃないかなあ。…あ、18才未満の人は、『オリ○ント工業』で検索しちゃダメだよ」
「…ちょっと待て。それは何のメーカーだ?」
それには螢惑は答えなかった。抱き枕をギュッと抱き締め、ポソリと言った。
「これ、ふかふかですごく良い感じ。寝心地良さそう。…でも、やっぱり、口煩くて、強情で、乱暴なのがいいなあ…」
「口煩くて乱暴?そんな抱き枕があるのか?あったとしても、そんなものでは、安眠できないのではないか?」
「別にいいよ。どうせ眠らせないから」
「???」
意味ありげに螢惑は笑ったが、それの意味するところが辰伶には解らなかった。しかし螢惑の示唆することに対して、兄である自分が満足に受け答えできないと思われたくなくて、気になりつつもそれ以上聞くことをやめた。
「螢惑、これも貴様宛てだ。カードが無いので、誰からか解らんが」
「あ、わさびだ。すごい。天城の3年ものだね。…あれ、辰伶。今、何か隠したでしょ」
「……何も隠しておらん」
「うそ。隠した」
不自然な動きをした辰伶の右腕を、螢惑は強引に捕まえた。そこにはもう1本わさびが握られていた。
「これも俺宛てだよね。ネコババ?辰伶もわさびが好きなの?」
「違うっ」
「ちゃんと言えば分けてあげるのに。…あれ、こっちにはカードが付いてる……」
カードに書かれた名前を1目見て、螢惑はもう1度辰伶を見た。
「隠すことないじゃない。ありがと」
「……」
もう一方のわさびは、辰伶が螢惑に贈ったものだった。面と向かって渡すのが恥ずかしかったのか、プレゼントの品が他人と一緒になってしまったのが癪だったのか、辰伶は決まり悪そうに視線を逸らした。
「メッセージは『身体壊すなよ』。…ホント、お前らしいよ」
「そっそれはだな、別にお前を気遣ってではなく、壬生の戦士である自覚を持って、いついかなる時でも体調管理を怠るなという戒めだ」
「…ふーん。壬生の為にね……じゃあ、お前もこれを食べて体調管理すれば」
辰伶の言葉に機嫌を悪くした螢惑は、そう言って辰伶に何かを投げて寄こした。咄嗟に辰伶が受け止めたそれは、人参だった。カードには一言『あげる』と書いてある。螢惑から辰伶へのクリスマスプレゼントだ。
「なっ…貴様…」
「人参って、栄養あるんだよね。壬生の戦士として、無視できない大事な野菜だよね」
「そ、その通りだ…」
「これ食べて、壬生の戦士の自覚を持ってね」
「あ、ああ……ありがたく貰っておく…」
人参嫌いの辰伶に対して、このクリスマスプレゼントはどう考えても嫌がらせ以外の何物でもないのだが、このように言われてしまっては怒ることも突き返すこともできない。それに『人参は嫌いだから食べられない』と言えるくらいなら、今日まで『辰伶』などやっていない。
「後は…あ、これも俺宛て。わさびケーキだ。『メリークリスマス!今まで確執があった分、二人っきりで兄弟の絆を深めてくださいね、ほたる!』……辰伶、クリスマスだし、一緒にわさびケーキ食べる?」
「わさびケーキ……気持ちだけで結構だ。それは貴様が貰ったものだしな」
「じゃあ、俺が独り占めだね。1ホール全部俺のもの。こういうのって、子供の時に1回は夢見るよね。スイカ丸ごと1個とか、お歳暮の高級ハムの塊を丸齧りとか」
「良かったな。夢が叶って」
今年はもう贈ってしまったが、来年から螢惑へのお歳暮はハムにしようと、辰伶は思った。何だかんだ言いつつ、この兄は異母弟に甘い。
「貴様宛てのプレゼントが多いな。…人気があるのだな」
兄として、弟が他人から好かれているのは嬉しいが、辰伶は少し落ち着かない気持ちになった。それは螢惑に対するやっかみではなく、自分のものを他人に盗られるという焦燥感からくるものだったが、辰伶にはその自覚は無い。
「辰伶にもあるよ。ほら」
螢惑からカードが渡された。少し虚ろな気持ちで、辰伶はそれに視線を落した。
『冬の夜を彩るイルミネーションの替わりに”ほたる”を贈ります。柔らかな”ほたる”の光りに照らされた中、貴方の”ほたる”と聖なる夜を!』
カードのメッセージを読んで、辰伶の頬は紅潮した。
「へえ、俺、辰伶に贈られちゃったんだ」
「お前と決まってないだろう。『柔らかな”ほたる”の光り』とあるから、虫の蛍かもしれん」
「冬に蛍がいるわけないじゃない。それに、見てよ」
螢惑は心持ち顎を上げて、自分の首を辰伶に晒して見せた。そこにはリボンが架けられ、結ばれていた。
「ね、プレゼントらしくリボンで飾られてるよ。そうか、俺もプレゼントだから、サンタクロースの袋に詰められてたんだ」
「すると、一緒に袋に入っていた俺も誰かへのプレゼントということになるが…」
「ええと、さっきのわさびケーキの人が、『辰伶とのふたりきりの時間』っていうのもくれてるから、それだね。辰伶は昔から俺のだから、今更なのにね」
「誰が貴様のものだ。いい加減なことを言うな」
「ひどいなあ。辰伶が言い出したことなのに…」
「何だと…」
デタラメを言うなと、辰伶が口を開きかけたところへ、螢惑の右の拳が突き出された。殴られるかと思いきや、辰伶の鼻先寸前で止まり、固く握られた拳は返されて、開かれた。そこには指輪が1つ載っていた。模造真珠の半分オモチャのような指輪だ。
「何年前のクリスマスだろうね。これ、覚えてる?」
初めは解らなかったが、螢惑の言葉で思い出した。思い出してしまった。子供の時分に犯してしまった暗黒の歴史。
「大きな木の下で、辰伶が俺にくれたんだよ。添えられてたカードのメッセージ、何度も読んだから暗記してるよ。『この指輪が』…」
「言うな!それ以上はやめろ!」
「『ぴったりのサイズになったら、辰伶、ほたるのおよめさんになるの。待っててね!』」
「うわーっ!」
辰伶は両手で両耳を塞いでしゃがみ込んだ。これ以上ない位、顔が真っ赤だ。
「この時から、辰伶は俺のものだったよ。ずっとね」
「……」
「ねえ、辰伶。ちょっとこれ見てよ」
無言で俯いたまま、小さな子供が嫌々をするように、辰伶は首を振った。
「さっきの人参は冗談だから。こっちが本当の…本気のクリスマスプレゼント」
辰伶は恐る恐る顔を上げた。そこには螢惑の真剣な眼差しがあった。渡されたカードのメッセージを読み、驚きの余り瞠目した辰伶は再び螢惑を見上げた。螢惑はそんな辰伶の左手を強引に掴み上げた。
「痛っ…!」
左手に齎された痛みは一瞬だったが、予告無しのことだったので、辰伶は思わず声を上げてしまった。見ると左手の薬指に指輪が填まっていた。ダイヤモンドが永遠の輝きを放っている。
「螢惑…これは…」
「俺の真剣な気持ち」
「こんな無理矢理……おい、外れないじゃないかっ」
「外すの?」
「だって、こんな…」
「辰伶は…外したいの?カードに書いたことは本気だよ。遊びとか、ふざけてじゃない」
辰伶の左手の薬指に填まった指輪を包み込むように、螢惑の右手が強く握り締めた。強い光を放つ螢惑の双眸が至近に迫り、辰伶は思わず両の目を閉じた。間を置かずに、唇が重ねられた。
『結婚しよう。』
クリスマスカードには、極短いメッセージが書き添えられていた。
おわり
クリスマス企画で、皆様からお寄せ頂いた御回答をもとに、こちらの小説を書かせて頂きました。愛しのKYOキャラへクリスマスプレゼントを贈った気分になろうという主旨の企画でしたが、楽しんで頂けましたでしょうか。参加して下さいました皆様、ありがとうございました。まだまだKYOへの愛へ邁進したいと思います。
辰伶:「貴様の言う『口煩くて、強情で、乱暴な』抱き枕というのは、もしや…」
螢惑:「気付くの遅過ぎなんだよ。何なの?このタイミング…」
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