Happy Valentine's Day


「辰伶、誕生日おめでとう。それからこれは、ゆ、友人として日頃の感謝の印であって、その、深い意味はっ」
「ありがとう、歳世」

 今年も歳世から誕生日プレゼントと共にチョコレートを貰った。俺の誕生日が世にいう聖ヴァレンタインデーだからである。

 歳世は俺が誤解するのを恐れてか、早口で何やら捲し立てたが、心配は無用だ。これが友情の義理チョコであることはちゃんと解っている。勿論、ホワイトデーにはきちんとお返しをする。友人として、感謝の気持ちを込めて。

 歳世は真面目だから、ふざけた気持ちではないだろう。しかし他の同級生や友人知人は面白半分にチョコレートを寄越してくる。男女関係無しに義理チョコの山だ。これにも一応お返しはするので大変だ。歳世への分は自分で選ぶが、他の奴らの分はまとめて母親に準備してもらう。正直やっていられない。

「辰伶」

 ややこしいヤツが来た。

「なんだ、螢惑」
「あげる」

 差し出された小さな箱。一見して中身はケーキだ。この男はいつもろくなことをしないのでつい警戒してしまったが、珍しくまっとうに誕生日を祝ってくれたのか。

「ありがとう」
「開けてみてよ」
「今、ここでか?」

 螢惑に促されるままに箱を開けてみた。中は直径10センチくらいのカボチャのタルトで中央に『Happy Hallowe'en』と書いてあった。

 どこから突っ込んでいいのか解らない。どううっかり間違えようともこの時期にハロウィン関係のものなど売っているはずはないから、これは螢惑がケーキ屋に指定して書かせたものだろう。それにしても、いかに螢惑といえども、ヴァレンタインデーとハロウィンを勘違いするなんてありえない。ならばこれは何か深い意味があるのか。嫌がらせとか…

「螢惑、これは何だ」
「見ての通りだよ。トリックオアトリート」
「は?」
「だから、お菓子くれなきゃ悪戯するよ。性的な意味で」
「性的な…って!」

 これがこいつのややこしいところだ。俺と螢惑は同性で、しかも異母兄弟なのに恋愛の対象にしてくるのだ。俺だって螢惑のことは嫌いじゃない。なんだかんだいって一番意識している相手かもしれない。でも、困る。どうしたらいいのか解らないから困る。

「くれないの?じゃあ悪戯するよ」

 恐ろしいセリフと共に螢惑の端正な顔が目前に迫った。

「待て!ちょっと待て!菓子だな!」

 螢惑の唇が触れる寸前で、俺は彼の顔面にチョコレートの包みを押し付けた。先ほど歳世からもらったものが、こんなところで役にたつとは。お返しは奮発しよう。

 チョコレートを貰って螢惑は満足そうだ。何なんだこいつは。

「螢惑、今日が何の日か知っているか?俺の誕生日でなく、一般的にだ」
「ヴァレンタインでしょ」
「どういう日かちゃんと解っているのか?」
「好きな奴からチョコレートを貰う日」
「ん?…んんっ!?」

 違う。似ているが違うぞ。

「辰伶、俺は本命からしか貰わないからね。来月のホワイトデーが楽しみだよ」
「ちなみにホワイトデーは…」
「ヴァレンタインのお返しする日。本命にはキャンディをあげるんだよね。口移しで」

 違う。違わないが違うぞ。

 その認識を正す暇もなく、螢惑は北風の吹き付ける街に消えていった。間抜けなカボチャのタルトと、同じくらい間抜けな俺を残して。


 終わり