+・+ 吹雪様誕生日企画 +・+
雲より遥かな
-9-
(epilogue)
人が幸福に生きる為に一番必要なのは何か。そんな哲学的な問いに対する答えは、俺には一生判らないだろう。
俺に必要なのは、ほたるだ。俺が判ることといったら、精精それくらいだろうか。しかし、それだけ判っていれば上等ではないだろうか。あの頃の愚かさに比べれば、随分と物が見えるようになった。
思い出したところで楽しい過去では無いが、それでも時折ふと思い出しては、あの頃には全く見えなかったものに気付き、その奥に隠された意味を知る。
吹雪様は知っておられたのだ。あのような形でなければ、俺は人に甘えられぬということを。本当は甘ったれのくせに、甘え方を知らず、甘えることを良しとしなかった。そんな不器用な性分ゆえに自分の弱さに気付かず、しかし無理な強がりに疲れ果てていた俺の限界を、吹雪様は知っておられたのだ。
勿論、事の発端は先代という漢の指示だっただろう。それ故にあんな歪んだ形を採らざるを得なかったのだろうが……もう済んでしまったことは考えまい。俺は吹雪様という巣箱の中で羽根を休めていた鳥だった。小さな丸い窓から空を見上げては、遥かに浮かぶ雲の彼方へと想いを馳せ、忘れてしまった飛び方を思い出す日を夢見ていた。ほたるがその窓辺に訪れるまで。
「何?俺の顔に何かついてる?」
「…いや」
気付くと俺はほたるを見つめていた。ほたるが微かに笑った。俺はとても幸福な気持ちになった。この笑顔は俺のもの。俺だけのものだ。そして、俺の全てがほたるのもの。
ほたると結ばれた夜に、ほたるはこんな言葉をくれた。
『…ねえ、俺は辰伶を全部貰うよ。狂への想いも、吹雪って人とのことも、過去にあったこと全部そのまま貰う。お前の生き方がどんなだったとしても、そうやって生きてきた辰伶に俺は出会って、それで……好きになったんだから…』
その瞬間から、俺の過去も未来も1分1秒余さずほたるのものになった。綺麗でも立派でもない、むしろ傷だらけの過去たちが、ほたるの胸に抱かれて遥かな未来へ転生していく。
「辰伶」
ほたるの琥珀色の瞳が近づいた。
「そのままで、好きだよ」
泣きたくなるような幸せに抱かれて、俺達はゆっくりと口付けを交わした。
おわり
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