+・+ KYO小説 +・+

今宵の宴に

-10-


 焚き火が爆ぜた。ふらりと立ち上った火の粉を、ほたるは膝を抱えながら目で追っていた。小さな火の粉は蛍の光のように儚く闇に消えた。

 全く感情を顔に表さないこの漢が、いつになく塞いでみえたので、アキラはそっと語りかけた。

「そんなに嫌だったのか?舞の稽古」
「舞が嫌いだった。…嫌いだったけど、今はそうでもないよ。何だか不愉快なことが一杯あったような気がするけど、楽しいこともあったような気がしないでもないし。それに…」
「それに?」
「俺はもう空っぽじゃないから」

 梵天丸のがさつな手が、乱暴にほたるの頭を掴んだ。

「空っぽじゃないって、頭の中身のことかあ?天然ボケのお前の頭の中に一体何が詰まってんだよ」

 ガシガシと頭を捏ね繰り回されて、ほたるはフラフラと頭を振った。

「何かわからないけど。何かいる」
「ムシか?ムシが湧いてんだろ」

 そう言ってからかう梵天丸の脳天を、灯の錫杖が直撃した。

「うっさいんだよっ、てめーはっ。虫が湧いてんのはケモノの貴様だろうっ。そこの川で蚤でも落としてきやがれ」

 ひとしきり梵天丸をどつき倒した灯は、すぐさま聖母の微笑みに切り替えてほたるに尋ねた。

「それで、あんたの中に何がいるの?」

 滅多に己を語らないほたるから、どんな楽しい話(秘密、弱みなら尚良い)が聞けるかと、灯は興味深々で聞き入った。

「狂がいる」

 黒い着流しの漢が、ゆっくりと酒を干す。

「それからアキラがいる。梵天丸がいて、灯ちゃんがいて、それから…」

 それから、銀色の髪。それを思い出したら、急に胸が痛くなった。それが余りに酷かったので、それ以上考えるのを止めた。

「だから、アキラに教えてあげる」
「え?」
「舞。教えてあげる」
「……うん」

 アキラは瞳を輝かせると、はにかむように頷いた。灯が微笑む。梵天丸はひっそりと杯に唇を寄せた。

 そして、焚き火の向こうには、炎よりも紅い2つの瞳が。


終わり

+・+ KYO小説 +・+