+・+ ほたる×辰伶布教計画10 +・+

虹の環メッセージ
(お題:外の世界へ)


 不老長寿の壬生一族は、しかし不死ではない。一族特有の死の病もある。それでも死に難いのは確かだ。その上に医療技術もべらぼーな高さを誇るから、結果的に病気や怪我の予防に無頓着になるのではないかと、蘇生術を司る木曜の五曜星歳子は考える。毎日毎日、診療所に押し寄せる患者の群。ついこの間も同僚の五曜星某K氏が任務中にうっかり片腕を落としてきた。くっつけるのは簡単だが、余計な仕事を増やされてムカつくというのが本音だ。

「これじゃあ、デートどころか休むヒマもないですぅ」

 デートの予定も相手も皆無だが、それを指摘する者はいない。医療の現場で歳子にこき使われている死人ナース達は、彼女らの創造主とは違って口先だけでなしに本当に多忙なのだ。わざわざツッコミを入れに来る余裕は無い。

 うんざりと机に突っ伏した弾みで、そこに置いてあったアンプルが硬質な音を立てて転がった。おや、と思って手に取ると『狂科学者協会』の刻印がある。

「あら、これ…」

 狂科学者協会とはマッドサイエンティストの、マッドサイエンティストによる、マッドサイエンティストの為の胡散臭い組織である。己の好奇心を最優先に科学を弄び、研究の為なら如何なる犠牲も厭わず、良心の痛覚が常人に比べて甚だ鈍いというのが構成員たちの特徴だ。要するに迷惑なだけの無法者の集まりで、彼らをして頭脳集団と呼べなくもないが、呼びたくもないと、太四老某Y氏(たびたびその被害に遭ってしまう受難の人)は言う。

 歳子は狂科学者協会のメンバーだが、自ら希望して入会したのではない。いつの間にか協会員に登録されていた。そもそも狂科学者協会は会員を募集しておらず、協会が狂科学者の素質ありと認定した者を勝手に登録してしまうのだ。入会同様、退会の手続きも無い。マッドサイエンティストは生まれながらにマッドサイエンティストで、未来永劫、死ぬまでマッドサイエンティストということだ。まあ、会費は取られないので、歳子も抗議はしない。

 半年ほど前に件の組織内で発明品の交換会が行われた。研究発表や知識の交流などといった高尚なものではなく、例えるならお楽しみ会のプレゼント交換だ。その場で歳子がゲットしたのがこのアンプルだ。

「何の薬だったかしら。惚れ薬とか、恋愛系に使うものじゃなかったのよね」

 自分の役に立たないものや、興味のない事はすぐに忘れてしまう。どうせ使い道がないのなら捨ててしまおうかと、アンプルを掌の上で弄んでいると、隣室から知った声が聞こえた。

『頼む、歳世』
『ダメだ。辰伶、私にはできない』

 隣は診察室だ。この時間は歳子が創った特別製の死人である歳世が、診察や治療を行っている。相手は五曜星の辰伶だ。

『貴方には辛い思いをさせたくない』
『今の状態のままの方が…余程辛い…』

 何やら意味深な会話に興味をそそられた歳子は、扉にへばりついて聞き耳を立てた。

『だから! さっさと注射をうって、この熱を下げてくれ!!』
『注射だなんて! 貴方に苦痛を与えるわけにはいかない!!』

 ズルッと滑って、扉にしな垂れかかるような形で歳子は脱力した。歳世は最高傑作の死人だが、時々創造主である自分にも想像しえぬ何かがその身の内に秘められているような気がしてならない。それは辰伶がらみである時に顕著だ。

 歳世の気持ちも解らなくもない。辰伶は名門の出身で実家は大金持ち。若くして五曜星の地位にあり、将来性も有望。その上、美形で背も低くないのだから、結婚相手の条件としては上々も上々だ。あれでもう少しバカで意志薄弱で操りやすければ完璧なのにと、歳子は思う。

 それはそれとして、アホらしい会話だ。歳子はキッと顔をあげて立ち上がると、診察室の扉を開けた。

「注射くらい、パッパとやっちゃいなさいよ」
「歳子…」

 一瞬だが、辰伶が厭そうな顔をしたのを歳子は見逃さなかった。何なの? 私が居ちゃ何かマズイの?

「そうだ。注射針の痛みなんて一瞬だ。早くやれっ」
「例え一瞬の一万分の一でも、辰伶に痛い思いをさせたくないという私の気持ちが、何故解らないのだ」

 見たところ辰伶は風邪をひいているようだ。頬が紅潮し、瞳が潤んでいる。熱が高そうだ。注射の痛みよりも、風邪による頭痛や関節痛の方が、余程辛いのではないだろうか。

「辰伶、もっと自身を大切にしろ。貴方のこの美しい肌に傷を付けるなど、神への冒涜に等しい行いだ」

 歳世の言う傷とは、注射針で刺した穴のことだろうか。そういえば少し前に辰伶が顔に傷を受けてきたときなどは、卒倒しかねない騒ぎようだった。矢庭に本気モードで薙刀を引っ掴み、下手人を八つ裂きにすると言って飛び出そうとするのを、トランキライザーを打ち込んで取り押さえたのだ。それはそれとして、風邪をひいて高熱を発しているのに解熱の注射も打たずに放置することが、自身を大切にすることになるのだろうか。

「注射がダメなら、座薬という手もありますわよ」
「却下だ! 座薬の分際で辰伶の処女を奪おうなど不届き千万!」
「…熱のせいだろうか。歳世の言っていることの意味が解らない…」
「歳子ちゃんにも解りまセンから大丈夫です」

 もしかしたら、自分はとんでもないもの(死人)を創ってしまったのではないだろうかと、歳子は今更ながらに己の才能に惚れ惚れとした。

「歳世ちゃんができないって言うなら、私が注射しますわ」
「断る!」

 即刻に拒絶され、歳子はキョトンと目を丸くした。

「貴様が長いこと診療行為の一切を他の者に任せっきりで、注射の技量など新人看護師以下に成り下がっていることを、俺が知らんとでも思っているのか」
「……」

 新人以下のヘタクソ呼ばわりされて、さすがにプライドが傷ついた。ええ、そうですよ。この間、久々に注射したらビワの実くらいの青黒い痕になっちゃいましたよ。よっくご存知ですこと…

「ホホホ、ご遠慮なさらず」 ブスッ
「ぎゃああああああ」
「し、辰伶ーっ!!」

 ホーッホッホッホッ。見たか。必殺、新人以下筋注攻撃。歳子は高らかに笑った。

「歳子ちゃんを怒らすと、文字通り痛い目を見るのです」
「貴様…」

 青黒い痕こそできなかったものの、今だ引かぬ激痛に辰伶の顔が歪む。誰だ、注射の痛みなど一瞬だなんて言った奴は。…俺か。
 隣では歳世が何とか痛みを和らげようとオロオロしている。

「…まあいい。とにかくこれで熱さえ下がれば…」
「ええっ!? それは無理です。解熱の注射じゃありませんもの。熱なんて下がりっこないです」
「何だとっ。貴様、俺に一体何を…」

 歳子は空になったアンプルを視凝めながら首を傾げる。

「さあ? 何の薬か歳子にも解りません」

 誰が作った何の薬かいっかな思い出せない例のアンプルだ。それを見て歳世が言った。

「確かそれは、自白剤と聞いた気がする…」
「自白剤だと」
「ああ、そう言われればそんな気が」

 眩暈に襲われた辰伶はその場にへたり込む。自白剤の作用か、それとも風邪の症状が悪化したのか。酷く息苦しい。朦朧とする頭で、この傍迷惑な同僚を野放しにしておいては、壬生一族の危機だと思った。

「壬生の為…貴様はこの俺が倒す…」

 独特の曲線を描く2対の刀、舞曲水を握り締めるが力が入らない。歳子を成敗するより先に、体中を駆け巡る自白剤の成分を除去した方が良いかも知れない。水を操る辰伶は、自分の体内の血液などの水分も操ることができる。そうして毒素を体内から追い出して……いやいや、まずは歳子への報復を……まて、やはり自白剤を…

 考えが纏まらず、辰伶の思考はめちゃくちゃに混乱した。

「ええいっ、無明歳刑流奥義、水破…ゴホッ、ゴホゴホ、ゲホッ」

 とりあえず水龍を放ってみたのだが、咳の為につんのめった形になってしまった。呼吸が落ち着くと、あれほど朦朧としていた思考もすっきりしていた。水龍と一緒に自白剤の成分も排出してしまったらしい。風邪をひいたままなので良好とはいえないが、眩暈はなくなり意識も明瞭になった。

 頭がすっきりしたところで、さて今度こそこの白衣の悪魔を退治してやろうと、舞曲水を握りなおして向き直ると、そこで辰伶は信じられないものを見た。

「な…に…?」

 銀色の髪を後ろでお団子に結わえた子供がぽつねんと立っている。辰伶によく似た、というよりも、辰伶の幼少期の姿そのままだ。

「水龍のつもりが、間違って水分身を出してしまったか。しかも子供の姿とは中途半端な。俺も修行が足りんな」

 そう呟いて水分身を消そうとしたが、何故か消すことができない。水分身ではないのか。ならば水龍の要領で引っ込めようとするが、これも効かない。

「どういうことだ」
「歳刑流のことは良く知らないが、術が混ざっているのではないか」

 歳世の見解は一理あると辰伶は思った。そこに自白剤の成分も加わって、この水龍とも水分身ともつかない中途半端な術でできたモノの形を留めているのだろう。

「まあ、何にしろ水で出来た像だ。崩してしまえばいい」

 そう言って舞曲水を振り上げた辰伶を、歳世は必死に押し留めた。

「待て、辰伶。そんないたいけな子供に無体な」
「歳世、落ち着け。これはただの水だ」
「この子は私が立派に育ててやる」
「いや、どうあっても育ちはしないから。…育っても困るが」

 2人が揉めあっている間に、水分身モドキは扉(歳子が入って来たのとは反対側の扉だ)に向かってスタスタと歩き出した。その前まで行って立ち止まり、扉を開けるでもなく、少し見上げる加減でじっと視凝める。誰か来たのだろうか。歳子が扉を開けると、左手に茶碗を、右手に箸を持った熒螢惑が立っていた。

「何か用でしたの? 開けて入ってくればよろしいのに」
「…どうやって扉を開けようか悩んでた」

 ああ、両手が塞がっているものねえ。螢惑の天然な言動はリアクションに悩む。

「そのお茶碗とお箸にはどういう意味がありますの?」
「え? 飯を食べる為の道具だけど、知らないの?」
「それは知ってますけど。ツヤッツヤ、ピッカピカの白いご飯が盛ってありますものね。でも、ここは診療所です。食堂でも、貴方の自宅でもありませんのよ」
「辰伶が風邪ひいたって聞いたから」

 ますます解らない。辰伶が風邪をひくと、何故茶碗と箸を持ち歩くのか、論理的な解答が全く見えない。

「ええと…風邪をひいてる辰伶はおかずになるって言ってる奴らがいたから、そうなのかなと思って見に来た」

 螢惑はそこらの椅子に勝手に座り、辰伶の方を向いて茶碗に盛られた飯を一口食べた。良く咀嚼して飲み込む。

「…唐揚げの方がおかずになると思う」

 そういう意味のおかずではないと思うが、ではどういう意味だと聞かれても嫌なので、歳子は黙っていた。成る程、発熱の為に頬が紅潮し、瞳も熱っぽく潤み、気だるげな仕草と悩ましげな表情は艶っぽくも見えるだろう。そんなことを言い出す輩がいてもおかしくはない。

「螢惑、そこで何をしている」
「辰伶見ながら飯食ってる。風邪をひいてる辰伶はおかずになるって言ってる奴らがいたから」

 唐突な螢惑の登場に訝しんだ辰伶に、螢惑は歳子に言ったことを繰り返した。

「俺が風邪で苦しんでいるのはいい気味だから、飯が美味くなるという意味か?」
「うーん…どうかなあ。別に味は変ってないみたい」

 食べ終わった螢惑は箸を置き、きちんと手を合わせて「ごちそうさまでした」と言った。秩序を乱すのが常のこの漢が意外にも礼儀正しく躾けられていることに辰伶は感心した。育ちは違ってもさすが俺の異母弟と、兄バカなことを思っている。その隣で歳世は表情を厳しくしていた。

「…螢惑、その不埒者どもはどこにいる」
「不埒者って?」
「辰伶をオカズにしようなどという不心得者のことだ」
「南池の東屋だよ。まだ居るかどうかしらないけど」
「解った。ちょっと害虫を駆除してくる」

 そう言って出て行った歳世は壮々たる本気モードだった。

「さすが木派だな。害虫の駆除にも気合が入っている」
「だから立派な野菜が育つんだね」
「戦闘服で畑仕事はしませんわよ」

 まるで何も解っていない2人を、歳子は横目に眺めた。常々仲が悪いと評判の2人で、火と水のように性格が違う癖に、呼吸はピッタリ合っているから不思議だ。

「ところで、これは何?」

 これと螢惑が指さすものの存在を、辰伶も歳子も忘れかけていた。辰伶の水分身モドキは螢惑の傍にピタリとくっついてニコニコ笑っていた。

「辰伶の隠し子?」
「馬鹿め。俺の子だったら大いに自慢して堂々とお披露目しとるわ」

 長いこと子供が生まれていない壬生の郷では、新たな子供の生誕は一族をあげて祝福すべき慶事だ。辰伶の言葉は誇張ではなく、自慢するに値する英雄的行為なのだ。

「これは水分身…いや、水龍か? とにかく、ただの水だ」
「ふうん」

 螢惑が「お手」と右掌を差し出すと、水分身モドキはもみじのような可愛らしい手を嬉しそうにその上に重ねた。

「よしよし、利口だね」
「何をさせるかあっ」

 ただの水と言っておきながら、自分の幼少期の姿をしたものを犬のように扱われるのを目の当たりにした辰伶は憤慨して怒鳴った。螢惑はしれっとして、仔犬にするように水分身モドキの頭を撫でている。

「こういう水だったら嫌いじゃないなあ」
「シンレイも ケイコクが すき」

 ん? と誰もが思考を一時停止した。何か物凄くありえない言葉を聞いたような気がする。

「何か言った? 辰伶」
「螢惑が好きとか聞こえましたけど」
「お、俺は何も言っておらんぞ」
「シンレイは ケイコクが すき」

 ニコニコ微笑む水分身モドキに注目が集まった。喋った。今、喋ったのは間違いなく、ただの水である水分身モドキだ。

「水分身って喋るんだ。知らなかったなあ」
「いや、そんな筈は…」
「でも、はっきり言いましたわよ。『ケイコクがすき』って」

 思わず螢惑を見てしまった辰伶は、期せずして辰伶を見た螢惑と視線が合ってしまい、途端に頬が燃えるように熱くなった。

「ち、違うぞ。俺が言ったんじゃない!」
「そんなこと解ってるよ」

 慌てふためく辰伶とは対照的に、螢惑は普段と変らぬ冷めた口調で言った。その様子をみて歳子は言った。

「辰伶は螢惑のことが好きだったのね」
「俺じゃない! こいつが! この水分身が勝手にっ!」
「この水分身は自白剤の成分が混ざってますでしょ。てことは、これが喋ってるのは辰伶の本心じゃないんですか?」
「そんな筈があるものかっ」
「顔、真っ赤ですわよ」
「風邪の所為だ! とにかく、俺が螢惑が好きなんてことは絶対に無い!!」

 怒鳴り倒した辰伶は肩で息をしながら、ハッと螢惑を見た。普段から表情に乏しい漢であるが、この時はさながら能面のような顔で辰伶を視凝めていた。

「そんな大きな声で言わなくても解ってるよ。俺も辰伶のこと嫌いだし」

 そう言い残して、螢惑はふいと出て行ってしまった。辰伶の胸はズキリと痛んだ。螢惑から「嫌い」と言われたことなど、これまで何百回、何千回あったか知れない程で、その度に自分も「お互い様だ」と返していたから、こんな言い争いなど初めてではないし、珍しいことでもない。それなのに、こんな風に痛みを感じたのは初めてだった。

 螢惑に「嫌い」と言われたことが悲しいのではない。ものの弾みで出てしまった軽率な言葉で、螢惑を否定し、傷つけてしまったことに、辰伶は痛みを感じているのだ。心から螢惑を嫌ってなどいない。ただ、好きだと認めることができないだけ。

「あら? 水分身は?」

 歳子の声に、辰伶は我に返った。気付くと水分身モドキの姿が消えていた。術の効力が切れて、元の水に戻ったのだろうか。どうでもいい。心身ともに疲れてしまった辰伶は考えることを拒否した。

「歳子、後で風邪薬を届けてくれ。…今日はもう休む」
「…解りましたわ」

 先程まで螢惑が座って飯を食べていた椅子を見て、茶碗と箸は忘れずに持って帰ったのだなと、どうでも良いことを辰伶は思った。





 足早に歩いていた螢惑は、唐突にそれを止めた。くるりと体ごと振り向いて言った。

「ウザイんだけど…」

 木曜の診療所からずっと、螢惑の後を水分身モドキが付いてきていた。螢惑の威嚇するような低い声にも動じることなくニコニコと微笑んでいる。

「何で俺に付き纏うの」
「シンレイは ケイコクと いっしょに いたいから」

 踵を返し、螢惑は更に早足で歩いた。それでも水分身モドキは付いてくる。親鳥を追いかける雛のような一途さで駆けている様子が、振り返らずともその細かな足音で解ってしまう。どうしてそんなに必死になって付いてくるのだろう。

「何で俺と一緒にいたいの?」
「シンレイは ケイコクが すきだから」

 衒いも無く発せらるその一言に、螢惑は無性に苛立った。ギリリと唇を噛み締める。

「俺は辰伶が嫌いだから」
「シンレイは ケイコクが すき」
「うるさい。聞きたくない」
「ケイコクが すき…」
「いい加減に…!」

 焦れた螢惑は怒鳴りつけてやろうと振り返って、声を詰まらせた。ずっと微笑みを絶やさずに付いてきていた水分身モドキが、瞳一杯に涙を浮かべていた。

「シンレイは ずっと ケイコクの そばにいたい」

 大きく溜息をつき、螢惑は水分身の前にしゃがみ込んで、袖口で涙を拭いてやった。この自分が根負けするなんてと思ったが、悔しさはなく、ひたすら諦めの境地だった。結局、泣いている子供には勝てないのだ。

「辰伶も、お前ぐらい可愛げがあればね…」

 いや、それはそれで厄介だと、螢惑は今の言葉を即座に否定した。そんな辰伶には、とても勝てそうな気がしない。

「シンレイは ケイコクに つたえたい」
「へえ、何を?」
「あのね」

 涙が乾いた水分身モドキは、ニッコリ微笑んで告白した。

「シンレイは ケイコクと そとのせかいへ いきたい」

 驚きに螢惑は大きく目を瞠った。

「俺と?」
「ケイコクと」
「外の世界へ?」
「いきたい」

 辰伶は幼い頃に壬生の外の世界へ憧れを持っていたことを、螢惑はずっと昔から知っていた。しかし今では完璧なまでに壬生の戦士と成り遂せた彼に、そんな気持ちがまだ残っているとは思っていなかった。今でも外の世界への憧れを抱きながら、それを押し殺して生きているのか。辰伶の体を雁字搦めにしている透明な鎖が、螢惑には視えるような気がした。

「じゃあ…いつか行こうか」
「やくそく」
「うん、約束。いつか一緒に外の世界へ行こう」

 誓いの印だろうか、水分身モドキは螢惑の頬に可愛らしくキスをした。想像外の出来事に螢惑が反応できないでいる間に、水分身モドキは極上の微笑み1つを最後に果敢なく消えてしまった。後には淡い虹色の光の環が残ったが、それもすぐに消えてしまった。


おわり

最終日に滑り込みとなりましたが、間に合ってホッとしています。ほた辰が好きな気持ちが、永遠に続くことを祈りつつ。

三景 拝

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