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月見て嘆くは…
※『嘆き鳥の眼球』の後日談
戸板が風にカタカタと鳴る。隙間風に凍える手を、螢惑は己の吐く白い息で温めた。束の間の温もりは数秒ともたずに失われて、尚更冷たく指先の動きを鈍らせる。
「……はあ」
暖をとるためでなく吐き出された息は、彼の心のように重く床に淀んだ。季節を無視して開け放たれた窓から、中空にある白い月を螢惑は恨めしく眺めた。高くも低くも無い、中途半端な位置にあるそれは、薄靄の中で照りしなければ、完全に雲に隠れることもない。
「……でも…もうちょっとかな……」
螢惑は暫し休めていた手を再び作業へ戻した。
「おい、螢惑。『もうちょっと』って、何だよ」
その様子を傍で見ていた遊庵が、堪り兼ねて尋ねた。
「つーか、さっきから何やってんだ」
螢惑を中心に床はてるてるぼうずで埋め尽くされていた。軒下にも、まるで干し柿のように大量に吊るされている。ただし、すべて頭が下を向いた逆さまの、所謂『あめふれぼうず』である。
「…朔まで待ってられないから」
「はあ?」
「辰伶もケチだよね。月の見えない夜限定なんてさ…」
「……わけわかんねーぞ」
かつて腰まであった螢惑の髪。その長さに見合う時間として『月の見えない夜は全て』辰伶から許された。その時は雰囲気に酔っていたので感激してしまったが、後になって騙されたような気持ちになった。『全て』などと言えば随分と沢山に聞こえるが、月の無い夜が年に何回あるというのだろう。足りない。若く滾る性を持て余した螢惑には、まるで足りなかった。
「こんなことなら髪だけじゃなくて、俺ごと全部あげるって言えば良かった。そしたら夜は全部…ううん、朝も昼も夕方も、辰伶の時間は全部俺のもの…」
「…オイオイ、目がいっちまってるぞ…」
しかし、今更後悔しても仕方ない。かくなる上は雨雲で月を隠してしまおうと、螢惑は『雨乞い』の儀式をすることにした。それがこのてるてるぼうず(あめふれぼうず)の山だ。螢惑は再び夜空を見上げた。
「だいぶ曇ってきたみたい。あと100個くらい作れば、完全に雨になるかなあ…」
酷薄な笑みを湛えて、螢惑は掌中のてるてるぼうずに囁いた。
「…子の刻までに降らさなかったら、おまえたち全部燃やすから…」
軒下の逆さてるてるぼうずたちが震えるように揺れたのは、寒風の所為に違いない。遊庵はそう思った。…思い込もうとした。
「いっそ、月なんて無くなっちゃえばいいのに……あ、そうか。月を燃やしちゃえばいいんだ。名案、名案」
「幾らなんでも、そりゃムリだろ」
「何で?」
「何でって…」
遊庵は螢惑の瞳を見て前言を撤回した。やる。今のコイツなら本当にやっちまうかもしれねえ…
「それにしても、その情熱はどこからくるんだよ…」
終わり
お世話になった高村雪子様に、感謝を込めて。
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