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辞めちゃえ!五曜星


「…辰伶、吹雪のトコに行くの?」
「…ああ…」

 最後の五曜門での戦いは、壬生の五曜星・辰伶が自らの敗北を認めることで決着をみた。壮絶を極めた死闘の果てに、血の因縁にケリをつけた異母兄弟たちは互いに背を向けたまま、荒々しく抉られた大地に座り込み、ただ静かに言葉を交わした。これほど落ち着いた状態で長く話したことはなかった。

「辰伶、吹雪のトコへ行くなら、1つだけ頼みがあるんだけど」

 ほたるは懐を探ると、1通の封書を辰伶に渡した。

「これ、ついでに出して来て」
「何だ、それは」

 封書の表書きには『退職届』と書かれていた。

「って、何やそれーっ!」

 思わず横からツッコミを入れてしまったのは、根がお笑い体質の紅虎である。この漢、本来はボケの役回りで、ツッコミに天賦の才を見せる椎名ゆやとコンビを組むことを夢見て、狂御一行様に加わっているのだとか、いないのだとか。

「うん。俺、五曜星、辞めたから」
「そういえば貴様、そんなことを言っていたな」

 ほたるの首に刻まれた五曜星の証である『火』の文字には、上から無造作にバッテンが書かれている。徹底して無頓着な漢だ。

「しかし螢惑、退職届は変だろう」

 五曜星を勝手に辞め、敵である狂たちについたほたるは、いわば壬生一族を裏切ったのだ。それをご丁寧に届けを出すバカがどこに居るというのだろう。それに言及した辰伶に対し、紅虎はよくぞ言ってくれたと胸を撫で下ろした。ボケ役を目指す以上、紅虎はツッコミ役には余り回りたくなかったのだ。…が、

「俺たち五曜星は一般戦闘員と違って役付きだ。『辞職願い』が正しい」

 紅虎の左手は45度の角度で硬直しながら、小刻みに震えていた。ツッコミ所はそこかーいっと、声を大にして叫びたかった。

 何なんだろう、この異母兄弟達は。ほたるが天然ボケであることは、これまでの言動と梵天丸やアキラの証言で知ったが、その異母兄である辰伶もどこかおかしい。何かがずれている。

 それとも壬生一族とは、全員がこういう体質なのだろうか。紅虎はそっと狂を窺い見て、その考えを脳内から弾き飛ばした。ボケはこの異母兄弟の特質であり、ひょっとすると彼らの共通の父からの遺伝かもしれない。だとするなら、このボケ兄弟の父親だ。さぞかし凄いボケっぷりだろう。

「ちょっと…おうてみたいかも…」

 同じボケ役を目指す者として興味があった。…辰伶もほたるもその父親も、別にボケ役を目指してはいないのだが。

 ふと、紅虎は重大なことに気づいた。もしも辰伶やほたるの父親が本当に優れたボケキャラで、紅虎以上の才能の持ち主だとしたら…

「あかん!ゆやはん、盗られてまうがな!」

 それはマズイ。椎名ゆやの相方は自分だと、紅虎はまだ見ぬ彼らの父親に対して敵愾心を燃やした。…まだ見ぬというか、彼らの父親はとっくに死の病で死んでいるので、これからも会いまみえることはないのだが。

 だが待て、と紅虎は更に考える。まだ彼らの父親がボケキャラと決まった訳ではない。ひょっとしたら椎名ゆやをも凌ぐ鋭いツッコミキャラで、辰伶の母とほたるの母が共にボケキャラだったという可能性もある。いや、きっとそうだ。彼らの母達の味わい深いボケっぷりに惹かれて妻に、或いは妾に選んだに違いない。(←そんなバカな…)

「ゆやはんに匹敵するツッコミか…。ますます、おうてみたいわ…」

 だから、死んでるってば。


 紅虎の心境はさておき、辰伶はほたるが書いた退職届けのチェックをしてやることにした。

「この分だと中身も心配だからな」

 開いて文面を見た辰伶は沈痛な面持ちで深く溜息をついた。辰伶の懸念どおりだ。そこにはたった一行、こう書かれていた。

『五曜星、やめた。 螢惑』

 形式も何もあったものではない。確認して良かったと、辰伶は心の底から思った。

「滅茶苦茶だ。こんなものが受理されると思うか。書き直せ」
「めんどくさいなあ…」
「こういうことはきちんとしておかんと、解雇処分になって退職金が貰えなくなる可能性だって無いとはいえんのだぞ」
「ふうん。大変だね」

 …壬生一族を裏切って五曜星を辞めるのに、退職金もなにもあったものでは無いと思うのだが、如何せん、ツッコミ役が不在だ。

「どうやって書くの?」
「最初の行の真ん中辺りにタイトルを書いたら一行空けて、その次の行の一番下に『私こと』と書く。その次の行から『一身上の都合により』…」
「ちょっと待ってよ。書くから…。ええと、一、身、上、の…」
「汚い字だな」
「読めればいいでしょ」
「それはそうだが、しかしなあ……まあいいか」
「つごう……ねえ、つごうってどう書くんだっけ?」
「…貸せ。俺が代筆してやる」

 説明するのが面倒になった辰伶は、ほたるから紙と筆を借りて代わりに辞表を書き上げた。

「あ、しまった」
「どうしたの?」
「お前の名前を書くはずが、うっかり自分の名前を書いてしまった」
「いっそのこと、辰伶も辞めちゃえば?」
「そうもいくか。書き直しだ」

 ところが後になって皮肉なことに、名前を書き間違えてしまった失敗作の方も必要となってしまったのである。それに対して辰伶は「失敗したからといって無闇に捨てずにとっておいて良かった。やはり、物は大事にするべきだな」とコメントしている。

 閑話休題。辰伶は失敗作を横へ置き、新しい紙を広げ直した。そして新たに書き出そうと心を静めたところで、ふと辰伶は思い出した。

「そうだ。たしか専用の様式があって、それを辞表の代わりにもできたんだ。あれなら日付と名前と印鑑だけですむ。事務部に問い合わせてみろ」
「事務部って何処?」
「お前の執務室の真向かいだ。事務局という札が掛かっているだろう」
「え?執務室って?」
「貴様が執務室に居たところを見たことがないとは思っていたが、やはり知らなかったんだな。全く、貴様が壬生を離れていた間、誰が管理してやっていたと思っているんだ」
「誰なの?」
「知らん。少なくとも俺じゃない」
「じゃあ、誰にお礼言ったらいいか、わかんないね」

 このような辰伶とほたるのやりとりの傍らで、紅虎は全身を小刻みにヒクつかせながら倒れていた。

「…この異母兄弟、絶対、おかしいわ…」


 結局、今から事務局に行くほうが余程面倒だということで、ちゃんと辞表を書くことにした。勿論、辰伶が代筆するから面倒くさくないのであるが。

「これでよし。じゃあ、提出してくるからな。ついでに吹雪様の本心も伺ってみる」

 …ついでは辞表の方であるはずだが、辰伶の主要目的はすっかり逆になっていた。

「ありがとね」

 勿論、ほたるがツッコミを入れるはずもない。だからボケ同士でコンビを組んではいけないというのだろう。

「コンビは組めへんけど、この異母兄弟、絶対、おかしいわ…」


 終わり

 随分昔に書いたのですが、書きっぱなしのまま忘れていました。紅虎がゆやたんのツッコミの冴えに惚れ込んでたこと自体、忘れてました。久しぶりに、コミックを最初から読み直そうかな。

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