10.金の瞳


(辰伶の日記)

9月10日 土曜日 雨

 一日中雨だった所為か、過去に失ったもののことばかり考えてしまって、殆ど何もせず、物思いだけで日が暮れてしまった。随分と無駄な時間の過ごし方をしてしまったと、少し反省している。
 損得や、幸、不幸にばかりに囚われていては、最終的に何も成し得ない。他人よりも恵まれたところもあれば、不運なところもある。それで帳尻が合っているとまで言わないが、そういうものと受け止めていくことは必要だと思う。
 それでも、こういう考え方が出来るということは、どちらかといえば俺が幸福の側に身を置いているからかもしれない。失ったものに対する未練が全く無い訳ではないが、しかし選ぶとするなら、過去よりも今現在を、俺は確実に選ぶ。ほたるが居ることが、俺の幸福だから。
 しかし、ほたるにとっては、どうなのだろう。ほたるに好意を寄せてもらえる要素を、俺は何1つ持ち合わせていない。それどころか、俺は彼の母親の命を奪ってしまった。父と母と俺と、それぞれがほたると彼の母親に不幸を齎してしまった。恨まれて当然だと思う。
 それなのに、ほたるは俺を責めることなく、異母兄として慕ってくれる。その心の広さ、温かさには、言葉に尽くせないほど感謝している。彼の曇りの無い金色の瞳にどれほど救われただろう。
 父と母が死に、最後の家族となったアンバーが死んだ時に、愛情を注ぐべき相手など、俺には1人もいなくなったのだと思った。この家を守るために生まれたのに、家には誰も居なくなってしまった。妖魔を倒す力も失くした俺には、存在価値などないような気さえした。
 あの頃の俺は生ける屍だった。ほたるがジェットを拾ってきてくれなかったら、本物の屍になっていたかもしれない。猫をくれた時のほたるは、眦が生来きつめなせいもあってか、まるで怒っているようにみえたものだ。そういえば、ほたるも、アンバーも、ジェットも金色の瞳だ。
 ほたるが俺の家族になってくれて、俺は救われた。ほたるは、俺が守るべき家そのものだ。
 そして、いや、これはここには書かないで置こう。この日記を他人に見せるつもりはないが、文字にしておくと、どういう形で人の目にふれるか解からない。
 明日もまた雨だろうか。雨は嫌いではないが、こんなに考え事ばかりしているのはとても不健康だ。もし明日も雨なら、ほたるを誘ってどこかへ出掛け





「辰伶」

 呼びかけに、辰伶は書き物の手を止めた。栞の紐を挟んで書きかけの日記を閉じる。障子戸を開けると、縁側にほたるが立っていた。

「どうした? こんな夜更けに」
「ええと、何してるかなと思って」

 ほたるは辰伶越しに、辰伶の部屋の中を見回した。

「もう寝ようと思っていたところだが…何か探し物か?」
「ううん。別に。…普段と変わったこととか無いよね」
「ああ。特に異常などないが。何かあったのか?」
「ちょっと急に気になっただけ。別に何もないよ。ごめんね、寝るとこ邪魔して。おやすみ」

 ほたるは縁の廊下をスタスタと歩き出した。

「ほたる」

 咄嗟に辰伶は呼び止めた。ほたるが振り返る。

「何?」
「明日は暇か?」
「ううん。ゆんゆんと出掛ける」
「そうか。…おやすみ」
「おやすみ」

 ほたるの後姿が消えると、辰伶は障子戸を閉めた。先ほどの日記に少々修正を加えて、続きを書いた。


(辰伶の日記)

 明日もまた雨だろうか。雨は嫌いではないが、こんなに考え事ばかりしているのはとても不健康だ。もし、明日も雨なら、どこかへ出掛けようか。
 少しは気が晴れるかもしれない。





 おわり

(05/10/18)