07.猫


 彼にとって、その場所は至福であった。彼が最も愛するご主人様の、その膝の上。形の良い手が彼の毛皮をゆったりと撫でる。その時間は至福であった。

 彼の名前はジェットという。ジェットは石だ。それは宝飾品に使われるほど美しい黒い石なのだと、彼にその名をつけたご主人様が教えてくれた。彼はジェットのように美しい黒猫だった。

 ジェットはふと、ご主人様の左手に見慣れぬ指輪を見つけた。爪を出さないように気をつけながら触ってみる。

「ジェット?」

 以前、ご主人様の胸元を飾っていたペンダントを悪戯して、怒られたことがあった。怒られるのも嫌だし、大好きなご主人様の大事な指輪に傷をつけて、大好きなご主人様を悲しませるのはもっと嫌だ。だから、そっと撫でるように触れてみる。

 ジェットのそんな仕草を見て、ご主人様は穏やかに微笑んだ。

「貰ったんだ。とても…大事な奴から」

 指輪に填まっている石が日の光を浴びてキラキラと輝く。それは、ジェットにはとても魅力的に見えた。


 彼にとって、そこは家の中で最も落ち着く場所だった。彼の自室から張り出した縁側の縁に腰掛け、午後の長閑な陽だまりの中、ぼんやりと飽かず庭を眺めている。それは最も落ち着く時間だった。

 彼の名前は辰伶という。十代の頃に両親を亡くし、古くから続くこの家を継いだ彼は、若くしてこの屋敷の主だ。生まれた時からこの家の後継者として育てられてきた彼ではあるが、しかしこれほど早くに自分がその立場になるとは、全く予想だにしていなかった。家を継いですぐのころは、自分の家でありながら解からないことだらけで、大人たちに囲まれて神経をすり減らしながら必死に家を守ってきた。

 苦労はしたが、それにも段々慣れて、無知ゆえの数々の失敗も笑い話として思い出せるようになった。今、辰伶は心底落ち着いて無為を楽しんでいた。

 一匹の猫が足音もなく現れた。少し気取ったような優雅な足取りで辰伶の傍にやってくると、まるで当然の権利であるかのようにその膝に乗り上げて体を丸めた。辰伶は慣れた手つきで猫の背をゆったりと撫でた。

 その猫は辰伶の飼猫である。光沢のある黒い毛並みの美しさから、辰伶はその猫にジェットという名を付けた。ジェットは黒い宝石のことだ。

 この猫の前に、1匹の猫がこの家にはいた。その猫の目が琥珀色だったので、アンバーという名前がついていた。アンバーも辰伶によく懐いていた。いや、辰伶の方がアンバーに懐いていたのかもしれない。なにしろアンバーは辰伶が生まれる前からこの家に居たのだから。

 ふと、辰伶は左手の指にくすぐったいような感触を覚えた。何かと見てみると、ジェットが辰伶の左手の中指に填められているリングに興味を示している。

「ジェット?」

 何がそんなに興味をひくのか、ジェットは執拗にリングを掻くように撫で擦っている。以前も辰伶のペンダントを玩んでいたから、こういうものが好きなのだろうか。光物が好きだなんて、まるでカラスだ。

「貰ったんだ。とても…大事な奴から」

 とても大事な、辰伶の異母弟からの贈り物。

 辰伶が16歳の夏に、アンバーは死んだ。もうすっかり年寄り猫になっていたアンバーに、その夏を越す力は無かったのだろう。家族のような存在であったアンバーを失って、辰伶は酷く落ち込んだ。その数ヶ月前には、彼は両親を亡くしたばかりだった。

 辰伶が生まれる前からアンバーは居た。辰伶にとっては、アンバーが居ないという状態は生まれて初めてのことだ。居るのが当然で、居ないというのは異常なことだった。アンバーを失ったことが余りにも信じられなくて、辰伶はその死を悲しむことすらできなかった。

 食事は喉を通らず、夜は眠れない日が続いていた。もうそこには居ないと頭では解かっているのに、何度も何度もアンバーのお気に入りの場所を覗いて見た。そしてその度に失望を深くした。精神が静かに静かに壊れていくのを、辰伶自身にも止められなかった。

 そんな或る日のことだ。辰伶の異母弟であるほたるが、まるで怒ったような顔で辰伶の前に立った。後で訊いてみたところ、別に彼は怒っていたわけではなかったらしいが、その時ほたるは厳しい顔をしていて、それが辰伶には怒っているように見えた。

 当時、異母弟であるほたるとは一緒に暮らし始めて日が浅く、まだお互いにどう振舞えばいいのか探り合っていたような時期だった。母屋と離れ屋という物理的な距離もあって、こんな風に向き合うことは滅多になかった。

 異母弟に相対する態度を決めかねて、辰伶が戸惑っていると、ほたるはぶっきらぼうに何かを突きつけてきた。一瞬、身を硬くしたが、ほたるが寄越したものが何かわかると、辰伶は何も考えずにそれを受け取っていた。

 それはとても小さな仔猫だった。柔らかく温かいものが、辰伶の手の中で頼りなげに鳴いている。それが辰伶の心を激しく震わせた。

 よく見れば、ほたるは全身傷だらけだった。一体どこで何をしてそんなありさまになったのか知らないが、きっと、この猫を辰伶に渡すためにそうなったのだ。そう思うと、言葉が何も出てこなかった。ほたるも無言だった。辰伶に仔猫を押し付けると、何も言葉にせぬまま、ほたるは離れ屋へ行ってしまったのだった。

 昔のことを思い出して、辰伶は穏やかな喜びが胸に満ちてくるのを感じた。すっかり大きくなって、もう仔猫なんて到底いえなくなったジェットを抱えなおし、微笑みかけた。

「これも、お前も、ほたるが俺にくれたんだ」

 辰伶には、ほたるがよく解からない。

「憎まれても、恨まれてもおかしくないのに…どうしてあいつはこんなにも俺に優しいんだろうな」

 天使の翼に抱かれたジルコニアは清らかに輝いている。その煌きの中に、辰伶はほたるの姿を思い描いていた。


 ほたるにとって、その人は至上の存在である。愛している。それはとても単純なことで、それを前にして理由とか理屈などというものは全く価値を失った。異母兄弟であるという事実も歯止めにはならなかった。

 辰伶の静かな強さが、ほたるは好きだ。好きであるのと同時に、それはとても歯痒くもある。辰伶が強く見えるのは、ほたるに対して決して弱さを見せないからに違いなく、それは兄としての自覚がそうさせるのだろうか。

 それでも、過去に1度だけ辰伶が酷く壊れたところを見たことがあった。辰伶が長年可愛がっていた猫が死んだ時のことだ。辰伶にとってその猫がどれほど価値があったのか、ほたるは知らない。その悲嘆に暮れた姿から想像するしかなかった。

 その時期は、辰伶にとっては人生の中でも最低の時だったんじゃないかと、ほたるは思う。父親を亡くし、母親を亡くし、その上彼は人生の目標も失ってしまった。

「おまけに、俺みたいな奴が家の中をウロウロしてたんじゃね…」

 ほたるが辰伶の家に住むようになったのは、ちょうどその頃だ。半年しか歳の違わない異母弟と同じ敷地内で生活することは、辰伶にはさぞかしストレスとなったことだろう。

 それでも気丈に振舞っていた辰伶を、愛猫の死が打ちのめした。何もここまで酷いことしなくてもいいんじゃないかと、ほたるは見たことのない神に向かって毒づいたものだった。本当に、神は妖魔よりも性質が悪い。

 目に見えて、辰伶の生気は失われていった。それは日に日に酷くなり、このまま死んでしまうのではないかという考えがほたるの思考に絡み付いて離れなかった。それほど重症だったのだ、当時の辰伶の落ち込みようは。

 そんな或る日のことだ。ほたるは学校からの帰宅途中だった。独特な足取りでフラフラと歩いて行く彼の耳に、微かに猫の鳴き声が聞こえた。仔猫特有の細くて高音の鳴声が絶え間なく聞こえてくる。しかし辺りにはそれらしい姿は無い。

 その歩道は柵の向こうが切り立っていて、遥か下は車道であった。交通量が少なく見通しの良い直線なので車たちは高速で走り抜けていく。その切り立った急な斜面の真ん中に排水口らしき出っ張りがあり、そこにくたびれたダンボール箱が引っかかっていた。仔猫の声はその段ボール箱の中からしていた。

 あのままだと死ぬかも。ほたるは想像してみた。あんな場所へは母猫は餌をやりに行けないだろう。或いは少し強く風が吹いて段ボール箱が下の車道に落ちてしまったら、中身が何かなんてわからぬままに車に轢かれてしまうに違いない。かわいそうだけど、運が無かったね…

 しばらく段ボール箱を見下ろしていたほたるだったが、表情1つ変えることなくその場を離れた。動物は嫌いではないが、動物を飼うには向かない性格であるという自覚があった。飼うつもりもない動物には干渉しない。触らないし、餌も与えない。一生面倒みるわけではないのだから、一瞬さえも情をかけたりはしないことにしていた。何故ならアパートでは飼えないから…

 ほたるは、ハッと気づいた。ほたるが今住んでいるところは以前のようなアパートではない。家も庭も広く、近所迷惑になるということはない。そして、異母兄は猫を亡くしたばかりだ。

 踵を返し、ほたるは駆け出した。先ほどの場所に戻り、柵から身を乗り出すようにして覗き込む。まだそこに段ボール箱はあった。仔猫の鳴声がしている。

 ほたるは鞄を置き、柵を乗り越えた。柵の支柱の根元に片手で掴まり、もう片方の手を段ボール箱へと伸ばした。ダンボール箱の蓋の部分に辛うじて触ることができる。ほたるはその部分を指先で掴み、引っ張りあげた。ところが段ボール箱は底が抜けてしまっていて、中の仔猫だけが出っ張りのところに残されてしまった。ほたるは舌打ちした。

 邪魔となった段ボール箱を歩道へ放り投げ、ほたるは一度体勢を調えた。そして支柱から手を放すと、狭い出っ張り目掛けて飛び降りた。運動神経の優れたほたるにとっても困難であったが、無事に仔猫を抱くことができた。

 問題はそこからである。仔猫を抱いた状態でその急な斜面を登るのは到底無理だった。斜面はコンクリートで固められていて、手がかり足がかりになるようなところは全く無い。足場は狭く十分な予備動作ができないので、柵に手が届くだけの跳躍力も得られない。途方にくれて斜面を見上げていると、そこにほたるの知った顔が覗いた。

「…てめえ、そこで何してんだ」
「あ、狂」

 狂はほたるのクラスメートである。無口で表情に乏しいところはほたるとよく似ている。

「ちょうど良かった。コレ、持ってて」

 ほたるは仔猫を放り投げた。仔猫は危なげも無く狂にキャッチされた。ほたるは片足を斜面に掛けると、そこを踏み台代わりに飛び上がった。その手を狂が掴み、ほたるがもう一歩斜面を蹴るのとタイミングを合わせて引っ張り上げた。絶妙なコンビネーションである。ほたるの手に柵を掴ませると、後は自力で柵を飛び越えて来た。

「何で俺が下にいるって解かったの?」
「……」

 歩道に放り出されているほたるの鞄を、狂は無言のまま視線で指した。見覚えのある鞄が歩道に落ちてたので、気になって覗いてみたということらしい。

「てめえが飼うのかよ」
「ううん。でも当てはあるから」
「ふん…じゃあな」

 もしも飼い主のなり手がないのなら、どうやら引き受けてくれるつもりだったようだ。そういう漢なのだ、狂は。

「ありがとね」

 あれだけの大仕事をした後だというのに、ほたるも狂も感動を分かち合うということもなく、あっさりと別れてその場を後にした。

 仔猫を抱いたほたるは意気揚々と帰宅した。しかし、母屋の縁側に異母兄の姿を見つけると、急に不安に駆られた。新しい猫を与えれば元気になると、単純にそう思って仔猫を拾ってきてしまったが、それがかえって辰伶の傷を深くする可能性に気づいたのだ。猫は猫だが、しかしこの仔猫は辰伶が愛していた猫ではない。愛猫への想いが、これで埋められるとは限らない。

 ほたるは逡巡し、躊躇った末に、ようやく決意した。何もしなければ何も変わらない。

 辰伶はほたるに気づいて顔をあげた。その時ほたるは何も言葉を用意していなかった。何も言えず、焦ったほたるは辰伶に仔猫を押し付けると、後ろも見ずに離れ屋へ駆け去った。

 自室で明かりもつけずに、ほたるは今しがたの自分の行動について想いを馳せていた。結果も見ずに、まるで逃げるように来てしまった。こんなに自分の行為が不安になったのは初めてのことだ。

 その時、部屋のドアがノックされた。躊躇いがちにもう一度。ほたるは急いで灯をつけ、ドアを開けた。予想通り、辰伶が立っていた。

「礼を言っておこうと思って」

 辰伶はぎこちなく微笑んだ。ふと、辰伶の笑顔を見るのはこれが初めてであることに、ほたるは気づいた。

「ありがとう。…ところで、名前は俺が付けても良かったのか?」

 猫の名前。そんなものは、ほたるは考えてもいなかった。

「いいよ」
「では、黒猫だからジェットと名付けようと思うのだが、いいだろうか?」
「いいんじゃない?」

 どうして黒猫だとジェットになるのか、ほたるには全く解からなかったが、どうせ何も考えてはいなかったので、何でも良かった。辰伶の猫なのだから、辰伶が良ければそれでいいと思った。

 仔猫は効果抜群で、辰伶は明るさと活力を取り戻した。そしてそれまでぎこちなかった2人の関係も、それに比例して急速に改善されていったのだった。



 昔のことを思い出していると、今ではすっかり大きく成長したジェットがほたるの前に姿を見せた。ジェットはほたるを見上げて言った。

 …―― 腹減った。メシよこせ。

「一週間前にあげたじゃない」

 …―― 成長期なんだ。

「40年以上も生きて、まだ成長するかな…」

 ほたるはジェットを抱き上げた。ジェットはほたるに鼻面を摺り寄せた。そうしてほたるの壬生一族の力を吸い取っていく。

 …―― 実際、この身体を維持するのは大変なんだ。

「わかってるよ。でも、辰伶の為だからね」

 辰伶に仔猫を与えた翌日のことだった。猫の姿が見当たらないと、辰伶が探していた。それをほたるは屋敷の外で見つけた。車に轢かれた無残な死体として。

 それを見て、ほたるは血の気が引いた。それほど惨たらしい状態だったということではない。ほたるの脳裏にあったのは辰伶のことだ。愛猫の死から漸く立ち直りかけたこの時に、今また飼猫の死を見せることが、辰伶にどんな結果を齎すか、考えるまでもなかった。失意はより大きく、今度こそ本当に病気になってしまうかもしれない。

 ほたるは死体を隠してしまうことを考えた。そしてまた似たような猫を拾ってくれば…ダメだ。そんな都合よく代替が見つかるとは思えない。

 その時だった。仔猫の死骸に何かが入り込んだ。死骸が目を開ける。その金色の瞳がほたるを見た。

 …―― おい。少し力をくれ。

 仔猫が、いや、仔猫に入り込んだ何かがほたるに言った。

「お前は?」

 …―― アンバーだ。

「アンバーって、辰伶が飼ってた?」

 …―― そうだ。辰伶にコレを見せたくないんだろう。だったら、力を貸せ。

「どうすればいいの?」

 …―― 手を、

 言われた通り、猫の死骸に手を差し伸ばす。するとその指の先から何か体温のようなものが吸い取られていくような感じがした。死骸から傷が消え、死んでいた仔猫は尻尾を一振りして起き上がった。

「お前、ただの猫じゃないね。今、俺の力を吸い取ったでしょ。一体何者?」

 …―― 昔はただの猫だったさ。ちょっと長く生き過ぎたら、こうなった。

「長くって、どれくらい?」

 …―― 30…40年くらいかな。忘れた。

「立派な化け物だね。でもさ、お前この間、死んだよね。化け物が何で死んだりしたの?」

 …―― 辰伶の能力が封じられたからだ。食べるものが無くなれば死ぬしかないだろう。

「今までお前は飼い主である辰伶の力を食べてたってわけか。…あれ? あっ、そうか。思い出した。あの時、お前…。そう、そういうことだったんだ。納得、納得」

 …―― 辰伶から餌を摂れなくなって、代わりに別の能力者を探しても良かったし、当てもあったんだが、……もう随分長く生きたからな。死んだって構わないから、辰伶の傍にいたかったのさ。

「俺から摂ろうとは思わなかったの?」

 …―― お前、不味そうだったから。

「何かムカつくなあ…。力に味なんてあるの? そんなに辰伶は美味しかったの?」

 …―― 俺に好意を持ってくれる奴の方が美味いんだ。好意が大きくて深いほど美味い。辰伶は一番美味かった。

「あー、納得」

 辰伶は生まれたときから傍に居たアンバーを、家族のように愛していた。さぞかし美味かったことだろう。

 …―― 今まで最高に美味しいものを喰っていて、これから先は不味いものしか喰えないとなったら、死にたくなるだろう?

「うーん。どうかなあ…」

 …―― でもまさか俺が死ぬことで、辰伶があんなに落ち込むとは思わなかったよ。

 その声には後悔が滲んでいた。アンバーも主人である辰伶を深く愛していたのだ。

 …―― というわけで、取引しないか。どうやらお前も辰伶を悲しませたくないみたいだし。俺がこの黒猫のフリしてやる。ちゃんと猫らしく成長もしてやるから、これから俺に能力を喰わせろ。

「不味いけど、いい?」

 …―― 我慢するさ。辰伶の為に。

 アンバーは、仔猫らしく可愛く鳴いてみせた。この時からアンバーはジェットになった。



 ジェットはほたるから十分に餌を貰って、満足げに喉を鳴らした。そして、餌さえもらえばもう用はないとばかりに、さっさと母屋へ帰っていこうとする。それをほたるは横目で見て言った。

「ねえ、辰伶は知ってるの? お前が辰伶の力を餌にしてたこと」

 ジェットは立ち止まり、ほたるを振り仰いだ。

 …―― 全く気づいていなかった。辰伶が赤ん坊の時から力を貰っていたから、力を摂られることに慣れすぎて違和感を感じていなかったんだろうな。

「力を吸われるのが当たり前になってて、全く不審に思わなかったってこと? …こんなに疲れるのに」

 ジェットに力を摂られた後は、激しい疲労に見舞われる。回復は遅く、お陰でほたるは壬生一族の力をフルには使えない。能力の消耗が激しいために自ら封じている技も幾つかある。

 …―― あの頃は今ほど摂らなくても良かったんだ。この身体は結局は死体だから、無理があるんだな。

「でも、幾ら慣れていたからって、こんな異常なことに気づかないなんて…辰伶って、鈍すぎる」

 …―― あいつは身近なものに対しては無防備なくらいに鈍感になるのさ。だから、お前の気持ちにも気付かないんだよ。

 黒猫の尻尾がスルリとほたるの脛を撫でた。戦友の肩を叩くように。


 おわり

(05/9/27)