未来半分

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 辰伶も、辰伶の家も有名だと、歳子が言った通りだった。翌日には喫茶店での出来事は学校中に広まっていた。辰伶がそれを知ったのは更に翌日で、前日は体調不良で学校を休んでいた。体調不良の原因は推して知るべしである。

 噂では、1人の女性を巡って辰伶が異母弟と喧嘩したということになっていた。所詮は無責任な噂話で、誤解や憶測の尾鰭が好き勝手につきまくった結果だ。噂の『女性』というのは、どうやら灯のことらしい。つい先日、辰伶が佐邨井高校の生徒と付き合っていることが露見したばかりであったから、灯が最有力候補になるのは頷ける。

 事実とは全く異なるが、しかし辰伶は好都合と思ってその噂話を受け入れた。この噂はやがて辰伶の母の耳にも入るだろうから、本当のことを語られては困るのだ。

 噂話は螢惑の通う佐邨井高校でも同様に広まっていた。内容はほぼ同じで、『女性』がこちらでは歳子になっていたが些細なことである。他校生である辰伶が自分の通う学校でこんなに有名だったことに、螢惑、アキラ、灯はそれぞれ驚いた。螢惑は、辰伶と異母兄弟ということで俄に注目を集めたことがウザかった。

 そんな状況で、喫茶店のJK占師朔夜が壬生学園に辰伶を訪ねて来た。校門の外で立っている他校の制服を着た美少女は、帰宅する生徒たちの注目と関心を集めていたが、当の朔夜はそんな視線に臆することなく、普段通りにおっとりと辰伶が出てくるのを待っていた。

 声を掛けられて、最初は辰伶は彼女が何者か解らなかったが、すぐに彼女が喫茶店の占師だったことに気づいた。

「先日は迷惑をかけた。支払いは足りただろうか」
「ええ。むしろ十分過ぎるほどです。今日はその支払いの過分を返しに参りました」

 律儀なことである。辰伶は朔夜に好感を持った。

「あれは迷惑料だ。返すに及ばん」
「公正でない代金など、それこそ受け取る理由がありません。私共は別段、生活に困っていません」

 朔夜は終始穏やかで、しかし語る内容は毅然としていた。辰伶は自分の行為が、知らずに相手の自尊心を傷つけていたことを知った。

「悪かった」

 金で解決しようなんて、そんな意識は辰伶には無かったが、意識せずにそのような行動をしてしまう傾向にあるのが問題だと、辰伶は己を客観視した。同時に螢惑へのプレゼントに拘るのをやめることにした。何が螢惑を喜ばせるのか、何が螢惑の助けになるのか、根本から考え直そうと思う。

「…ですが、そのまま突き返すのも無粋な気もするので、あの占いのアフターケアでお返ししますね」

 辰伶としては、もう占いは懲り懲りなのだが、朔夜の柔かい微笑みが持つ不思議な押しの強さに負けて頷いた。

「あなた方の恋愛は破局の運命にありますが、その運命の糸を握る人がどこかにいます」
「運命の…糸?」
「その人物を味方につけることです。そうすれば、あるいは…」
「それは…誰だ?」

 朔夜は静かに首を横に振った。

「解りません。悲恋の運命を覆すのは、あまりにも低い確率で…。あまりにも、あまりにも小さくて果敢ない希望だからでしょう。私にもその未来が視えません。ですが、おぼろげながら感じるのです。小さな、小さな可能性を」

 朔夜は小さな両手で、辰伶の右手を包み込んだ。

「未来は変えられます。だから、諦めないでください。未来読みの私だから言えます」

 辰伶は左手を重ね、暫く2人は手を取り合って見つめ合っていた。この時から、噂の辰伶の相手は朔夜だということになって更に広がった。そして、どこかでそれは変化して、佐邨井高校で広まったときには、相手は朔夜の妹のゆやになっていた。

 噂とはあてにならないものである。


おわり