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同居物語・2
ゴメン。わかってるんだけど、ゴメンね。
家事は半分コ。それが同居の条件だった。でも、初日から俺が風邪ひいて寝込んじゃったから、その間、辰伶が全部面倒みてくれて、そのまま有耶無耶にしちゃった。ゴメンね、全部押し付けて。
全然約束を守ってないのに、辰伶は俺を追い出さない。文句は言うけど『出て行け』と言われたことはない。だからいいよね。まだ大丈夫だよね。
「ほたる、茶碗蒸しが食べたいと言ったのはお前だろう。少しは手伝え」
テレビを見ているフリして無視。辰伶は俺の我侭のせいで、本と首っ引きで初めての茶碗蒸しに挑戦している。まあ、辰伶なら大丈夫だと思う。辰伶は完璧に本の通りに作るから、絶対に失敗しない。
俺は料理ができない訳じゃない。だって、仕事に行ってる母さんの為に、いつもご飯を作ってたから。実は茶碗蒸しは得意。本なんか見なくったって出来る。
死んだ母さんは色々と疲れていた人だった。色々と辛いことが多かったみたい。母さんが俺を叩いたり蹴ったりご飯を食べさせてくれなかったりしたのはその所為だって、ゆんゆんが言ってた。
ゆんゆんは隣の家の人。あ、前に住んでたアパートの隣ね。そこんちも母親しかいなかったけど、兄弟がいっぱいいた。ゆんゆんは上から2番目。1番上の人は見たことない。三男の庵曽新は歳が近かったからよく話したけど、次女の庵樹里華とはあんまり喋ったことない。別に嫌いじゃなかったし、嫌われてもいないようだったけど。その下の5つ子たちは煩かった。別に嫌いじゃないけど。
ゆんゆんが言ってた。俺みたいなのは珍しいって。俺みたいに親から暴力を受けたりしてると、人の顔色を窺うような子供になるみたい。嘘ついたり、おどおどしたり。よくわからないけど、ゆんゆんが言うには俺はそれっぽいところが全然無いんだって。何か全部どーでもいいって顔してるって。それ、当たり。だって、どーでもいいことだらけじゃない。
ゆんゆんは俺をゆんゆんの家に連れて行ってご飯を食べさせてくれた。ゆんゆんの家も母親が働いてたから、ご飯は長女の庵奈が作ってた。庵奈は辰伶みたいに料理の本を開いたり、いちいち分量を量ったりなんてしてなかったけど、すごく料理が上手だった。俺が知ってる中じゃ、庵奈のご飯が一番おいしい。
俺は庵奈に料理を教えてもらった。庵奈と一緒に作って、ゆんゆんたちとご飯を食べて、母さんの分を持って帰ってテーブルに並べて、母さんが仕事から帰ってくるのを待ってた。母さんは疲れた顔で、何にも言わずに食べてた。…あ、茶碗蒸しを作ったときは『ごちそうさま』って言った。最初の1回きりだけど。
だから、ゴメン。俺は他人にご飯を作ってもらうのが好き。もう誰かの為に作りたくない。自分の為にも作りたくない。自分で作るくらいなら、コンビニ弁当の方がマシ。
「ほたる、出来たぞ」
ゴメンね、辰伶。そのかわり、絶対に『いただきます』って言うから。必ず『ごちそうさま』も言うから。
疲れていた母さんは疲れ過ぎて死んだ。葬式とかは近所の人が何とかしてくれた。俺は別に泣かなかったけど、真里庵や里々庵が泣いてくれた。ゆんゆん達がずっと一緒に居てくれた。全部終わって、初七日まで終わってから、俺の父親が来た。
その人はまるで値踏みするような目で、俺をジロジロと見ていた。今まで父親のことなんて考えたことも無かったけど、対面したらムカついてきた。
父親になんて興味は無かったけど、どういう人かは知ってた。しょっちゅう母さんが話してくれたから。話って、愚痴だけど。
だから、この人が俺を引き取るようなことを言った時、絶対におかしいと思った。何の目的があってのことかと思ったら、何のことはない。造反した息子に対する宛てつけだった。あ、息子っていうのは辰伶のこと。俺じゃない。
辰伶が父親と喧嘩して1人暮らしを始めたことは知ってた。やたらと情報通の知人がいたから、そいつから聞いた。辰伶が俺の異母兄だってことは、かなり前から知ってた。主に母さんの愚痴で。俺が辰伶と同じ高校に通ってたのは偶然だけど。
辰伶をもう一度自分に従わせる為に俺を引き取るのだと、父親は言った。辰伶の他にも跡取りはいるということを見せ付ければ、辰伶が焦って戻ってくるっていうのが、この人のシナリオで、要するに俺は当て馬ってこと。でも、そーゆーこと、フツー本人に言うかなあ。すごく馬鹿にしてない?それとも、この人が馬鹿なの?
でも、俺は怒らなかった。先に庵曽新が怒ったから。庵樹里華が締め上げたから。5つ子たちがあいつを叩き出してくれたから。そして、庵奈が言ってくれたから。
『ほたる、うちにおいでよ。あんた1人増えたって、うちは全然構わないんだから』
ゆんゆんも言った。1人で生きていける方法を教えてやるって。俺は1人でも生きていけるタイプの人間なんだって。でも今はまだ無理だから、ゆんゆんの所に来いって言ってくれた。そしたら俺に生きる術を教えてくれるっていうんだけど……一体何を教えてくれる気なんだか。ゆんゆん、怪しいから遠慮しとく。
皆、俺に『来い』って言ってくれた。だから俺は本当はゆんゆんの家に行きたかった。俺を本当に受け入れてくれているのは、そこだけだから。
でも、行っちゃいけないことくらい、俺でも知ってる。だって俺は未成年だから。俺の意思でそこに居ても、俺の父親がダメだって言ったら、ゆんゆんたちが誘拐犯になってしまう。未成年者略取だっけ?ゆんゆんは別にいいけど、庵奈とかを犯罪者にはできない。
でも、父親の家には行きたくなかった。学校辞めて働けば、あのままあそこに居られたかもしれないけど…。
その時、辰伶の存在に思い当たった。何か直感みたいな感じで。俺は例の情報通の知人に辰伶が住んでいる場所を訊いて、異母兄を初めて訪ねた。
どうして辰伶のところに行ったのか、俺にも分からない。別に優しい言葉とか、肉親の温かみなんてものを期待してた訳じゃない。でも、辰伶の顔を見たら、自分でも思ってみなかった言葉が出た。
『俺、ここに住んでいい?』
『…は?』
辰伶は驚きに目を瞠った。当たり前だよね。いきなりこんなこと言われたら、誰だって驚く。
『何故だ』
『うん。母さん死んだから』
『いつ?』
『え、と…、昨日が初七日だった』
『父には?』
『言ったよ。そしたら、家に来いって。でも、俺はあそこに住みたくない。だから、ここに入れてよ』
喋っているうちに、だんだんだんだん疲れてきて、俺は自分の髪の毛からぽたぽた落ちる水滴が足元を濡らしていくのを見ていた。そういえば傘が無かった。学校のカバンは持ってきてるのに、どうしてかしらないけど、傘をさして来るの忘れた。そうだよ。その時はもう夜で真っ暗で、雨が降っていたんだよ…
そしたら突然、頭にバスタオルが降ってきた。雨の匂いが、急に石鹸の匂いに変わった。バスタオルは柔らかくて、あったかくて、ふかふかで、真っ白だった。
『…家事は半分ずつだぞ』
そう言って、辰伶は入れてくれた。
正直言って、信じられなかった。ここに住ませてって言ったのは俺だけど、辰伶がOKしてくれるとは思ってなかった。部屋に入れられても全然現実感がなかった。でも、お風呂に入って湯船に浸かってたら、だんだんほっとしてきて、そしたら今度は喉とか鼻とかが苦しくて堪らなくなってきた。多分、俺は泣いていたんじゃないかと思う。その後のことはよく覚えてないけど、風邪ひいた。
「ごちそうさま」
実際、辰伶って器用だと思う。家を出てから料理をするようになったって言ってたけど、それが本当ならすごく上達が早いってことだよね。今日の茶碗蒸しだって、初めてなのにちゃんと出来てた。俺が初めて作った茶碗蒸しは、すだって膨れてたから、ゆんゆんに笑われたっけ。あ、思い出したらムカついた。
辰伶が1人で後片付けしてる。手伝ってもいいけど、2人で並んで皿洗いなんてキモイと思うから、やんない。
ホントに俺ってダメ人間してる。粗大ゴミってゆーか、なんかヒモっぽい。お小遣いも貰ってるし。こういうの何て言うんだっけ。愛人契約?
俺って何なんだろう。辰伶は俺のこと、どう思ってるんだろう。…あ、異母弟か。どうもこうもないじゃない。
そりゃ、ね。ずっとこのまま、ここに居られるなんて、思ってないけど。どれくらい一緒にいられるかわからないけど。
例えば辰伶に女ができて同棲なんてことになったら、俺はここに居ちゃダメだろうし。…いいなんて言ったら、俺が辰伶の神経疑うけど。うん、辰伶に女が出来るまでかな。ここでの生活は。
幸いっていうのか、不幸にしてっていうのか、今のところ辰伶には特定の女っていないみたい。あんまり興味ないみたいだし。あんなにモテてるのにね。辰伶って、そういうとこ鈍感だから。
以前、辰伶がこのマンション連れてに来たことある女っていったら、辰伶の同級生で、歳子と歳世の2人きり。どちらも結構美人だと思うけど、辰伶は仲間としか認識してないみたい。でも歳世って人は絶対に辰伶が好きだ。初対面の俺がすぐに解かったのに、辰伶は全然気づいてない。すごい鈍感。
逆に歳子って人は辰伶には全然興味無いみたい。いい男を紹介しろって、辰伶に言ってたくらいだから。彼女の好みのタイプは背が高くて高学歴で高収入な人だそうだけど、辰伶って割と当てはまるんじゃないのかなあ。このまま順調にいけば高学歴だし。学生だから収入はないけど、こんなマンションに住んじゃうくらい、実家は金持ちだし。身長だって、俺より10センチも高い。それでも眼中に無いんだから、女って解らない。
「ああ、もう。お前という奴は。こんなところで寝るな。寝るならちゃんと風呂に入って、自分の部屋に行け」
「うん……後で」
「じゃあ、先に入るからな」
「うん」
なんか気持ちいいと思ってたら、意識が半分寝てたみたい。
俺って、本当に辰伶の言うこと聞かないね。だから辰伶はいつも俺に対して少し怒り気味。口煩くてやんなっちゃう。
ねえ、辰伶。俺のこと、気に食わなくなったら追い出してもいいよ。俺は俺の好きなようにしか生きられない。自分を曲げて生きるなんて無理だから、それで辰伶が俺のことを嫌いになったのなら、しょうがないと思うよ。
だから俺の我侭を我慢しないで。限界まで溜めないで。嫌になったら、すぐに『出て行け』って言って。俺は我慢するのも我慢されるのも嫌い。いつか嫌いになるくらいなら、今すぐ嫌いになってよ。
ゴメンね。でも、わかってるから。
「…好きだよ」
おわり。こんなほたるって、どうなんでしょう。…読者様の反応が気になります。
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