ほたるのとっておき
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「結局、俺はお前の家族にも、仲間にもなれなかったな」

 辰伶が寂しそうに言った。

 熒惑は「あれ?」と思った。庵一家が熒惑のついでに辰伶も家族扱いしてくれたような気がしたが、自分の記憶違いだっただろうか。吹雪や先代紅の王を倒す戦いに、辰伶もノリノリで加わっていたような気がしたが、あれは仲間の内には入らないのだろうか。

「…………」

 熒惑は考えた。辰伶の思っている家族とか仲間というものは、熒惑の思っているのとは違うのかもしれない。違うと言うなら確かに熒惑が辰伶に求めているものは、ゆんゆんたちに対するものとも狂たちに対するものとも違うような気がする。

「まあ、辰伶は……ゆんゆんたちとも狂たちとも、何か違うかもね」
「そうだな」

 辰伶の声には諦観の音があった。熒惑は内心驚いていた。辰伶は熒惑の家族とか仲間になりたかったのか。そんなこと、熒惑は考えたこともなかった。自分にとって辰伶はどんな存在だったのだろう。辰伶とどんな関係になりたかったのだろう。

「五曜星時代……辰伶が毎朝起こしに来てくれたよね」
「ああ…」
「今でも思うけど、お前、あれはウザイ」
「ぬな!?」

 ウザいと思っていたのも本音だが、それだけではなかった。今になって思えばの話だが、熒惑が五曜星に不要な人員であったなら、わざわざ起こしになんて来はしない。相互不干渉、放っておかれるだけのこと。熒惑は五曜星に必要なのだと辰伶は行動で示してくれていたのだ。

「俺が先代紅の王に叛逆して死にかけたことあったよね。さっきじゃなくて、昔のことだけど」

 夢の中で辰伶は「行かないで」と言った。辰伶は「帰って来て」とも言った。夢から覚めたら、辰伶が熒惑の手を握りしめていた。

「辰伶は俺の事、まっすぐに必要としてくれたね」

 辰伶が「行かないで」と言ったから、辰伶が「帰って来て」と言ったから。命知らずで無謀とも言われた熒惑は、死にそうな時には辰伶のことを思った。絶対に生きて帰って、辰伶の顔をみるのだと強く思った。死神の手を払って、辰伶の手を求めた。結構、それが生死を分けたと思う。

 辰伶は熒惑を世界と繋ぐ最後の命綱かもしれない。

「1つとっておきの場所が空いてるんだけど」
「話が跳んだな」

 熒惑としては、話はずっと続いていたのだが。

「辰伶は家族とか仲間じゃないと嫌?」
「何を言っているんだ?」

 これは解ってないなと熒惑は思った。この場合、解らないのは辰伶のせいではないのだが。

「俺の家族でも仲間でもない特別な場所が空いてるんだけど、辰伶はいらない?」
「それは…」

 やっと通じたようだ。

「その場所は、俺1人だけのものか?」
「今の所はね」

 辰伶が熒惑の手を取った。

「…どこへ行っても、必ず俺の所へ帰って来ると約束してくれるなら」
「俺みたいないい加減な奴の約束なんてあてにならないんじゃなかったの?」
「それでも待っている」
「誓うよ。俺は辰伶のところに帰る。だって、俺には辰伶が必要だから」
「本当に…本当に俺を必要と思ってくれるのか…?」
「辰伶が欲しい」

 その夜は2人で過ごし、翌朝、辰伶が目覚めた時には、ほたるは外の世界に旅立った後だった。


「あいつ、外の世界へ行っちまったらしいぜ」

 遊庵が言うあいつとは、勿論熒惑のことだ。辰伶は溜息混じりに答えた。

「そのようですね」
「挨拶もねえんでやんの。お前には何か言ってねえか?ゆうべとか」
「ゆうべ…」

 ゆうべの熒惑とのことを思いだし、辰伶は真っ赤になった。辰伶の反応に、遊庵は全てを察した。

「なるほどなあ。それでこの書き置きか」

 そこには熒惑の字で『辰伶に手を出したら殺すって皆に言っておいて』と書いてあった。あいつめ。辰伶の顔はますます赤くなった。

「ああ、服装には気を付けろよ。跡、見えてるぜ」
「揶揄おうたって、そうはいきません。そこは襟の下に隠れていることはちゃんと確認済みです」

 そう言って、辰伶は首元に手を当てた。

「いや、俺が言ったのは、肩の後ろのところだけど、首にもあるのかよ。つか、そんな反応したら隠したことにならねーだろ」
「!!!!」
「めんどくせーからツッコミどころは1つにしてくれや。ったく兄弟揃って天然かよ…」

 それから辰伶は袖のある服を着るようになった。辰伶の服装の変化は、いつも熒惑がらみだということを、当の熒惑は知らない。


おわり